旧 第40話 会議という名の
ダンッという音を立てて勢い良く空のジョッキを置くと、ケイティーは満面の笑みで手を挙げた。
「おばちゃーん、生おかわりねー!」
店の女将の返事にニコリと笑うと、ケイティーは机に片肘ついて頬杖をした。そして、先ほどとは打って変わって少々不満気な表情を浮かべると、隣に座っているマッコイの腕をツンツンと突いた。
「何であんた、烏龍茶なんだよー。あんたもお酒飲もうよー」
「やだ、ケイティー、もう出来上がっちゃったの? だから〈始めから飛ばし過ぎだ〉って言ったのに」
「まだこのくらい序の口だもーん。ていうか、そういうのはいいんだって。あんたも、ね、飲もう?」
「いやよ。アタシがお酒嫌いなの、知ってるでしょう?」
「いいじゃないか、別に。私は全然、気にしないから」
「アタシは気にするのよ!」
ニヤニヤと笑うケイティーに、マッコイは悪寒たっぷりという表情で怒鳴った。すると彼女は「ちぇー」と言いながら口を尖らせてふてくされたが、タイミングよく運ばれてきたビールを目にするや否や、目を輝かせてそれに飛びついた。
蒸し鶏と彩り野菜のサラダを黙々と食べていたグレゴリーはビールを置いて去ろうとする店員を呼び止めると、唐揚げの盛り合わせとハイボールを頼んだ。
恍惚の表情でジョッキを抱えていたケイティーがふと、グレゴリーに分けてもらった唐揚げを口に運びながら言った。
「あー、小花がこの場にいたらなあ。もっと楽しかっただろうに。中身はおっさんなんだしさ、飲み会、付き合えるよな?」
「それじゃあ寮長会議の意味無いでしょう」
「いいだろ、別に。会議なんて名ばかりの、ただの飲み会なんだし。歓迎会とか何とか言い訳つければ。だから、ね、今度、連れて来てよ」
「見た目的にアウトなことをさせるのは、寮長のアタシが許しませんから。ていうか、仮に十三様状態に戻ったとしても、薫ちゃん、飲まないと思うわよ。〈判断力の鈍るものはやらない主義〉って言ってたから。だから、来たとしても、アタシとそう変わらないわね」
「何だよ、マッコイのケチ! ていうか、おっさん形態なんて興味ないんだよ! 今のがいいんだって! ――おばちゃーん、生おかわりー!」
不満気に空のジョッキを掲げるケイティーに、マッコイはため息をついた。そして、もつのどて煮をつつきながら彼女を見ることなくポツリと言った。
「ホント、アンタって〈可愛いもの〉が好きねえ」
「なあ、それ、肉?」
唐突に話しかけてきたグレゴリーに目を瞬かせると、マッコイは「味見する?」と言ってどて煮の器をグレゴリーに差し出した。グレゴリーはもつを口に放り込むと、丸めていた背中をピンと真っ直ぐに伸ばした。そして辺りをキョロキョロと見回すと、ビールを持ってこちらにやってくる途中の店員と目が合って、彼はそわそわとしだした。そして、ビールを置き、空のジョッキを持ち上げた店員を見つめながら、もつのどて煮を指差して言った。
「これと同じものを。あと、ホッピーをキンミヤで」
「あ、それから、ブリ大根をひとつ」
マッコイの追加注文をぶつぶつと反芻すると、ケイティーは面倒臭げに顔をくしゃりとさせた。
「骨がなー。とるの大変なんだよなー。――ねえ、分ける際、骨はとってちょうだいね」
「……アンタ、いい加減、他人のものを分けてもらうばかりじゃなくて、ちゃんと自分で頼みなさいよ。各自自由に食べたいものを頼むって決めたでしょう?」
「いいじゃないか、ケチ!」
呆れ顔でため息をつくと、マッコイはグレゴリーの元から返ってきたどて煮をつつきながら口を開いた。
「そう言えば、さっきの話の続きってほどのものでもないんだけど。薫ちゃんって〈判断力が鈍るものはやらない〉とか言う割に、甘いもの大好きなのよ。甘いものも依存性あるのにね。ちょっと意外だったわ。――大きなパフェをね、目をキラキラさせながら嬉しそうに食べるのよ。でね、上に乗ってるいちごとかを頂戴すると、真っ赤になったほっぺたを膨らませて、すっごく怒るの。可愛いわよ~」
「何それ、微笑ましい! 他には? 他にはないの!? そういう、可愛らしいエピソード!」
他ねえ、と言いながらマッコイは運ばれてきたブリ大根を受け取った。そして骨を避けると、少しだけケイティーに分けてやった。グレゴリーは目の前に置かれたどて煮を見つめながら、ひとり静かにテンションを上げていた。
ブリ大根を受け取った姿勢のまま、ケイティーはじっとマッコイを見つめていた。マッコイはそんな彼女を気にすることもなく、大根に箸を入れた。
「身体が幼児なせいで、ワンピースとかは脱ぎ着がしづらいみたいね。あと、頭や背中も自分では洗いにくいみたい。だから、アタシが遅番で朝いないって時以外は着替えを手伝ってあげるし、薫ちゃんが眠たくなる時間までには帰ってこられない中番以外は、一緒にお風呂に入るんだけど――」
「はあああ!? 何そのご褒美! あんたばかりずるい!」
「……ばかりって何よ、ばかりって」
ケイティーはいきなり大声を上げたかと思うと、少し涙ぐんだ。マッコイがぎょっとすると、彼女はマッコイを睨みつけた。
「知っているんだから。この前、もふ殿が第三死神寮にお泊りした際、あんた、もふ殿を膝に乗せて、あのもふもふの尻尾にブラッシングしたんだって? 早番の私が、あんたが入るはずだった中番の時間もぶっ通しで入って穴を埋めたってのに、私が一生懸命働いている間に、あんたは一人でパラダイスを――」
「その節はどうもお世話になりました! ていうか、第一には〈うさぎのぬいぐるみ〉というもふもふのペットがいるんだから、それをもふっていればいいでしょう」
「やだ、小花ともふ殿がいい。ていうか、今日だって〈もふ殿の城下町〉で飲み会だからと思って早めに来たのに、今日はもふ殿城下町うろついてなくてお会い出来なかったし。ずるい。あんたばっかりずるい。だから、せめて、小花貸してよ」
べそべそと泣き出したケイティーの背中を、マッコイはポンポンとあやすように叩いた。ため息をつくと、マッコイは諭すように言った。
「〈貸して〉って何よ。モノじゃないんだから。そんなに会いたいなら、今度薫ちゃんに〈もふ殿連れて、うちのペットを見においで〉とでも言えばいいでしょ」
「……マッコイ、あんた、頭いい! ――おばちゃーん、生おかわりー!!」
「あ、すみません。あと、焼き鳥の盛り合わせと、ホッピーの追加を」
機嫌を取り戻したケイティーは、〈他にネタはないのか〉とマッコイをつついた。マッコイは烏龍茶のグラスを置くと、嬉しそうに微笑んだ。
「ぬいぐるみといえば、この前、薫ちゃんが可愛らしいテディベアをプレゼントしてくれたの。別に気にしなくていいのに、〈いつも迷惑かけてるから、そのお礼だ〉とか言って。初給料をアタシなんかのために使ってくれるってだけでも感動モノなのに、薫ちゃん、自分で選んだプレゼントを誰かに贈るのは初めてだったらしくて。顔を真っ赤にして、すごく恥ずかしそうにしてたっけ。アタシも人からプレゼント貰ったのなんて初めてだったから、思わず泣いちゃって」
「あー、しかもあんたにとっては〈初めての新人〉だものね、小花は。だから、余計に嬉しかっただろ。ていうか、だから他のヤツら以上に世話焼きたくなるし、可愛くって仕方ないんじゃないか? 単に〈幼女の身体にされて不自由そうだから〉ってだけじゃなくてさ」
マッコイはグレゴリーから焼き鳥を受け取りながら、ただただ苦笑いを浮かべていた。ケイティーはマッコイが貰った焼き鳥を勝手に失敬すると、ジョッキ片手にニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「ていうかさあ、〈部下として可愛い〉を通り越して恋なんてしてないだろうな? 〈村人A〉か狂狐ちゃんルックしか持ってなかったくせに、急にそんな服を買い足してさ。怪しいったら」
マッコイはむせ返ると〈信じられない〉という顔でケイティーを見つめた。そして顔をしかめると、一気に捲し立てた。
「たしかにきっかけは薫ちゃんですけどね? 薫ちゃんに〈お前の人生なんだから、好きにすれば〉って言われたから、ちょっと冒険してみた結果なんですけどもね!? これは、そういうのじゃないですから! だって、これはコメディーなのよ!? だから、タグが付いてない以上、そういう系統の話は、それに似た話題も含めて、〈笑い〉で収まる範囲でしかここではしませんし! みなさんの妄想エッセンスのためにそれっぽいものが入ることがあるかもしれないけど、それだって直接的な感じでは入らないし! 実は裏でフラグ立ってたってことがあっても、それっぽいものを見せて終わり! もちろん、それは〈アタシ相手〉だけではなく、〈他の人が相手〉でもです! じゃないと、色んな意味でノクターン行きになっちゃうでしょう!? 薫ちゃん、中身はおっさんでも、見た目は幼女なんだし! そんなことも分からないだなんて、本当に信じらんない!」
「……私さ、あんたの言うことが、たまに理解できない時あるんだよね」
ケイティーはしかめっ面で焼き鳥にかじりついた。マッコイもまた、プリプリとした怒り顔で焼き鳥にかじりついた。そして串を皿の上に置くと、マッコイは仕切りなおしとでも言うかのように咳払いをひとつして揚々と話し始めた。
「さて。今話題に出たBLだけど、一昔前は〈やおい〉っていう別の呼び方で呼ばれてたのよね。その〈やおい〉なんだけど、〈ヤマなし〉〈オチなし〉〈意味なし〉という意味で、本来は〈ヤマもオチも意味もないお話〉ならジャンル問わず、BL以外のものでもそのように呼んだわけよ。つまり、この飲み会がまさにそれってわけよねー!」
マッコイが得意満面に笑うと、ケイティーが再び〈理解できない〉という顔をして首を傾げさせた。そしてグレゴリーはおもむろに顔を上げると、頬張った焼き鳥をむしゃむしゃと咀嚼しながら言った。
「〈俺らの息抜き〉っていう意味がちゃんとあるし、今お前がその話をしたことでオチも付いたんじゃねえか?」
「えっ、あんた、今更会話に参加してくるの!? ――まあ、いいや。おばちゃーん、生もう一杯~!」
「やだ、アンタ、まだ飲む気なの!?」
マッコイが引き気味にそう言うと、グレゴリーがゲラゲラと笑った。ケイティーはビールを受け取ると、嬉しそうにそれを飲み干した。
――――こんな感じで、寮長達の定期飲み会はいつも、お開きのタイミングを逃してズルズルと続いていくのDEATH。