第103話 爆弾魔はギャンブルを持ちかける
「ロシアンルーレットって……本気?」
「もちろん本気さ」
「悪趣味ね。反吐が出そうよ」
ミハナは嫌味を口にする。
俺を挑発するための演技ではなく、心の底から思っている言葉だった。
とにかく嫌われているようだ。
それを理解した俺は、嬉々としてリボルバーを弄ぶ。
よく手入れされた銃だ。
設計も完璧で使い勝手がいい。
俺はレンコン型の弾倉を振り出すと、空の弾倉を指差してミハナに示した。
「リボルバーの装弾数は七発。こいつに弾を込める」
ロシアンルーレットを実施する以上、銃の使い方は教えておかねばならない。
後でテンポが悪くなると興が冷める。
ミハナは嫌々ながらもリボルバーを見ていた。
一応は話を聞く姿勢を取っている。
俺は木箱を漁り、テーブルの上に青と赤の缶を並べた。
二つの缶にはリボルバーの弾が大量に入っている。
このゲームのために用意した物だ。
「青い缶にはダミーが、赤い缶には実弾が入っている。試しに撃ってみよう」
まずは青い缶から一発の弾丸をつまんだ。
それをリボルバーに装填する。
ミハナの顔が強張った。
俺の動きを警戒している。
その気持ちも分かるが、彼女に危害を加えるつもりはない。
今の状態で殺せば、呪いで道連れにされてしまう。
俺は天井に銃を向けて引き金を引く。
カチリと音が鳴っただけで弾は出ない。
俺はダミーの弾を外して青い缶に戻した。
次に赤い缶から弾丸を取る。
同じ手順でリボルバーに装填し、今度は賢者の死体に向けた。
狙いを定めて引き金を引く。
室内に銃声が轟く。
発射された弾丸は、賢者の脇腹に命中した。
血肉を弾けて臓腑の破片が四散し、灰色の床を僅かに汚す。
俺はシリンダーから薬莢を排出した。
「まあこんな感じだな。見かけでは区別が付かないが、ダミーの弾は無害だ。引き金を引いたところで何も起こらない」
俺はリボルバーをテーブルの上に戻す。
ミハナは悲痛な表情で賢者の死体を見ている。
こちらに向き直った時、彼女は底知れない憎悪を浮かべていた。
良い傾向だ。
感情の波は冷静な判断を阻害してくれる。
ミハナに精神的な揺さぶりをかけていくことが俺の狙いだった。
餌も罠も用意した。
あとは食い付くのを待つだけである。
俺は内心をよそにゲームの説明を続ける。
「今回のロシアンルーレットでは、六発のダミーと一発の実弾を使う。七分の一の確率でビンゴって寸法さ。ここまでは理解できたか?」
「……問題ないわ」
「オーケー、次にゲームの具体的な手順を説明しよう」
俺はポケットから一枚の銅貨を取り出した。
これはこの世界の国の貨幣だ。
大した価値は無い。
果物一つを買えるかどうかというレベルだ。
俺は銅貨を指で弾く。
真上に飛んだ銅貨は、回転しながら落下してくる。
それを俺は手の甲で受け止めた。
すぐさまもう一方の手で隠す。
「まずコイントスを行う。これの結果でどちらがリボルバーを使うか決めるんだ」
俺は手をどける。
銅貨の表面には女神が描かれていた。
地面に剣を突き立てている。
勇敢な佇まいである。
銅貨をつまんでひっくり返す。
すると、咆哮するドラゴンの絵柄が現れた。
俺はミハナに銅貨を渡す。
「女神が表でドラゴンが裏としよう。回答権は君に固定だ。代わりに俺がコイントスを担当する。不正はしないから安心してくれ。俺はフェアプレーの精神を持っている」
「ハッ、どうかしらね」
ミハナは俺に銅貨を返しながら鼻を鳴らす。
俺は肩をすくめてスルーした。
「表裏の宣言はコインを飛ばす前にしてほしい。後から変更できるとややこしいからな」
そう言って銅貨をテーブルに置いた。
ミハナは退屈そうな顔をしている。
「コイントスの結果を予想して、それが的中したら君がリボルバーを持つ。予想が外れたら俺が持つ」
「その後はどうするの」
「リボルバーを持った者には、二つの選択肢がある。今から撃つ弾がダミーだと思うなら、自分に撃つ。本物だと思うなら、相手に向かって撃つ」
俺はリボルバーを掴み取った。
それをくるくると指を使って回転させる。
「予想を外した場合、次のターンは相手に拳銃が渡る。コイントスがスキップされるというわけだな。これを繰り返して、一方が死ねばゲーム終了だ。途中でゲームを降りたり、妨害行為は禁止だ。これをやった時点で敗北となる」
「コイントスの表裏と、銃の弾の予想。私はその二つをやればいいわけね」
「ご名答。察しが良くて助かるよ」
俺は指を鳴らして肯定する。
ミハナは軽蔑を隠さない視線を返してきた。
苦笑いで流した俺は、リボルバーに刻まれた術式を指でなぞる。
「ただし、このままだとゲームに拘束力がない。不利になってズルをしたり、途中で逃げ出すこともできるってわけだ。そこでこいつを使う」
俺は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
びっしりと書き込まれた文面だ。
ミハナは眉を寄せる。
「これは、もしかして……」
「そう、魔術契約だ。これでロシアンルーレットに賭けるものを設定する。ゲームに負けるかルール違反をしたら徴収される仕組みだ」
「なるほど……アンタは何を賭けるの?」
ミハナは疑問を発する。
その目は、さりげなくこちらの真意を測ろうとしていた。
意外と抜け目がない。
俺は胸に拳を当てて答える。
「自分とアリスとネレアの命を賭けよう。敗北した瞬間、俺達はあっけなく死ぬ。魔術契約の強制力なら可能だそうだ」
「命ですって……?」
「ミハナ、君には魂の保護を賭けてもらおうか。ゲームに負ければ、賢者からの命綱が消える。俺達の方がハイリスクだが、それは提案した側のハンデだな」
魂の保護は、ミハナの意志が原動力となっている。
彼女が条件を承諾して契約すると、保護の性質に変化が生じる。
具体的には意志とは別の条件――今回の場合はロシアンルーレットの勝敗――で解除できる代物となる。
これは賢者が望んだ仕様ではなかった。
彼は魔力依存の保護にするとアリスに弄られると考えたのだろう。
だから特殊な術式にして、ミハナの意志をスイッチにしたのだ。
「説明は以上だ。何か質問はあるかい」
「……無いわ」
ミハナは首を振る。
逡巡を覗かせるその顔は、ゲームに乗るか否か迷っていた。
様々な要素を考慮して結論を出そうとしている。
ここで拒否されると困るので、俺は彼女の背中を押すことにした。
「一つアドバイスをしておくと、復讐をするならこの機会しかないと思った方がいい。俺達にとってもチャンスなわけだが、そこはお互い様ってやつさ」
「…………」
「さあ、どうする? 君の答えを聞かせてくれ」
俺は前のめりになって問いかける。
沈黙を以て彼女の答えを促す。
数分にも及ぶ熟考の末、ミハナは立ち上がって俺を睨み付けた。
「――いいわ。ゲームに乗ってあげる」
「素晴らしい! いい度胸だ!」
俺は手を打って歓喜した。
すぐに契約書とペンをミハナに差し出す。
「さっそく契約をしよう。契約内容をよく読んでからサインをしてくれ」
「はい。書いたわ。これでいい?」
ミハナは躊躇いなく署名した。
そこには"ナナミヤ・ミハナ"の文字が綴られている。
仮にファミリーネームが偽名でも、この契約書のグレードなら関係ない。
小細工が通用しないようになっている。
俺は契約書を受け取って頷いた。
「ああ、大丈夫だ。次は俺がサインしよう」
俺はさらさらと本名を書く。
そういえば、前に始末した召喚者ともこんな風に契約を交わしていた。
振り返ると懐かしい。
随分と昔のように感じる。
サインを終えた俺は、出来上がった契約書を掲げた。
ぼんやりと発光し始めた羊皮紙は、ほどなくしてその勢いを弱める。
俺は契約書を丸めると、それを紐で括った。
その場からアリスへと投げ渡す。
「よし、これで契約は成立した。さっそくゲームを始めよう」
「……くくっ」
銅貨を手に取ったところで、ミハナが急に笑い出した。
彼女は顔に手を当てて、肩を震わせている。
俺は不思議に思って声をかける。
「どうした? 何かおかしなことでもあったかい」
「愉快に決まってるでしょ……だって、絶対に勝てると分かってるんだからっ!」
豹変したミハナが叫ぶ。
皮肉っぽい態度から一転、彼女はテーブルを叩いて立ち上がった。
ミハナは顔に壮絶な笑みを浮かべていた。
俺を見下ろす彼女は、殺意も露わに指を差してくる。
「ジャック・アーロン。アンタは必ずここで殺す。追い詰められたのは私じゃないってことを教えてあげる」




