旧 第39話 死神ちゃんと熱血漢
〈担当のパーティー〉を探して〈五階〉を彷徨っていた死神ちゃんは、初めて〈火炎区画〉へと足を踏み入れた。〈五階〉には水辺や極寒地帯など様々な区画があるのだが、炎吹き荒れるこの区画は冒険者に最も敬遠されている。そのため、初めて五階に降り立った冒険者が足を踏み入れた時くらいにしか、この区画への出動要請がかからないと死神ちゃんは聞いていた。――ということは、今回の出動は簡単にカタが付いて、すぐさま帰れるだろう。死神ちゃんはそんなことを考えてニヤニヤと笑いながら、ターゲット目指して浮遊した。
現場にたどり着いてみると、冒険者達があまりの暑さで茹だっていた。戦士の一人なんかは鎧を完全に脱ぎ捨てていたどころか、その鎧が帯びる熱で肉を焼いていた。
「あんた、よく肉なんて焼いていられるわね……。私、その匂いだけでもう無理……」
「いやあ、俺だって辛いけど、無理矢理にでも食べとかないと体力もたなそうで……」
「ていうか、僕達、このままここで死ぬのかな……。こんなところで小休止したって、全然休憩にならないよ……。――あれ、僕、とうとう脳みそまで茹だってきたかも。小さな女の子が見えるよ……」
〈鎧で肉を焼く〉という衝撃の現場を目撃してしまい呆然としていた死神ちゃんは、うっかり冒険者に気づかれた。死神ちゃんは「小さな女の子が見える」と言った冒険者に向かってぽてぽてと歩いて行くと、そのままポンと彼の肩をたたいてとり憑いた。
* 魔法使いの 信頼度が 3 下がったよ! *
「ねえ、ちょっと待って! 信頼度下げるの、早まらないでよ! 幻覚じゃなかったよ、実態あるよ、この子! だって今、僕、肩触られた!」
「あー、うん、そう。もう、どうでもいい……」
「ちょっと待ってよ、ねえ! ――ていうか、信頼度下がったってことは、この子、死神!?」
死神ちゃんは魔法使いに向かってしたり顔を浮かべた。すると、彼はめそめそと泣き事を垂れ始めた。仲間達は暑さのせいで何かを思ったり考えたりすることも面倒くさくなっているようで、女々しい彼の態度に対して鬱陶しいとしか思えないようだった。
「あー、うん、分かった。分かったよ。じゃあ、一旦帰ろう。ここにこうやって居たって、どうせもう十分に探索なんて出来ないだろうし」
肉焼き戦士は頬張っていた肉を飲み込むと、粗暴な調子でそう言いながら鎧を着こみ始めた。
彼の鎧装着が済むと、一行は元来た道を戻りだした。歩きながら、僧侶の女が深いため息をついた。
「見知らぬ道を行くよりも元来た道を戻るほうがいいのは分かるけどさあ、さっき遭遇したモンスター達が、また出ないといいわよね……」
「ああ、うん。あれ、色んな意味で暑苦しかったね……」
同意して頷いた女戦士が、唐突に苦虫を噛み潰したような顔をした。僧侶は下を向いて歩いていたのだが、それを雰囲気で察して不審に思い、顔を上げた。そして彼女も、女戦士と同じような表情を浮かべた。
一行の前には、炎を纏った巨人が火の玉お化けを伴って立ち塞がっていた。巨人は厳しい顔付きで冒険者達を見下ろすと、棍棒の先をこちらに向けて眉間のしわを一層深くさせた。
「貴様ら! そんな腐った根性で、甲子園を目指せるとでも思っているのか! ワシがその曲がりきった根性を叩きなおしてくれるわ!」
そのように怒鳴り散らすと、巨人は棍棒で火の玉をノックした。飛んでくる火の玉を避けながら、冒険者達はギャーギャーと喚いた。その間も巨人は「足腰がなってない」だの「このくらいでへこたれるだなんて」だのとスポ根な言葉を吐き続けた。――巨人はその見た目以上に、精神がとても暑苦しい〈熱血漢〉だった。
一行は巨人から何とか逃げおおせたのだが、魔法使いが〈混乱〉でも受けたのか、彼の頭の周りには腕輪から飛び出した小鳥がぴよぴよと鳴きながら楽しそうに飛び回っていた。そして、彼は目を白黒とさせながら「甲子園って、何……?」と呟いていた。
歩を進めていくと、今度は炎の魔人と遭遇した。魔人は筋肉を誇示するようにポージングをとりながら、爽やかな笑みを浮かべていて見るからに暑苦しかった。冒険者達は魔人を回避して先に進もうとしたが、魔人はポーズを変えながら回り込んでくる。彼らは仕方なく戦闘をすることにしたのだが、依然混乱が醒めていないのか、何故か魔法使いが炎系の呪文を唱えだした。
「おい、誰か、その馬鹿を止めろ! せっかく少しはダメージ与えたのに、炎系の呪文なんか使ったら回復されちまう!」
肉焼き戦士が慌てて叫んだが間に合わず、魔法使いは杖から炎を繰り出した。炎は魔人に向かって飛んでいったが、キュイイインという音を立てて魔人の体内に吸収されていった。そして、炎を吸収しきるのと同時に、魔人の笑顔に更に輝きが増したのだが、それは暑苦しいを通り越して癪に障るような代物だった。
暑さで苛立っていた冒険者達は、魔人の笑顔で更に苛立ちを募らせた。そのせいで戦闘も精細に欠け、結果、あっさりと全滅した。げんなりとした気持ちで一部始終を見守っていた死神ちゃんはため息をつくと、待機室へと戻っていった。
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マッコイは心配そうに顔を曇らせると、死神ちゃんに声をかけた。死神ちゃんがげっそりとした表情で肩を落として待機室に帰って来たので〈また変態を担当させられたのか〉と思ったからだ。しかし、聞いてみると熱血漢なレプリカについてだったので、マッコイは一瞬拍子抜けしたとでもいうかのように目を瞬かせた。そして、苦笑いを浮かべて言った。
「ファイヤージャイアントさんは、本物もああいう感じよ。でも、イフリートさんは少し違うわね。 ――何なら、会いに行ってみる? 今なら、食堂にいるはずよ。そろそろ、休憩で一度火を落としてたのを、夜営業のために入れなおす時間だから。食堂の〈火〉は彼がつけてるのよ」
死神ちゃんは許可をもらうと、待機室を抜けだして食堂へと向かった。そこにはマッコイの言う通りイフリートがいて、死神ちゃんの存在に気がついた彼は笑顔を浮かべると、死神ちゃんへと近づいてきた。
「君、初めて見る顔だね! もしかして、我らが〈環境保全部門〉に久々に入ってきたという新人かい? ――お米、しっかり食べてるかい? 強い心を持つには、必要だからな! そしてこれはアドバイスだ! 〈真剣に考えても、深刻になるな〉〈反省はしろ、後悔はするな〉 ……そして、熱くなれよ! 熱い血、燃やしてけよ! よろしく頼むぜ、新入り!」
死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、差し出されたイフリートの右手を掴んで握手した。――確かに彼は〈レプリカとは少し違った〉が、暑苦しい熱血漢であることには変わりなかった。
――――今までも様々な変化球を受けては返してきたけれど、あまりにも熱すぎる豪速球は、逆に打ち返せるか不安になるものなのDEATH。