第106話 爆弾魔は召喚者の狂気を歓迎する
「――待って」
ミハナがぼそりと言う。
不気味な雰囲気は、お化け屋敷のスタッフが似合いそうであった。
どうやらミハナは、ロシアンルーレットの三回戦を実施することに異議を唱えたいらしい。
俺はニヤニヤと微笑みながら首を傾げる。
「どうした。腹でも減ったかい? それなら我慢してくれ」
「違う! こんなのおかしい!」
突然、ミハナが地団駄を踏んで叫んだ。
テーブルが揺れ、缶に入れた弾丸が音を鳴らす。
青い缶に至っては、もう少しで落ちそうだ。
ミハナは荒い息で歯ぎしりをした。
彼女は酷く怒っている。
現状に納得がいかないようだ。
俺は眉を寄せて反論する。
「何もおかしくないだろう。ちゃんとゲームのルールに従っている。鬼教官にしごかれた新兵のようにな」
いや、今の表現は適切ではなかった。
軍人時代、俺は教官に対して従順ではなかった。
半殺しにしたことも一度や二度の話ではない。
そんなどうでもいいことを考えていると、ミハナが唐突にリボルバーを投げ捨てた。
リボルバーは回転しながら床を滑り、アリスの足元で止まる。
乱雑な扱い方だ。
人に物を借りたことがないのだろうか。
俺の軽蔑をよそにミハナは怒鳴る。
「撃たれても死なないなんて、負けるはずがないじゃない! アンタは、最低の卑怯者よ!」
「素晴らしい正論だな。お前の発言じゃなけりゃ、ディナーを奢りたいくらいさ」
俺は煙草をくわえて火を点ける。
口端からため息と共に紫煙を吐き出した。
その味を堪能し終えたところで、喚くミハナを一瞥する。
「卑怯者だって? それはお互い様だろう。別に予知をやめろとは言わないがね」
俺が敗北しないルールと設定でロシアンルーレットを提案したのは事実だ。
それについては何も言い訳しない。
俺は勝つための策としてミハナを意図的に騙した。
ただ、ミハナも自らのスキルで確実に勝利を掴もうとした。
その反則じみた能力でロシアンルーレットの結果を操り、俺の銃殺を企んだのだ。
ギャンブルの醍醐味を見事なまでに潰している。
立場の差こそあれ、やっていることは同じだ。
俺とミハナは、持てる力で相手を殺そうとしている。
その結果、俺の策が打ち勝とうとしていた。
たったそれだけのことである。
しかもルールに関しては、ミハナも承諾して魔術契約まで交わしたのだ。
今になって非難するのはナンセンスだろう。
「これはお行儀の良い試合か? 違うよな。薄汚いクソッタレな殺し合いさ」
イエローカードもレッドカードも存在しない。
審判だっていない。
ゲームという言葉を使ったせいか、その辺りをミハナは履き違えている。
自分に不都合な局面だからといってクレームをつけるのは、わがままなガキのすることだ。
この際だから、もう少し揺さぶりをかけてみたいと思う。
逆上するミハナに燃料となる話題を投下してやろう。
ロシアンルーレットも中断しているし、ちょうどいいタイミングだ。
そう判断した俺は、ぽつりと発言する。
「限界はおよそ六十秒」
「……!」
ミハナは目を見開いて過剰に反応する。
信じられないとでも言いたげな表情だ。
自分の能力がバレていないと思い込んでいたに違いない。
こうして拉致されているのも、俺達のラッキーパンチが当たっただけだと考えていたのだろう。
何とも見通しが甘い。
だから殺される羽目になるのだ。
俺は大袈裟に鼻で笑う。
「気付いていないとでも思ったか? 俺はとびきりクレイジーだが、そこまで馬鹿じゃない。クソッタレな負け方をしたら見返したくなる」
誰にでも失敗や敗北はある。
俺だって数えきれないほどのミスや後悔をしてきた。
それが人生というものだろう。
大切なのは、その後の立ち回りだ。
俺は絶対に忘れない。
報復すべき相手がいるのなら、百倍返しをしてみせる。
「ミネダ・コージとヤマハシ・ミノル。名前に心当たりは?」
「知ってるけど……それが何?」
「俺が殺した。特製の爆弾でドカン、とね」
手の動きで爆発を表現する。
それを目にしたミハナが膝から崩れ落ちた。
ショックが大きかったようだ。
「嘘でしょ……?」
「嘘じゃないし、君が言うところの"クソつまらない冗談"でもない」
ミハナの言葉を真っ向から否定する。
信じたくない気持ちは分かる。
今の彼女にとっては、この上なく悪いニュースなのだから。
俺は二本の指を立てた。
「反射と時間停止。頑張って攻略したから知っているよ」
喋りながら指を折る。
俺はテーブルに煙草を押し付けて火を消した。
小さく焼ける音がする。
「――そしてミハナ、君が三人目ってわけさ。ようやく半分だ」
「ああ……あ、あぁ……」
ミハナは床に手をついてうなだれた。
彼女は情けない声で嘆く。
俺を見ようともせず、怯えた小動物のように丸くなってしまった。
(ついに心が壊れたか)
ミハナを眺める俺は、悠然と微笑む。
彼女がこうなるのは予定通りであった。
シチュエーションも完璧だ。
確信した勝利が消え去り、どん底まで突き落とされた時の精神的なダメージは計り知れない。
あとはどうとでもなる。
「……けないわ」
ミハナがぼそりと何かを呟く。
意識していなかったので、語尾しか聞き取れなかった。
気のせいか、彼女の雰囲気が変容しつつある。
俺は少し怪訝に思いつつも尋ねる。
「何か言ったかい? もっとはっきり喋ってくれないか」
「私は、絶対に、負けない……アンタを殺して、生き残るッ!」
ミハナがテーブルを叩いて立った。
ぎろりと俺を睨む双眸には、ある種の覚悟が漲っている。
強烈な殺意も秘めていた。
(絶望を乗り越えようとするか。意外なパターンだな)
極限まで追い詰められたことで、ミハナは憎悪を糧に再び立ち上がってきた。
てっきり自殺でもするんじゃないかと思ったが、見事に真逆の反応である。
小心者にしては上出来だろう。
もっとも、この態度は一過性だ。
ミハナは明らかに無理をしている。
精神的に限界なのは間違いない。
その負担を復讐心に転化しているだけだ。
例えるなら、エンジンもブレーキも壊れて、アクセルが全開の暴走車に近い。
恒久的に維持できる代物ではないため、いずれ破綻する。
ミハナの努力は評価するが、土壇場の覚醒なんてコミックだけの話だ。
そう都合のいいように発生するものではない。
何にしろ、彼女がいつまで粘れるか見せてもらおう。
俺が結論を出す一方、ミハナは勝手に行動する。
彼女はアリスの手からリボルバーをひったくると、元の位置まで戻ってきた。
そして、銃をテーブルに叩き付ける。
「不可能なんて無いわ。アンタを殺す未来を見つけて、たぐり寄せるだけよ」
「オーライ、その意気だ。楽しんでいこうじゃないか」
狂気に浸った眼差しを受け、俺は嬉々として手を打つ。
せっかく元気を出してくれたのだ。
それに応じないのは無粋だろう。
このロシアンルーレットにおいて、既に互いのネタは割れた。
相手がどんなズルをするかも分かっている。
あとは徹底的に殺し合うだけだ。
本当の勝負はここからである。




