二つのおにぎり
お日様が高く昇ると、社務所から顔見知りの巫女さんが来た。
「あら、神音ちゃん。もうお昼だけど、お腹空かない?」
確かにお腹は空いてきていた。でも、家に帰る気にはなれなくて首を振ると、巫女さんはにこにこしながら小さなおにぎりを差し出してくれた。
「私には分からないけど、きっと誰かがいるのよね。ただね、帰りたくなくてもご飯は食べなきゃいけないわ。これ、食べていいからね。あとでお茶も持ってくるから。」
ありがとうと言って受け取ると、巫女さんは社務所の方に戻って行った。
この町の人はお狐様を大切にしているから、神様の存在を信じている。それに、私の家が人ではないものを見るというのは有名な話で、大体の人に理解されている。
だから、巫女さんも私が何もないところで話していたり、こうして神社にずっといても不振がったり気味悪がったりしない。
おにぎりは二つあって、綺麗な三角だった。
一つだけとって、もう一つをお狐様に差し出す。
「おきつねさまも、おにぎりどうぞ。」
お狐様は少し黙ってから、私を見た。
「…ありがとう。だが、この姿のままだと不便だな。神音、少し向こうを向いてろ。」
物心ついた時に母から習った人ではない彼らとの付き合い方の一つ。彼らが見るなと言ったり、見てほしくなさそうなら見ないこと。彼らは正体を見られることや、姿を変える時の不安定な様を見られるのを嫌う。
従わなければ殺されるという訳ではないけど、嫌われてしまうのは確かだ。桜美家の中にも、彼らを受け入れることが出来ない者もいる。むしろ、見えていながら友好的に接する者の方が少ないと言える。
でも、私は他の人から変だと言われても彼らに歩み寄りたい。彼らも私たちと同じように生きていて、意思があるから。
「分かりました。」
身体ごと反対を向いて、お狐様から視線を外した。