旧 第47話 死神ちゃんと爆弾魔
死神ちゃんが待機室で次の担当が割り振られるのを待っていると、涙を浮かべたサーシャがフラフラと部屋へ入ってきた。そして彼女はケイティーに抱きつくと、グズグズと鼻を鳴らしながら「助けてください」と言った。ふるふると震えただならぬ様子のサーシャの背中をポンポンと優しくあやすように叩くと、ケイティーは心配そうに表情を曇らせた。
「どうしたの。何があった?」
「ある冒険者パーティーのせいで、三階の一角が広範囲に渡ってボロボロなんです……。被害が甚大で、修復作業に魔力が追いつかなくて……。彼らは今、四階に降りて行きました。彼らがダンジョンに入ってからはまだ、死神が出動するほどの時間は経ってはいないんですけど。でもこのままだと私達〈修復課〉が全滅してしまいそうなんです。早めに出動して、彼らの心を挫いて頂くことって、出来ませんか?」
本来なら課長やウィンチに相談をするべき案件なのだが、どうにも捕まらず、それで直接待機室に掛け合いに来たらしい。ケイティーはサーシャの話を聞くと、モニターを覗いてみた。そして、ひどく顔をしかめさせた。サーシャの言う通り、三階のとある一角が酷い有様となっていて、黒い煙がもうもうと立ち込め、あちこちの壁が崩れていた。
腕組みをして俯き、神妙な顔をしていたケイティーは、勢い良く顔を上げると死神ちゃんを見た。死神ちゃんが釣られて背筋を伸ばすと、ケイティーはちょいちょいと指を振って〈こっちにこい〉というジェスチャーをとった。
「小花、今のサーシャの話、聞こえてたよね。お前のその持ち前の可愛らしさとトーク力で、被害を最小限に食い止めてきて」
死神ちゃんは頷くと、〈先日も同じようなセリフを聞いたな〉と思いつつも〈四階〉へと向かった。
現場に到着してみると、冒険者達がモンスターと戦っていた。人型のモンスターが振り下ろした剣を剣で受け止めた態勢の戦士が、必死に堪えながら「まだか」と叫ぶと、魔法使いに似た格好をした瓶底メガネの女が凄まじくゆっくりと「待って」と答えていた。そして彼女は、その凄まじくゆっくりな口調とは真逆の凄まじい速さで手にしていた紙の束に計算式を書きなぐり、結果に満足すると、いそいそとポーチの中から中身入りの薬瓶を二つと空の瓶を一つ取り出した。
女は空の瓶へと器用に二種類の薬剤を注いだ。そしてゆっくりと振り、液体の色が変わるのを見てニヤリと笑うと、前衛がタイミングよく左右へと捌けたのに合わせて完成品を投げた。すると、小さな瓶からは想像もつかないほどの大爆発が起き、仲間達が必死に戦っていたはずのモンスターは呆気なく一掃され、ついでに周囲の壁も抉れて一部がボロボロと崩れ落ちた。
爆発による惨状を目の当たりにした死神ちゃんは思わず「ひどいな」と声をひっくり返した。それに気づいた女が、瓶底メガネについた煤を拭きながら言った。
「ひどいのではなくて~、芸術的と言ってくださいまし~。正確に計算して~、そして調合するのは~、私達〈錬金術士〉の腕の見せどころなんですのよ~。それはまさに、芸術のようなのですのよ~。それに、爆弾は~、少量でいかに大爆発させるかが~やっぱり重要だと思うのです~。爆発は~芸術なのですわ~」
「概ね同意するが、最後のは少し違うと思うぞ」
錬金術士は少しムッとすると、とても美しい素顔を再び瓶底メガネで隠した。心なしか、パーティーの男性陣ががっかりしているようだった。彼女はそんな周囲の反応を気にすることもなく、ポーチから先ほどとは違う薬瓶を二つと空瓶一つを取り出した。そして新しく薬を調合すると、「傷ついた戦士に渡して欲しい」と言って死神ちゃんに瓶を手渡した。
戦士に瓶を渡して戻ってきた死神ちゃんの頭を、錬金術士が撫でた。すると、戦士からボフンッという爆発音が聞こえるのと同時に、彼女の腕輪からステータス妖精さんが飛び出した。
* 錬金術士の 信頼度が 2 下がったよ! *
「あら、何で信頼度が下がりますの」
「いや、だって……今のはちょっと、痛かった……」
口から黒い煙を吐きながら、戦士が涙目でそう言うと、錬金術士は誤魔化すかのようにコロコロと笑った。痛々しい爆発音が上がったにもかかわらず、何故か戦士の傷は癒えて回復しており、それを目にした死神ちゃんは感嘆の声を上げた。しかし、すぐさま顔をしかめさせた。
「……なあ、回復するのに爆発する必要、あるのか?」
「芸術には爆発が~必要なのです~!」
「もはや爆弾魔だな、お前」
「何ですって~!?」
プリプリと怒る爆弾魔の横にちょこんと腰掛けると、死神ちゃんは「それにしても」と言いながらニコニコと笑った。
「懐かしいなあ。俺も昔、ちょっとかじったことがあるんだよ。二液混合の爆弾って、奥が深いよな」
「あら、何だかんだ言って、あなたも分かるクチなんじゃないですか~」
気分を良くした爆弾魔は、そのまま死神ちゃんと話に花を咲かせた。楽しそうにおしゃべりしながら薬剤を取り出しては、話の中で出てきたアイディアを試そうと調合して遊んでいた。
そしておもむろに、赤と透明の二種類を注いでピンクの液体を作ると、ニヤニヤとした笑顔を浮かべて死神ちゃんに差し出した。死神ちゃんはドキドキとしながらそれを受け取り、そしてひと思いに飲み干した。しかし、爆発は起きなかった。
「何だよ、シロップかよー!」
「あら~、騙されました~? うふふ~」
「……お楽しみのところ悪いんだけど、そろそろ先に進もう」
パーティーリーダーのその言葉で、楽しい実験コーナーはお開きとなった。そして一行は先へと進み始めたのだが、死神ちゃんも一緒に付いてくるということを疑問に思った。一行からの訝しげな視線を一身に受けた死神ちゃんは、きょとんとした顔で首を傾げさせた。
「え、だって俺、死神だもん。さっき、ステータス妖精もちゃんと信頼度低下のお知らせをしてただろ?」
一拍押し黙った一行は、何かを思い出したかのように嗚呼と叫び声を上げた。すると、その大きな声に引き寄せられるかのようにモンスターの群れが現れた。前衛が必死に刃を交える中、爆弾魔は薬を調合しようとポーチを探った。そして、彼女は顔を青ざめさせた。
「さっき遊びすぎたせいで~、もう調合薬がないですわ~……」
「はあ!?」
彼女の仲間達は呆れ声をひっくり返した。その拍子にほんの少しだけ力が抜けたのか、彼らはモンスターに押し負けた。そして、常に爆弾魔の調合に頼りきりだった彼らは、呆気なく全滅した。
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死神ちゃんがほくほく顔で帰ってくると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたサーシャが抱きついてきた。彼女は最小限の被害で見事に冒険者の心を挫いた死神ちゃんに、何度もお礼を述べた。ケイティーは死神ちゃんを見下ろすと、笑顔でポンポンと頭を撫でた。
「そう言えば、お前、ただの殺し屋じゃあなかったんだものね。見事だったよ」
「ケイティーさんは、軍で爆発物訓練はなかったんですか?」
「一応ありはしたんだけど、私は前線で戦闘がメインだったからね。それにしても、諜報員時代の知識、すごく役立っているじゃない。むしろ、殺し屋時代の経歴が霞むレベルで諜報員時代のものばかりが光ってるっていうか」
死神ちゃんは心なしか悲しそうな顔でケイティーを見上げたまま固まった。ケイティーはハッと息を呑むと、死神ちゃんに必死に謝ったのだった。
――――この世界へのスカウトのきっかけだったはずの〈殺し屋時代の芸術的なスキル〉を見せつけられる時がくるのは何時なんだと、ちょっと落ち込んだのDEATH。