第1話 爆弾魔は任務帰りに召喚される
『こちら爆弾魔。HQ、応答せよ』
俺は手元の通信機に告げる。
数拍の間を置いて、ノイズ混じりの声が返ってきた。
『こちらHQ。どうした』
『目的のチップは奪取したが、歓迎パーティーのアンコール発生だ。すぐに応援を寄越してくれ』
『不可能だ。自力で離脱しろ』
『――ハッハ、最高の待遇だな。帰ったら覚えていろよクソッタレ。通信終了』
俺は舌打ちしながら通信機を切る。
これだから非正規部隊の司令塔は信用できない。
割のいい仕事だからといって、安請け合いしたのが運の尽きだったか。
無事に帰還した暁には、真っ先に野郎の頭に鉛玉をぶち込んでやる。
それか爆弾で木端微塵に吹き飛ばす。
革椅子で呑気にお喋りするのが仕事ではないと教えてやらねば。
俺は事務机に腰かけてため息を漏らす。
ここは廃墟となったビル。
都市から離れた郊外で、とある組織のアジトだ。
任務を受けた俺は、重要データの記録されたチップを奪いに来たのであった。
ほんの三分前、チップ自体は無事に発見して手に入れた。
建物内にいた連中も皆殺しにした。
本来ならここから悠々と帰還するだけで、何ら不備は無かった。
しかし、不運な出来事というものは、順調な時に限って起きるらしい。
油断するなという戒めだろうか。
まったく嫌になる。
俺は窓際に寄り、双眼鏡で外を確認する。
「畜生め……最高のルームサービスだ」
アスファルトの道路を辿って、地平線の向こうから十数台の自動車がやってくる。
距離はざっと一マイルくらいか。
車種は揃って黒のミニバンである。
数分もせずにここまでやってくるだろう。
味方ではない。
俺を抹殺しに来た連中であった。
「こっちはたった一人だってのに、ちょいと豪華すぎやしないかね」
俺は肩をすくめて嘆息する。
一体どこから情報が漏れたのやら。
ここにいた連中は即座に殺したので、仲間を呼ぶ暇なんか無かったはずだ。
そうなると本部の奴らがやらかしたのだろうか。
現地で動く俺の身にもなってほしいものである。
俺は双眼鏡でミニバンの観察を再開する。
連中は縦に並んでお行儀よく走行していた。
その光景を眺めているうちに、自然と口角が吊り上がってくる。
気分が昂るのを知覚した。
俺は瞬きもせずにミニバンの列を見つめる。
「――そろそろだ」
直後、先頭のミニバンが爆発した。
噴き上がる黒煙に微かな悲鳴。
慣性に従って横転する車両は、炎を散らしながらひしゃげていく。
後続のミニバンが急ブレーキをかけるも、あえなく爆発する。
派手に宙を舞う車両。
アスファルトが砕け飛ぶ。
綺麗な前方宙返りを披露した末、不幸なミニバンは脇の大岩に激突して大破した。
ばらばらになった部品が衝撃の凄まじさを物語っている。
その光景を目にした俺は、腹を抱えて笑い転げた。
「はっはっは! なんだあの吹き飛び方はっ!? 随分と楽しませてくれるじゃないか!」
あの地帯には予めセンサー式の手製爆弾を仕掛けておいた。
増援を警戒した念のための策だったが、まんまと引っかかってくれた。
しかも、あの爆発具合は最高だった。
なかなか見られるものではない。
アクション映画さながらの演出である。
撮影していなかったのが悔やまれるくらいだった。
残ったミニバンは迂回を始める。
仲間の二の舞になることを警戒しているようだ。
道路から逸れて、砂利を散らしながらオフロードを進んでくる。
俺は頬杖を突いてその様子を見守る。
「さてさて。避けられるかな」
そう言ったそばから、轟音が空気を震わす。
快走する数台のミニバンが、下からの爆炎に突き上げられた。
ミニバンは軽く浮いてから横転して地面を転がる。
そこへ駄目押しの爆炎が炸裂し、被害は一気に広がった。
俺は耳栓を装着しながら微笑む。
こうも爆発が連続すると、うるさくて敵わない。
鼓膜は大切にしなければ。
連中に追い打ちをかけたのは、特製の地雷だった。
俺が丹精込めて作った代物である。
道路を避けることを見越して設置しておいたのだ。
調節次第では、戦車すら走行不能に陥らせる。
俺のお気に入りの一つである。
「へぇ、まだ粘るか。案外しぶといな」
地雷地帯を眺める俺は、少なからず感心する。
これだけの洗礼を受けながらも、連中は接近を諦めていなかった。
生き残った者だけでミニバンを走らせてくる。
凄まじい執念だ。
それだけチップを奪われたくないらしい。
中身のデータは詳しく見ていないが、よほど重大な内容が記録されているようだ。
やがてミニバンは地雷原を突破する。
残念なことに六台も健在していた。
まあ、俺一人で張れる罠などたかが知れている。
半分以下まで減らせたことを喜ぼうか。
双眼鏡を下ろした俺は、事務机に置いたマシンガンを掴み取った。
他の武器を詰め込んだバッグも一緒に担ぐ。
「さて、プレゼントの感想を聞きに行くか」
ミニバンの停車する音がした。
廃ビルの入口まで辿り着いたらしい。
奴らはすぐさま乗り込んでくるだろう。
俺を殺したくて堪らないはずだ。
準備を済ませたところで、階下から複数の気配を感じた。
続々と侵入してきているようだ。
最低でも二十人はいるだろう。
慎重な足音を聞くに、室内の罠を警戒している。
道中にあれだけ爆弾が仕掛けてあったからな。
気になってしまうのも当然か。
俺はマシンガンを携えて部屋を出る。
部屋の外は殺風景な廊下だった。
見渡す限りの灰色で、壁や天井は剥げたまま放置されている。
リフォームするとなると、かなりの金額がかかりそうだ。
吹き抜けの階段に移動した俺は、物陰からそっと下のフロアを覗き込む。
静かに呼吸を繰り返して"その時"を待つ。
そして連中の間抜け面が見えた瞬間、俺はマシンガンを乱射した。
弾ける血飛沫。
鮮やかな赤色がコンクリートの室内に彩りを添える。
その中で、頭部の爆散した死体がばたばたと倒れていった。
「ぐあっ!?」
「痛ぇな、クソ!」
「奴は上にいるぞッ!」
沸き上がる悲鳴と怒声。
すぐさま反撃の銃弾が飛んできた。
俺はひょいと身体を引っ込める。
下からの銃撃が、天井に穴を開けていった。
埃と木片が降ってくる。
それらを払いながら、俺はガスマスクを装着した。
「悪いがパーティーはお開きだ。さっさと眠りな」
階下の連中にそう告げながら、俺はピンを抜いた発煙弾を三個ほど投げ落としてやった。
空気の抜けるような音と共に、赤色の煙が蔓延し始めた。
苦痛を訴えたり、咳き込む声がする。
濛々と煙が漂う中、俺は階段の手摺で一気に滑り下りる。
「こっちを見ろよ、っと」
突っ立っていた男を蹴飛ばし、怯んだところに銃弾を叩き込む。
蜂の巣になった哀れな男は、千鳥足でよろめいて倒れた。
俺はすぐさま遮蔽物の陰に跳び込む。
「奴はどこだッ!?」
「目が痛ぇ……この中で戦うのは無理だ!」
「喋る暇があるなら探せ! 近くにいるはずだ!」
煙で視界不良の中、俺は五感を研ぎ澄ませる。
連中の位置が手に取るように分かった。
一方で向こうは俺の姿を捉えられていないようだ。
堪え切れない笑みを晒しつつ、俺はマシンガンを構える。
「こっちだよ」
這うような姿勢から銃撃する。
前方で数人が血を撒きながら死んだ。
反撃が来る前に飛び出して疾走する。
背後を銃弾の雨が叩き、遮蔽物を瞬時に粉砕した。
しかし、俺には命中しない。
次の遮蔽物に辿り着いた俺は、死角からの弾丸をお見舞いする。
ついでに手榴弾による爆破も行う。
待ち伏せからの室内戦は俺の得意分野であった。
万全な準備さえすれば、この十倍の数でも引き受けられる。
無論、適切な援護や仲間がいるに越したことはない。
なるべくこういう戦法は強いられたくないものだ。
そうして蹂躙すること暫し。
既に侵入した奴らの過半数が死体となっていた。
もはや壊滅状態と評してもいいような有様で、当初の気勢は失われている。
逃げようとする者もいるほどだった。
対する俺はまったくの無傷である。
連中の腑抜けた弾なんざ当たるわけがない。
武器を奪いながら立ち回り、体力的にもまだまだ余裕があった。
とは言え、いつまでも相手をしていられるほど俺も暇じゃない。
腹も減ったしシャワーも浴びたい。
手に入れたチップも本部に渡さねばならなかった。
したがって、そろそろ脱出しようと思う。
「そら、最後の駄目押しだ」
俺は僅かな生き残りにマシンガンを乱射し、そのまま包囲網を食い破った。
廃ビルの外へ出た俺は、停めてあったミニバンの一台に乗り込む。
幸いにもエンジンはかかったままだった。
他の車両のタイヤを撃ち抜きつつ、アクセルを踏み込んで発進する。
「絶対に逃がすな!」
「追え! チップを奪い返すんだッ」
後方からの銃撃が車体を掠め、時には穴を開ける。
だが、俺に被弾することはなかった。
「あばよーっ! 俺の命が欲しけりゃ、もっと頭数を揃えるんだったなァ!」
俺は高笑いしながらクラクションを短く二回鳴らす。
サイドミラーで確認すると、連中は悔しそうに右往左往していた。
ミニバンで追跡を試みているようだが、タイヤがパンクした状態ではそれも叶うまい。
残る爆弾の罠に引っかかって死ぬのがオチだろう。
徐々に遠ざかる廃ビルを一瞥して、俺は至上の満足感を覚えた。
そして数時間後。
寂れたガソリンスタンドにて、俺は穴だらけのミニバンに給油をしていた。
だいぶ弾を食らったが、まだなんとか動く。
もっとも、ここまで破損すると一目で不審がられる。
警察に見つかったら面倒だ。
どこかで乗り換えなくてはいけない。
「……ヒッチハイクでもするかなぁ」
俺は冷えた瓶コーラを飲む。
この甘さと強い炭酸がクセになる。
本当は酒がいいが、仕事が終わるまでは飲まない主義だった。
一息ついて辺りを見回す。
他に客はいない。
併設されたコンビニで、店主らしき老人が居眠りしているくらいだった。
ハイウェイから大きく外れた田舎道なので、通りかかる車もない。
あとは入手したチップを本部に届けるだけだ。
それで百万ドルが支払われる。
今回はなかなか儲かった。
最後は増援による反撃があったが、あんなものは誤差の範囲だ。
職業柄、慣れ親しんだものである。
むしろ負傷しなかった分だけ楽な仕事だった。
小休憩を満喫しているうちに給油が済んだ。
あとはこのまま都市部を避けて移動するのみだ。
数時間後には受け渡しも完了している頃だろう。
報酬の使い道を考えながら、俺はミニバンに乗ろうとする。
その時、前触れもなく足元が発光した。
俺は反射的に飛び退こうとして、目を見開く。
(動けない、だと……ッ!?)
全身が鎖で拘束されているかのように重い。
視線だけをなんとか落として光の正体を確かめる。
足元を照らすのは、奇妙な紋様で構築された魔法陣であった。
それが紫色の不気味な光を放っている。
ひとまず爆薬の類でないことに安堵するも、依然として身動きが取れないことに変わりはなかった。
(クソ、どうなってやがる! 何かの罠か……?)
俺が足掻く間にも、魔法陣の光はどんどん強まっていく。
そうして光の勢いが最高潮に達した時、浮遊感と共に視界が白く染まった。