旧 第48話 死神ちゃんと僧侶(?)
「らああああああああああッ! あっ、あっ、あっ……うおおおおおおおお!」
むさ苦しい叫び声とともに、痛々しい打撃音がダンジョン内に響いた。死神ちゃんの目の前では、巨人族の厳ついおっさんが闇雲に棍棒を振り回し、冒険者仲間をめった打ちにしていた。ボコボコに打ちのめされた仲間はゴハッと血反吐を吐くと、血色の良い艶やかな顔で微笑み立ち上がった。それを見て、死神ちゃんはげっそりと肩を落とした。
「なあ、今、冒険者の間で〈痛々しい回復〉ってのが流行ってるのか? お前ら、マゾかよ」
死神ちゃんの言葉に、冒険者達は〈納得がいかない〉という顔をした。そして、〈何が何でも巨人を五階の最奥へと連れて行こう〉と心に誓った。
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〈四階へ〉という指示の下、死神ちゃんは〈担当の冒険者達〉を求めて彷徨っていた。最奥へとやってくると、巨人族を伴ったパーティーがモンスターの群れと戦闘していた。死神ちゃんはこっそりと巨人に近づいてくと、その大きな頭にしがみついて目隠ししてやった。驚き慌てふためいてバタバタと動きまわる巨人の腕輪からは、ステータス妖精さんがバタバタと忙しなく出てきた。
* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *
「戦闘中だってのに、何楽しそうに踊ってやがる! 〈混乱〉でも受けたのか?」
「うぬらよ、待つのだ! 我は正気を失ったわけではない。何かが度々張り付いてきて、事あるごとに視界が塞がれるのだ!」
巨人が自分に張り付いている〈何か〉に手を伸ばすたび、その〈何か〉は巨人から離れた。手を伸ばせば離れ、またくっついてきて手を伸ばしというのを繰り返していたため、仲間からは〈楽しそうに踊っている〉という風に見えたらしい。
一人が戦闘に参加できないまま、何とかモンスターを撃退した一行は巨人を除いてみなズタボロになっていた。仲間からの刺すような視線にいたたまれない思いをしながら、巨人は何とか〈何か〉を捕獲した。
首根っこを掴まれた子猫よろしく、襟首を掴まれてプランとぶら下がった状態で一行の注目を浴びた死神ちゃんはニヤリと笑った。仲間のうちの一人が、死神ちゃんのその〈黒ずくめの格好〉を見て〈この子は死神である〉ということに気がついた。一同は叫び声を上げると、頭を抱えて何やらブツブツと言い始めた。
「どうするんだよ。〈死神憑き〉のままで〈五階〉を探索するのは、得策じゃないぜ。しかも、今回の探索で噂の〈マッサージサロン〉にたどり着けるとは、到底思えないし」
彼らの言葉に死神ちゃんが首を傾げさせると、冒険者の一人が「まあ、見ていて欲しい」と言って、巨人に合図した。巨人は頷き、深呼吸を一つすると、仲間に向かって一心不乱に棍棒を振った。そして、ボコボコにされながらも何故か回復していくという謎の現象を目撃した死神ちゃんはポツリと呟いた。
「なあ、今、冒険者の間で〈痛々しい回復〉ってのが流行ってるのか? お前ら、マゾかよ」
「んなわけあるかよ! ていうか、え、流行ってんの!? 俺らが知らないだけで!?」
巨人から〈回復〉という名のリンチを受けた彼が、不服そうに顔をしかめつつも声をひっくり返した。その彼の背後で、別の仲間がまた袋叩きにされ回復していたのだが、その光景は本当に奇妙としか言えなかった。
彼らが言うには、この巨人、過去に通りがかりの僧兵に命を助けられたことがあるのだそうだ。その時のことがきっかけで、自分もその道を目指そうと心に決め、まずは僧侶へと転職したのだという。しかしながら、彼は魔法のセンスがからっきしだった。そのため、僧兵が彼に施してくれた〈回復〉を、彼は記憶を頼りに真似することにした。結果、このような散々な〈回復スタイル〉が完成されてしまったのだという。
「不思議なことに、気力・体力ともに回復するし、魔力もみなぎってくるんだよ。でもさ、やっぱ、痛いもんは痛い。だから〈五階〉にあると噂の〈マッサージサロン〉に、弟子入りしてきてもらおうかと思って」
メンバーの一人がそう言うと、巨人はポーチから本を何冊も取り出した。それらの表紙には〈初心者でも分かるツボ押し〉やら〈気功整体入門~経絡とツボ~〉やらと書かれていた。
巨人は一生懸命に身体を縮めて、それらの本を嬉しそうに死神ちゃんに見せた。
「我のために、皆が買ってくれたのだ。我はこれを読みながら、日々勉学に励んでいるのだが、やはり師匠にきちんとつかないことにはな。痛いだけの回復は、皆に迷惑がかかるから、我は何が何でもその〈マッサージサロン〉に行きたいのだ」
「……なあ、どうせ勉強するなら、魔法の勉強しようぜ。僧侶の魔法が使えない僧侶って、どうなんだよ」
死神ちゃんが呆れ顔でそう言うと、冒険者達は揃って死神ちゃんから目を逸らした。巨人自身も仲間達も、どうやら〈そっち方面〉はすっぱりと諦めたらしい。
彼らは気を取り直して〈相談〉をすると、死神を祓いに戻るのではなく、探索を続けるということを敢えて選択した。この僧侶(?)の回復法には、魔力の消費が伴わない。だから、出来得る限りモンスターとの戦闘を避け、こまめに回復をしていけば、少しでも地図を作成できるだろうと思ったのである。一日も早く〈マッサージサロン〉に辿りけるよう、出来る無理は可能な限りしておこうということだった。
そして彼らは、〈五階〉の火炎区画へとやってきた。イフリートに見つからないよう身を潜め、見付かってしまったファイヤージャイアントの千本ノックは巨人が見事に全てを打ち返し、そのご褒美としてレアアイテムの〈刀身に炎を纏わせることの出来る剣〉を授かった。
しかし、極寒地区のモンスターは彼らにとって非常に手強く、一行は余力のあるうちに退避することに決めた。だが、中々退路を確保できなかった。すると、巨人は腹をくくったというような顔付きで一同とモンスターの間に躍り出て、仲間を振り返って言った。
「我が時を稼ぐ。その間に、うぬらは逃げるのだ!」
そして、巨人は自身のとあるツボを刺激した。彼の身体は煌々と輝き、そして爆発四散した。彼の「我が人生に一遍の悔いなし」のという叫びに併せるかのように。
辺り一面に飛び散る灰を呆然と見つめながら、仲間は叫んだ。
「馬鹿か! 僧侶のお前が死んでどうするんだよ! お前さえ生きていれば、どうにかなるっていうのに! ていうか、散った灰を集めるの大変なんだから、爆発なんてするなよ!」
彼らを眺めていた死神ちゃんも、思わず呆然とした。そして、〈仲間の叫び〉に同情と同意の意を込めて静かに頷くと、彼らの阿鼻叫喚の声を背にして壁の中へと消えていった。
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「……ということがあったんだよ」
死神ちゃんはローズオイルの香りが漂い、薔薇の花弁がたっぷりと浮かんだ足湯をちゃぷちゃぷとさせると、死神ちゃんの傍らで施術中のアルデンタスを見やった。彼は施術台に寝転ぶマッコイの脚を持ち上げて肩に引っ掛けて、股関節周りの稼働をよくするためのストレッチをマッコイに施している最中だった。
彼の〈マッサージサロン〉は扉一つで〈社内〉と〈ダンジョン〉とが繋がっていて、ダンジョンの方にお客が来ると呼び鈴が鳴るようになっている。その合図で呼ばれるまでは、彼は〈社内〉の方で〈社員〉の相手をしているのだ。
そして、骨や筋肉に精通し、ただの整体だけではなく強化からリハビリから何でも出来るスペシャリストなアルデンタスの施術を、マッコイは定期的に受けている。死神ちゃんはちょうどこれから施術を受けるというマッコイに誘われて、彼のサロンへと遊びに来ていたのだった。
「あら、そんなことが。でも、アタシ、〈表〉からは弟子はとらないのよね。そもそも〈入門書〉を読んでるような段階なんでしょ? もうちょっと、突っ込んだ勉強をしている子なら歓迎するけど。でもその前に、冒険者ギルド職員にでもなってくれないことには――」
アルデンタスの言葉に、死神ちゃんは眉根を寄せて驚いた。しかし、彼はそんな死神ちゃんを気にすることもなくマッコイに話しかけた。
「珍しいわね。いつもは筋肉がちょっと張ってるくらいなのに、今日は骨盤が歪んでたわよ。変な態勢でデスクワークでもしてた?」
「ええ、実はちょっと、作業しながらそのまま机で寝ちゃったことがあっ―― 痛い! アル、それ、痛っ……いやあああああ!」
「ギャーギャーうるさいわね。歪んだ状態で来たあんたが悪いのよ?」
悲鳴を上げるマッコイを同情の表情で眺めながら、ふと死神ちゃんは首を傾げさせた。そして、死神ちゃんはアルデンタスに尋ねた。
「なあ、俺ら死神って痛みを伴うような〈一定以上の強さ〉で触られた時って、身体が勝手に〈攻撃された〉と判断するのか、すり抜けて貫通しちまうだろ。なのに何でアルデンタスさんは俺らに施術出来るんだ?」
アルデンタスはマッコイに〈うつ伏せになるように〉と指示をすると、死神ちゃんの方を向いてにやりと笑った。
「あんた、そんなの、決まっているじゃない。それはアタシが〈神の手〉を持っているからよ」
「……それ、ちょっと、意味が違う気がするんですけど」
死神ちゃんが不服げに目を細めると、アルデンタスはそれを笑い飛ばした。そして、マッコイの悲鳴がサロン中にこだました。
――――とりあえず、〈入門書〉を卒業しない限り、あの巨人はこのゴットハンドに近づくことすら出来ないということは確かなようDEATH。