第10話 爆弾魔は武器を補充する
俺は屋敷の一室にいた。
先ほど試しに爆弾を作った部屋である。
アリスに借りたのだ。
保管された素材を含めて自由に使っていいと許可を貰っている。
何をするかと言えば、もちろん爆弾の作製であった。
各種素材の概要や扱い方は、既にアリスから教わっている。
かなりの情報量だったが記憶済みだ。
爆弾に関する知識はすぐに憶えられる。
もし何かを誤ったとしても、俺の場合は問題ない。
【爆弾製作 EX++】が機能するため、絶対に失敗しないのだ。
クオリティーはともかく、きちんと爆弾は完成する。
やはり便利なスキルであった。
ちなみにアリスは別の部屋で作業中だ。
去り際、俺のスキルを考慮した世界滅亡の方法を模索すると言っていた。
勤勉なことで何よりである。
俺がこの世界を去る前に実行しないよう、目を光らせておかねば。
いざ帰還できる段階で、いきなり世界を滅ぼされたら洒落にならないからな。
アリスならやりかねないと思う。
望ましくない未来の光景を想像しつつ、俺は手を動かして爆弾を作る。
アリス以外にも懸念事項はある。
現状、手持ちの武器が心許ないのだ。
拳銃は残り十発程度しかなく、兵士から奪ったライフルもそれほど余裕はない。
爆発物といえば、低威力の爆竹もどきだけだ。
あとは元の世界から持ち込んだナイフくらいか。
今後のことを考えると、お世辞にも十分とは言い難かった。
召喚時、武器を入れたバッグを置いてきたのが痛い。
あれがあったら、もう少し楽ができただろう。
銃火器の大半をあそこに入れていた。
まあ、いくら悔やんでも変わらない。
前向きになろう。
決して最悪の状況ではないのだから。
極寒の雪原に肌着で放り出された時の方が、遥かに不味いシチュエーションだった。
あの時に比べれば随分と良い待遇である。
衣食住に困らず、爆弾を作れる環境があるだけマシだろう。
陶器の鉢で素材をすり潰しつつ、俺は苦笑する。
さて、現在の目的を整理しよう。
俺の目的は、依然として元の世界への帰還だ。
そのための手段を探している。
送還魔術の開発のため、十全な設備と莫大な資金が必要であり、当面はそれらの確保が指針になると思われる。
あとは生き残った召喚者の殺害か。
こちらも無視できない案件だ。
奴らも俺の命を狙っているだろう。
遠からず再会するはずだ。
不意打ちを食らうのは面倒なので、可能ならこちらから襲撃できるのが理想だった。
彼らの情報も意識して集めておくとしよう。
アリスの目的は、世界を滅ぼして究極の錬金術師になることである。
彼女はそのための手段を模索している。
具体的な方法は未定らしい。
アリスはこの世界を完膚なきまでに壊すつもりだった。
未来において、自分より優れた術者が生まれないようにするためだ。
生半可な覚悟と手段では叶わない。
よほど狂っていなければ考え付かないし、実行に移さないだろう。
アリスは自分を十三人目と言った。
世界滅亡を為すために、それだけの数の人生を注いできたということだ。
彼女は凡庸と自称したがとんでもない。
極大の狂気と執念を抱えている。
俺のような爆弾魔なんて可愛いものだ。
とにかく、アリスは有能だが危険な存在である。
その動向には気を払った方がいい。
上手く舵取りをして利用するのが最良の策だろう。
「よし、できた」
思考を打ち切った俺は、作業の手を止める。
机の上には導火線の付いた革筒が置かれていた。
触れると砂が詰まっているような感触がする。
俺は革筒のステータスを展開させる。
名称:即席催涙爆弾
ランク:E+
威力:100
特性:【刺激臭】【粘膜破壊】【煙幕】
まずまずの出来栄えだろう。
この爆弾は殺傷を目的としたものではない。
着火すると、内部の粉末が燃えて煙が発せられる。
この煙には催涙作用がある。
目に入ったり吸い込んだりすれば、たちまち激痛を誘発する。
さらに涙と咳も止まらなくなる。
中身の粉末には、唐辛子に似た複数の刺激物を使っていた。
これを煎じて飲めば、風邪だろうが眠気だろうが一瞬で吹き飛ぶだろう。
アリスという協力者を得たとはいえ、未だに二人の勢力だ。
妨害に特化した搦め手は持っておいた方がいい。
これが一つあるだけで、戦略の幅が広がってくる。
ピンチの時に敵陣へ放り込めば、瞬く間に阿鼻叫喚の光景を生み出せるはずだ。
その後も俺は、爆弾作りに没頭する。
用途ごとに分けて計三十個ほどを完成させた。
どれも単純な仕組みのものだ。
今回は練習も兼ねている。
おかげで異世界の素材にもだいぶ慣れた。
いずれ魔術を用いた爆弾も作りたい。
都市核も問題なく改造できたのだから、決して不可能ではあるまい。
アリスの知恵を借りながらチャレンジしてみよう。
「ん?」
椅子から立って伸びをしていると、屋敷の外の騒々しさに気付く。
剣呑な気配も感じられた。
嫌な予感がする。
俺はカーテンを薄く開けて、部屋の窓から外を覗く。
「げっ、誰かが招待状でもばら撒いたのか?」
鉄柵の向こうには、大量の兵士が集まっていた。
明らかに百は下らない。
彼らは武装して敷地を取り囲んでいる。
「ジャックさん、たくさんの兵士が来ているわ」
部屋にアリスが入ってきた。
やはりと言うべきか、大きな焦りや緊張は見られない。
下手に動揺されても面倒だから良かった。
「アリス、連中の訪問に心当たりは?」
カーテンを閉めた俺はアリスに尋ねる。
巷では彼女は魔女と呼ばれていた。
そして実際、黒魔術師の生まれ変わりでもある。
さらには世界も滅ぼそうとしているのだから、やましいことの一つや二つはあるだろう。
治安を守る兵士達からすれば、厄介な存在と思われる。
そんな俺の推測とは裏腹に、アリスは首を横に振ってみせた。
「心当たりは無いわ。私、この街では清廉潔白に生きているの。色んな噂が立っているけど、ただの職人よ。たぶん彼らは、ジャックさんを探しに来たと思うけれど」
「おいおい、冗談はよしてくれよ。俺ほど品行方正な男はいないぜ? 勘弁してほしいもんだ――」
「潜伏中の爆弾魔に告ぐ! 今すぐに投降せよ。繰り返す、今すぐに投降せよ! さもなければ命の保証はしないッ」
外から兵士の大声が聞こえてきた。
どうやら正門辺りから叫んでいるらしい。
近所に宣伝したいのかと疑わんばかりの声量である。
「ジャックさん……」
アリスが憐れむような目を向けてきた。
俺は満面の笑みを浮かべながら、机に置いたライフルを引っ掴む。
「よし、いいだろう。戦争だ。命の保証はしないだって? こっちの台詞だクソッタレ」
「待ってジャックさん。落ち着いて」
部屋を出ようとすると、アリスに服の裾を引っ張られた。
そのまま室内へ戻される。
まさか世界滅亡を目論む女に落ち着けと言われてしまうとは。
肩をすくめて嘆息する俺に、アリスは至極真っ当な意見を口にする。
「兵士を殲滅するには時間がかかる。ここは早急に脱出すべきよ。無用な危険は避けるべきだと思う」
「脱出するにしても、連中が見逃してくれるわけないだろ? 一気に突破できるような移動手段がない以上、殺し尽くして道を開けるしかない」
「移動手段ならあるわ。ついてきて」
俺の反論に即答したアリスは、足早に部屋を出ていく。
放置するわけにもいくまい。
彼女の言う移動手段とやらも気になる。
俺は仕方なくアリスを追いかけた。
「この部屋よ。誰かに見せるのは初めてなの」
辿り着いたのは、屋敷の二階の奥だった。
やや広い室内は光源がないせいで暗い。
殺風景な感じが倉庫の類を彷彿とさせる。
そんな部屋の中心に大きなシルエットがあった。
部屋に踏み込むと自動的に灯りが点き、その正体が明らかとなる。
「おおっ!」
俺は思わず声を上げる。
それはツーシートのスポーツカーのように見えた。
平らめなグレーの車体に、物々しい装甲が設けられている。
表面には複雑奇異な紋様も刻み込まれていた。
紋様の溝に沿って、仄かな光が発せられている。
俺はさすがに驚きを隠せず、そのスポーツカーを凝視する。
「おいおい、何だこいつは……?」
「十体のゴーレムを組み合わせた特殊車両よ。あらゆる性能面において馬を凌駕している。いつか旅をする時のために用意していたものだけど、さっそく役に立ちそうね」
隣に立つアリスが説明する。
心なしか得意げな様子だ。
活躍の機会ができて嬉しいのかもしれない。
俺はボンネットを撫でながら感嘆する。
自然と笑みがこぼれた。
「悪くない。むしろ最高だ。どうやら俺は、とんだ天才とタッグを組んだらしい」
「天才じゃないわ。この能力は、私が受け継いだだけのものだから」
アリスは自嘲気味に言う。
俺は彼女の肩に手を置いて、はっきりと告げた。
「謙遜なんざ必要ない。紛れもなく君の力さ、アリス」
「ジャックさん。あなたは優しい人ね」
「ああ、俺はいつだって優しいさ。美人には特にな。そら、物資をさっさと運び込むぞ。兵士共を驚かせてやろうぜ。いい車は自慢しないとな」




