第102話 爆弾魔は決闘を挑む
「さて、そろそろ起きる頃かね」
俺は煙草を手に呟く。
テーブルを挟んだ向かい側にはミハナがいた。
木の椅子に座った彼女は、テーブルに突っ伏している。
麻酔で気絶させているのだ。
それほど強力なものではないので、効果が切れ始めていると思う。
俺は視線を横に動かす。
壁際ではアリスとネレアがじっと待機していた。
特に気負った様子もなく、俺達のことを傍観している。
緊張もしていないようで何よりだ。
こういう時も平常心でいてくれる協力者はいい。
肝心な場面で失敗するのは、ビビった奴や気合いを入れ過ぎた者だ。
その点において彼女達は信頼できる。
考えや目的や嗜好が狂っているが、それは俺も似たようなものである。
同類と言えよう。
ちなみにここは、娯楽都市にあるネレアの私有地の一つだ。
捕虜の監禁や拷問に使われるスペースらしい。
コンクリートのような材質の床と壁には、赤い染みが残っている。
全体的に陰気な空気だが、俺にとっては馴染み深い。
元の世界でもこういった雰囲気の場所を何度も見たことがある。
数日に渡って監禁された経験だって一度や二度ではない。
こういう用途の部屋が暗くなるのは、どこの世界でも共通らしい。
それはそれとして、最後の舞台に相応しいスペースだろう。
防音性が高く、近隣の住民に迷惑をかけることもない。
そもそも近隣はスラム街なので、ほとんど住民がいないのだそうだ。
色々な意味で都合がいい。
二本目の煙草に手を出そうとしたところで、ミハナが身じろぎをした。
彼女は唸りながら顔を上げる。
まだ麻酔が抜けきっていないのか、呆けた顔をしていた。
俺は軽く手を上げて挨拶する。
「やあ、お目覚めかい」
「アンタ……ッ」
ミハナが目を見開き、弾みで椅子から転げ落ちる。
かなり慌てている様子だ。
彼女は椅子を掴んで掲げると、荒い呼吸で俺を睨む。
呆けた表情から一転して過激な行動だ。
俺は苦笑しつつ手で制する。
「まあ、落ち着きなよ。暴力じゃ何も解決しないぜ?」
「チッ……」
ミハナは舌打ちをして椅子を下ろして座る。
妙に素直に従ってくれた。
未来予知で俺に殴り飛ばされる姿でも観たのかもしれない。
確かに場合によっては暴力も辞さないつもりだった。
ミハナの能力は健在のようである。
油断はできないが、無駄なやり取りが省けたのは嬉しい。
俺は手を組んで微笑む。
「ミハナ。君に見せたいものがあるんだ」
そう言って部屋の一角を指差す。
アリスとネレアのいる場所とは反対側だ。
ミハナの視線が俺の指先を辿る。
そして彼女は目を見開いた。
「…………ッ!」
彼女が凝視するのは、床に横たわる賢者の死体であった。
頭頂部が破裂してなかなかにグロい。
辛うじて人相の識別ができる程度に残っているのは救いだろうか。
床にも血だまりができており、入口の扉から引きずった跡がくっきりと残っている。
ミハナは床に崩れ落ちると、呻いて嘔吐した。
だいぶ苦しそうだ。
彼女は椅子に寄りかかった姿勢で激しく咳き込む。
「大丈夫か? 酒ならあるが飲むかい」
俺は酒瓶を差し出す。
ミハナはそれを手で払った。
宙を舞った酒瓶は、床にぶつかって割れる。
「あーあ、せっかくの二十年物が」
「アンタ、本当に……っ」
ミハナは口元を拭いて立ち上がる。
今にも跳びかかってきそうな剣幕だ。
俺の態度が気に入らないらしい。
憎悪で目が血走っている。
対する俺は、涼しい顔でポケットを探る。
そして半透明の綺麗な羽を取り出した。
「ついでにこんな物もある。見覚えはあるか?」
「そ、それはまさか……」
ミハナは青い顔で後ずさる。
今にも崩れ落ちそうな動きだ。
彼女は怒りを上回る感情を見せていた。
それが絶望であることを知っている。
卒倒しそうなミハナを横目に、俺は羽を指で弾く。
羽はひらひらと緩やかに落下していった。
「やはり知っていたか。暗殺王が正体を見せるなんて、よほど気に入られていたんだな」
「…………」
ミハナは静かに俯く。
その目から涙がこぼれ落ちた。
彼女はテーブルに両手をついて俺を問い詰める。
「ねぇ、何でこんなことをするの! どうして皆を殺したの!?」
「ハァ……」
俺は深くため息を吐き、大袈裟に肩をすくめる。
何とも滑稽な非難である。
何度説明すればいいのやら。
残る召喚者にも伝えなければいけないのだろうか。
俺は少し面倒に思いながらも回答する。
「愚問はよせよ。前にも言わなかったか? 俺は君を殺したいだけだ。賢者や暗殺王は邪魔だから排除した」
「アンタは……」
「ははは、本気の殺意だな。それほど俺を恨んでいるのか」
俺は立ち上がり、涙を流すミハナの額に指を突き付ける。
「だが、現実的な問題として俺を殺せるのかい? 非力なお嬢さんに負けるほど、俺はヤワじゃないぜ」
「……うぅ」
「ただ、こちらも君を殺せない。魂に保護がかかっているからだ。賢者から概要くらいは聞いているだろう?」
俺が尋ねると、ミハナは目を逸らした。
この反応は魂の保護を知っている。
彼女を殺すと発動する呪いだ。
諦めの悪い賢者による置き土産である。
賢者から事前に説明を受けていたのだろう。
正真正銘、これがミハナの命綱になるからだ。
強烈な呪いという特性上、内緒にしておくべきことでもあるまい。
俺は椅子に座り直す。
煙草に手を伸ばそうとして止める。
今から大事なパートが始まる。
ここぞという時くらい我慢しよう。
ミハナにも座るように促しつつ、話を進めていく。
「君は俺を殺したい。俺は君を殺したい。互いの目的は一致している。そこで一つ提案だ」
俺はニコニコと笑いながらミハナを見つめる。
彼女は眉を寄せた。
何か嫌な予感を感じ取ったか。
或いは未来を目にしたか。
俺は手を打ちながら彼女に告げる。
「もう一度、決闘をしよう。俺からのリベンジだ」
「何ですって……?」
「前回はアウェーな条件で負けたからな。今回は俺好みのルールでやりたいんだ」
俺は気楽な調子で話を続ける。
決闘と聞いて、ミハナもある程度の冷静さを取り戻していた。
感情的になっては駄目だと察したのだろう。
この話題の重要性を理解している。
「まあ、決闘と言っても前回みたいな鬼ごっこじゃない。ちょっとしたゲームと思ってもらっていい」
俺はテーブルの下に手を伸ばす。
そこには蓋の開いた木箱があった。
俺は目当ての物を取り出し、テーブルの上に置く。
それは銀色のリボルバーであった。
表面には綿密に術式が刻まれている。
俺の愛用する銃で、賢者の命を奪った武器でもある。
ミハナはリボルバーを見て息を呑んだ。
「ゲ、ゲームってまさか……」
どうやら気付いたらしい。
リアクションを見るに、予知で確認していないのか。
緊張でそれどころではないのかもしれない。
驚かすことができて何よりだ。
サプライズは成功しなければ冷めてしまう。
この銃の意味が日本人に伝わるか不安だったが、ちゃんと知っていたようだ。
俺はリボルバーを手に取ると、自分のこめかみに当てる。
「ロシアンルーレット――生死を賭けたギャンブルさ。どうだ、楽しそうだろう?」




