第105話 爆弾魔は撃たれ続ける
弾丸を食らった俺は、椅子から転げ落ちた。
床に倒れるのに合わせて、全身の力を抜く。
同時に呼吸と瞬きを止めた。
「あっはっははははぁ! ついに殺せたわ! ざまあみろッ!」
ミハナの歓喜と罵倒が聞こえてくる。
彼女は調子よく喋り続けた。
随分と好き放題に言ってくれるが、俺は反応しない。
「何てことないじゃない。もっと早く殺せばよかったわ。本当に無様でおか、し、い……」
しばらくして、ミハナの言葉の歯切れが悪くなった。
不穏な空気が流れ、場に沈黙が訪れる。
何かに気付いたようだ。
「……ねぇ。アンタ達、どうして死んでいないの? ゲームで私が勝った瞬間に死ぬんじゃなかったの?」
倒れたままの俺からは確認できないが、アリスとネレアに話しかけているらしい。
彼女達には手出しをしないように指示している。
声が聞こえないので、今も静観を保っているのだろう。
ミハナにとっては不可解な状況である。
俺がゲームに敗北した段階で、アリスとネレアも死ぬことになる。
そのトリガーが作動していないのだ。
逆説的に俺の状態が分かりそうなものだが、今のミハナは冷静な判断ができていない。
そこまで頭が回らないのだろう。
「ちょっと! 何か言いなさいよッ」
ミハナが厳しい口調で問い詰める。
声音には焦りも含まれていた。
予知に頼り切っているせいで、不測の事態に弱いのだ。
元々の性格もメンタルが弱いため尚更だろう。
ミハナには一分以内の未来が観える。
そこだけ聞くと脅威だが、一分以内の未来しか観えていないということでもあった。
限定された形の未来は、彼女の不安を煽る材料にしかならない。
「えっ、まさか……ッ! 嘘でしょ……!?」
ミハナの狼狽する声がした。
何を観たかはだいたい分かる。
もう少し粘るつもりだったが、ネタがバレたのなら仕方ない。
俺はむくりと起き上がり、わざとらしく欠伸をする。
ミハナが椅子をひっくり返しながら驚いた。
俺はそのリアクションを見て笑う。
「どうした? 幽霊でも見たような顔をしているぜ」
「ジャック・アーロン……ッ! ア、アンタ……どうして生きているのよッ!」
「俺が生きてちゃ悪いのかい。そいつは心外だな」
肩をすくめつつ、指で額を撫でる。
マッシュルーム状に潰れた弾丸をつまんで剥がした。
命中箇所から少量の血が伝い落ちる。
俺は手のひらでそっと触れる。
傷はとても浅い。
それも触れているうちに自然治癒された。
結論から述べると、俺が生きているのはレベル補正のおかげだった。
高い防御力は、リボルバーの弾丸をも軽傷に留める。
リボルバーの弾自体も、術式を仕込んでいないタイプで、通常より大幅に威力が低くなっていた。
それでも常人の頭を吹き飛ばす程度の威力はあるが、俺にとっては少し痛い程度で済む。
ミハナは俺を撃つビジョンを観測したのだろう。
ところが、俺が起き上がるシーンまでは知らなかった。
発砲から一分以上が経過した後の出来事だからだ。
故にあれだけ勝ち誇った態度を取っていた。
実際は俺を撃ち殺せていないことに気付かず、自信満々に引き金を引いた姿には、滑稽を通り越して哀れにすら感じた。
これも予知の弱点だ。
認識した未来を誤解する場合がある。
ミハナは俺の死んだふりにまんまと騙されたのであった。
そもそもの前提として、このロシアンルーレットのルールには致命的な欠陥が存在する。
基本的な勝利条件は相手の死だ。
つまり、コイントスや弾の予想が勝利と直結していないのである。
純粋なギャンブルにするのなら、実弾を相手に撃ち込むこと自体を勝利条件とすればいい。
それを避けたのは、俺に勝ち目が無くなるからだ。
今みたいに一方的に撃たれて負ける展開にしかならない。
このゲームにおいて本当に必要な能力は、未来を予知して操るスキルではない。
弾を食らっても死なない圧倒的なタフネスだ。
死ななければ敗北しない。
いくらコイントスや弾選びで負けようと関係が無かった。
そこの解釈をミハナは間違えた。
ルールに潜む罠を察することができず、運任せのギャンブルだと考えた。
結果、自分が圧倒的に有利だと思い込んだのだ。
俺は倒れた椅子を立てて座った。
額に付着した血を拭う。
「弾丸を食らったが、俺は死ななかった。ロシアンルーレットは続行だ。またコイントスから始めよう」
「そん、な……」
ミハナは呆然と立ちすくむ。
心なしか顔色が悪い。
俺は構わずコイントスを行った。
銅貨を手で隠しながら、彼女に問いかける。
「表か裏か、選ぶんだ」
「い、嫌……」
ミハナは首を振って後ずさった。
強気な態度はとっくに消失している。
「さっきまでの威勢はどうした? もっとテンションを上げていこうぜ」
俺は軽いノリで煽る。
ミハナは答えない。
その情けない姿に苛立ちを覚えると同時に、愉快な気持ちも込み上げてきた。
彼女は事態を正確に理解しつつある。
「表か? 裏か? 早く宣言してくれ」
「……裏」
ミハナは辛うじて聞き取れるほどの声量で言った。
目尻には涙まで浮かんでいる。
俺は銅貨をオープンする。
そこにはドラゴンの絵柄があった。
俺は口笛を吹いてミハナを称賛する。
「いいぞ、また的中した。占い師でも目指してみたらどうだ?」
「…………」
ミハナは深刻な面持ちで黙り込む。
俺はリボルバーをスライドさせて、彼女の手元に押し出した。
「さっき撃った分の薬莢を抜いて、新しい実弾を込めるんだ」
「うぅ……」
ミハナは悲痛そうに呻く。
この後の展開を予知しているからだ。
いくら待っても、リボルバーを手に取らない。
痺れを切らした俺は軽く嘆息する。
「ん? 銃の扱い方を忘れたか? 仕方ない、俺がやってやるよ」
リボルバーを掴んでリロードを済ませる。
シリンダーをよく回してから元に戻し、ミハナに差し出した。
「ほらよ」
「…………」
「次はどこを撃ちたい? 自由に選ぶといい」
俺は両手を広げて無防備な体勢を取る。
どこを撃たれようと関係ない。
ほんの少しの痛みを受けるだけであった。
「…………」
ミハナはリボルバーを持ち上げると、ゆっくりと銃口を俺に向けた。
射線の先を理解した俺は、顎を撫でつつ頷く。
「また額か。だが悪くない。ぶっ殺すという気概が窺えるよ」
「…………っ」
ミハナはびくりと肩を跳ねさせた。
やはり予知を行使している。
この一連のやり取りが無駄であり、まったくの茶番であることを分かっているのだ。
だから発砲を躊躇している。
場に膠着状態が訪れる。
このままだと埒が明かないので、俺はミハナを励ますことにした。
「どうした、手が震えているぞ。頑張って撃つんだ」
「だ、だって、どこを撃ってもアンタは――」
「うるせぇな。黙って撃てよウスノロ」
低い声で罵倒した瞬間、銃声が鳴り響く。
弾丸が命中し、突き飛ばされるような衝撃が頭を打った。
椅子に座る俺は勢いのままに天井を仰ぐ。
今回は床に倒れたりはしない。
もう死体の演技をする必要もないためである。
俺は額を撫でながら笑った。
「ハッハ、ちょっと痛いな。強めのデコピンって感じだ」
額に貼り付いた弾丸を剥がす。
またも僅かな出血があった。
それを袖でこすって拭き取る。
ミハナは何も喋らない。
心配になるほどの顔色で固まっている。
最初の元気はどこへ行ったのだろう。
椅子にふんぞり返った俺は、不敵な笑みを湛えて彼女に告げる。
「今回も俺の負けだ。悔しいが文句は言わないさ。じゃあ三回戦と行こうか」




