第104話 爆弾魔は銃を突きつけられる
ミハナは堂々と宣言した。
自らの勝利を疑っていない様子である。
俺は特に気を悪くしたりせず、親しげに応じることにした。
「大した自信じゃないか。根拠でもあるのかい」
「当たり前でしょ。もう契約も交わしたことだし教えてあげる」
息を吐いたミハナは椅子に座った。
手を組む彼女は、得意げに口を開く。
「私の召喚者としてのスキルは【未来観測 A+】――自分にまつわる無数の未来を観て、その一つをなぞって再現できる能力よ」
ミハナがついに打ち明ける。
それは俺達が想定していた能力とほとんど同じだった。
諸々の検証結果は間違っていなかったようである。
「私は未来の出来事を自由に観測できる。これから何が起こるか分かるの」
「へぇ、そいつはたまげたな」
俺は感心したように相槌を打つ。
実際はそこまで驚きはなかったが、せっかく気持ち良く話しているのだ。
水を差す真似は控えるべきだろう。
「未来は確定していて、一本の道で構成されている。それは誰にも変えることができない」
「例外が君ってことか」
「そうよ。私の【未来観測 A+】だけが未来を変更できる」
ミハナは誇らしげに言う。
実際、それは間違っていない。
能力を知らない俺は、圧倒的に有利な立場にも関わらず敗北したのだから。
異世界人のスキルを舐めてはいけない。
どいつもこいつも、常識を覆す代物ばかりであった。
「今、アンタは頬を掻こうとした」
ミハナが唐突に発言する。
俺は動かしかけた手を止めた。
やはり細かな仕草も正確に予知できるらしい。
「私に指摘されて、今度は腕を組もうとする」
「なるほど。よく分かったよ」
俺は組みかけた腕を下ろして苦笑する。
その精度は本物だ。
彼女の口から直接聞いたことで、その信憑性は揺るぎないものとなった。
「私が本来とは異なる行動を起こすことで、起こり得るルートは無数に枝分かれする。私はその中から一つを選び、忠実に再現することができる。普通はありえないほど偶然の出来事……たとえ一パーセント未満でも、発生する確率があるのならその展開に進めるわ」
そう言ってミハナは、青い缶からダミーの弾をつまんで投げる。
弾はテーブルの上に落下し、斜めに立って静止した。
ぴたりと倒れることなく立っている。
ミハナは同じことをさらに五回も繰り返した。
計六発の弾が斜めに傾いたままテーブルの上に並ぶ。
ついでと言わんばかりに、彼女はコイントスを行った。
回転する銅貨は、テーブルに垂直に立つ。
そのすべてが綺麗に整列していた。
見事な腕前というか、技術では説明のつかない領域だろう。
これには俺も拍手を送る。
「すごいな。だから最初の決闘で勝てたのか」
「ええ、その通りよ。すべての処理が脳内で一瞬で行われるから、アンタみたいな奴との戦いにも対処できる。勝ち目が無かったのも当然でしょ?」
接近戦でも攻撃を当てられなかったので、その辺りに関してもよく分かっている。
だから様々な策を講じてミハナを拉致したのだ。
未来を読む人間を罠にはめるのは、なかなかに面倒な作業であった。
ミハナがテーブルを叩き、立てた弾と銅貨が一斉に倒れる。
彼女は身を乗り出して俺を嘲笑う。
「アンタ達はたまたま私を捕まえられたけれど、その幸運もここまでだから。決闘の内容がロシアンルーレットと知って驚いたけれど、私にとってはすごく好都合ね」
ミハナは銅貨と弾を鷲掴みにすると、それを空中に放り投げた。
落下してきたそれらすべてが、テーブル上に先ほどと同じ並びで整列する。
ただの一つも倒れていない。
超常的なバランスを保っていた。
それを当然のように披露したミハナは、愉悦を滲ませた顔を緩ませる。
「コイントスも、弾の選択もすべて思い通り。油断してこんな遊びを提案したのがアンタの敗因ね。死んで後悔しなさい」
ミハナはこちらへの悪意を含ませながら言い切った。
俺は不敵な笑みを崩さず、小さく肩をすくめる。
「三流の台詞だな。恐れ入るよ、本当に。ところで、少し話題は変わるんだが――」
「その前に煙草は吸わないでくれる? すごく臭うから」
「……分かったよ」
俺は伸ばそうとした手を止める。
本当に何から何まで予測してくる女だ。
嘆息した俺は、喫煙を断念した。
そして気になっていたことを質問する。
「帝都の爆破からはどうやって生き残った? 爆発する未来を知ったとしても、君の力では切り抜けられないはずだ」
「簡単な話よ。他の皆にそのことを伝えて、脱出に便乗させてもらうだけだから。生存ルートを掴むのはそこまで難しくなかったわ」
ミハナはあっさりと白状した。
確かにその方法なら脱出も可能だろう。
あの場にいた召喚者は残らず生還している。
誰かしらの助力を得られれば、彼女なら安全圏まで逃げることも難しくない。
一分以内とは言え、都合のいい未来を常に選べる強みは大きい。
(他の連中が帝都爆破で生き延びれたのは、こいつが原因だったか……)
彼女が忠告せずとも生還した者もいただろうが、全員が対処できたのは彼女の予知があったからだろう。
余計な真似をしてくれたミハナに苛立ちを覚える。
俺はその感情を抑え、涼しい顔をキープした。
「ほうほう、スマートなやり方じゃないか。ちなみに誰のどんな能力で脱出できたんだい」
「言うわけないでしょ。教えたところで碌なことにならないし。まあ、アンタはここで殺すけど」
ミハナは冷たい口調で述べる。
先ほどからやけに饒舌なのは、俺を絶望させるためだろう。
自身の能力をカミングアウトすることで、敗北しないことを強調している。
言葉選びも、こちらの気を削ぐものを意識している節があった。
俺をただ殺すだけでは飽き足らないようだ。
「無駄話はここまでよ。ロシアンルーレット、始めましょう?」
「――ああ、いいぜ。やってやろうじゃないか」
俺は嬉々として頷く。
何にしろ、ミハナがやる気になっているのは望ましい。
ゲームを拒まれてしまうのが一番のネックだった。
それをクリアした今、懸念事項は存在しない。
俺はさっそくコイントスを行った。
落下してきた銅貨を手の甲でキャッチして、ほぼ同時にもう一方の手で覆い隠す。
「表か裏か選んでくれ」
「表よ」
ミハナは即答した。
一切の躊躇いがない。
未来を観て確かめたのだろう。
それを知らなければ、大した度胸だと褒め称えるところである。
「やれやれ、せっかちなお嬢さんだ」
俺はゆっくりと手をどける。
銅貨には女神の絵柄が描かれていた。
つまりは表面である。
「おめでとう。予想は的中だ」
「こんなの当たり前だから。外さないわよ」
ミハナはリボルバーを手に取りながら言う。
そこに喜びは無い。
どこまでも事務的な調子だった。
「六発を青い缶から、一発を赤い缶から装填してくれ」
「分かってる」
ミハナはダミーの弾から装填していく。
七発目に実弾を込めた。
「これでいい?」
「うん、問題ないな。次はシリンダーをよく回すんだ。不正が無いようにな」
ミハナは俺の言葉に呆れた顔をする。
彼女はこれ見よがしにため息を洩らした。
「不正って……私の能力の話、もう忘れたの?」
「いいから早く回してくれ」
俺が促すと、ミハナは仕方なくシリンダーを回転させ始めた。
心地よい音が鳴る。
設計がしっかりしているから淀みが無いのだ。
十秒ほど回転したところで声をかける。
「もう大丈夫だろう」
ミハナは拳銃を振ってシリンダーを戻した。
彼女はそれを手に震え、堪え切れずに大笑いする。
「あっはっはっはっは! 今、実弾が来るように調整したわ! もうアンタの死は決定ね! 残念でしたーっ!」
涙を流すミハナは、リボルバーを俺に向ける。
銃口を突き付けられた俺は、悠々と足を組み直した。
みっともない姿は晒さない。
自分の額をトントンと指で叩く。
「よく狙えよ? 外したらダサいからな」
「…………」
ミハナは顔を歪める。
俺が動揺していないことが不満なのだ。
立ち上がった彼女は、銃口を俺の額に押し付ける。
これならどれだけ下手でも外しようがない。
リボルバーの引き金に指がかけられた。
俺はちらりと横目でアリスとネレアを見る。
彼女達は、ハラハラとした様子でこちらを見守っていた。
意外にも心配されているようだ。
「遺言はある? 聞いてあげるわ」
「墓はベガスに建ててくれ」
「……最後までクソつまらない冗談を吐くのね。じゃ、さようなら」
別れの言葉を告げたミハナは引き金を引く。
銃声を伴って強い衝撃が走る。
ゼロ距離で放たれた弾丸が、俺の額を捉えた。




