旧95話 秘密の男子会
ガラリと内容が変更となる予定のため、旧版をこちらに補完。
ある休日の朝。座禅サークルの活動が始まる時間よりも前にリビングに来ていた死神ちゃんはふと、活動のため準備中の元坊主に声をかけた。
「なあ、住職。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
住職が首を傾げて死神ちゃんが話すのを待っていると、死神ちゃんは急に態度を改め、そしてすぐさま言いづらそうに、もじもじおどおどとしだした。
「何だよ、薫ちゃん。言いづらいことなら、場所変えるか?」
「いや、あの……。あのさ、何で俺は男子会に呼ばれないんだ? やっぱり、見た目がコレじゃあ、参加する資格が無いのかな……」
少し悲しそうに頬を引きつらせつつも笑顔でそう言う死神ちゃんを束の間ぽかんと見つめると、住職はバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。そして謝罪と一緒に一言「そういうわけじゃない」と言うと、彼は首の付根をさすりながら申し訳なさそうに言葉を続けた。
「中番の奴らが仕事から上がる時間から始めるのが恒例になってたもんでさ。その時間だと薫ちゃん寝てるから、誘ったら悪いかなって思ってたんだけど。誘わないほうが悪かったよなあ」
「俺だけ除け者にされるのは、やっぱ寂しいよ! 出来る限り起きていられるように、日中いっぱい昼寝するから! だから参加したいよ!」
「いや、夜の時間はやめておかないか?」
住職が真顔でそう言うと、死神ちゃんは〈やっぱり駄目なのか〉と思ってしょんぼりした。すると、住職は気まずそうに目を細めた。
「薫ちゃんが薄暗い照明の中でうとうとし始めたら、酒に酔っ払ったペドが我を忘れて襲いかからないとも限らないだろう……」
「あー……」
死神ちゃんは納得したと言いたげに顔をしかめさせた。住職はニッコリと笑うと〈次回から昼間に開催するよう手配する〉旨を請け負った。死神ちゃんはそれを聞いて、嬉しそうに頷いた。
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「というわけで、今回からは昼間に決行致します。ちなみに今日は初参加の薫ちゃんが大好きなビュッフェです。みんな、楽しんでいこうぜー!」
幹事がそう言ってグラスを掲げると、みんなも笑顔でグラスを持ち上げた。そのままなし崩し的に男子会は幕を開いた。
死神ちゃんの隣りに座っていた同居人は首を傾げさせると、グラスのお茶に口をつけた死神ちゃんを見つめて興味深げに声をかけてきた。
「なあ、酒を頼まなかったのは、やっぱ、身体が幼女だと飲めないから?」
「いや、元々、酒もたばこもやらないクチってだけ。依存症になるようなものは、判断力が鈍るから」
「その割に甘いものには目がないよなあ」
「わ、悪い?」
「うんにゃ、可愛い」
にやりと笑う同居人を死神ちゃんは睨みつけた。すると他のメンバーも口々に「薫ちゃんは可愛い」と言い出した。
「怒るなよ、薫ちゃん。見た目で〈可愛い〉って言ってるわけじゃないんだから。何て言うの、ギャップ萌えってやつ? おっさんなのに甘いもの好きだったり、おっさんなのに素直に一喜一憂してるのが可愛いっていうか。だからモテモテなのかね、羨ましい」
「いや、モテモテってほどでもないだろう」
「何言ってるんだよ! ケイティー軍曹に、アリサ様に、サーシャちゃんに。最近はエルダ姉さんとかもか? それに、寮長だって。何だよ、この、選り取りみどり感!」
「いや、そんな、全員ただの友達だし」
「うわあ、モテる男の余裕!」
同居人は顔をしかめてそう言うと、酒をひと煽りして勢い良くグラスを置いた。そしてきつく握りこぶしを握ると、口を尖らせて不服そうに言った。
「ていうか、前にもふ殿が〈口説きのテクニックを学んだところで、お前らには活かす場所がないだろう〉みたいなこと言ったじゃん? でもさ、俺らだって仕事だけじゃなくプライベートも充実させたいわけですよ。充足のラブラブライフを送りたいわけですよ! なのに何なんだよ、裏世界暦半年ほどの薫ちゃんばっかりハーレムこさえて! リア充、死ね! 爆発しろ!」
同居人の話によると、彼らは死神ちゃんやマッコイ、ケイティー同様に〈世間的には胸の張れない仕事〉に就いていたり何かしらの罪を犯していたりという後ろ暗い前世を持っている。そのため、こちらの世界に来てから〈幸せ〉を感じたり〈安らぎ〉を知ったという者が多いのだそうだ。なので、色恋沙汰に憧れを持っているものも少なくはないのだという。
メンバーは一様にうなだれたりテーブルに突っ伏したりすると、呪禁のように「彼女欲しい」と吐き出した。そして彼らは口々に〈◯◯課の誰それちゃんが気になってる〉だとか〈◯◯店の某さん、付き合えなくてもいいから、思い出に一発ヤラせてくれないかな〉だとか、ふわっとした甘酸っぱい思いからド直球な欲求までを色々とやいのやいのと言い合った。
ふと、一人が骨付きチキンを齧りながら、死神ちゃんをじっと見つめて言った。
「ていうか、ケイティー軍曹、最近たまにうちの風呂に入りに来るようになっただろ。薫ちゃん、一体どんな感じで一緒に入ってるんだ?」
「あ、それ、俺も聞きたい!」
好き放題言い合っていたはずの面々が、いきなり静かになって死神ちゃんを凝視した。死神ちゃんは顔をしかめさせると、しどろもどろに「言わなきゃ駄目?」と答えた。しかし彼らが真剣な表情で見つめてくるので、死神ちゃんは観念したようにため息をついた。
「あいつ、〈可愛いもの〉なら何でも好きだからって、俺のこと、抱きかかえるんだよ。それを、マッコイが怒ってやめさせる」
押し黙る一同を、死神ちゃんは気まずそうに見渡した。すると彼らは弾けるように「ふざけるな」だの「その位置、マジで代われよ」だのと捲し立てた。
「代わってもいいけど、つまりそれ、お前らも幼女になるってことなんだが、本当にいいのか? もれなく、変態冒険者との憂鬱な一時もついてくるけれど」
死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、彼らはピタリと黙って「やっぱいいわ」と口を揃えた。死神ちゃんは一同を睨みつけると「お前ら爆発しろよ」と吐き捨てた。
彼らはそのまま、死神ちゃんとアリサの過去の様子について聞きたがった。死神ちゃんが盛大に顔をしかめさせて拒むと、誰かがポロッとこぼした。
「ちぇっ。もしもアリサ様と付き合えたら、どんな感じになるのかなって聞きたかったのに」
「え、何、お前、アリサ様狙いだっていうの、本気だったのか? 何だよ、お前もかよー」
「おう。もしもさ、この思いが成就して〈ずっと一緒にいようね〉とか誓い合っちゃったり出来た暁には、アリサ様のように〈この記憶と見た目を持ったまま吸血鬼族に転生〉させてもらえるのかな? それとも、やっぱ俺ら半端者は天国経由の〈新しい人生に完全生まれ直し〉しか許されないのかなあ?」
楽しそうに思いを馳せる彼らに、死神ちゃんは哀れみの表情を向けた。彼らは眉根を寄せると、死神ちゃんを睨みつけた。
「んだよ、俺らじゃあ釣り合わないってか、元カレさんよ」
「いや、そうじゃなくて……」
死神ちゃんは一瞬苦笑いを浮かべると、至極真面目な表情でポツリと言った。
「お前ら、強く生きろよ」
「は?」
「料理は絶対、お前らがしろよ? じゃないと、死ぬから……」
「はあ……?」
彼らが訝しげな表情で首を傾げさせると、死神ちゃんはスッと目を逸らした。
「俺、多少は毒物に耐性あるんだよ。そのように訓練されてきたから。その俺でさえ、口にするのが怖かった。あと、真面目に、あいつに調理器具を持たせるな。この前なんて、ハンドブレンダーがマッコイを貫通したからな」
「どうやったら、そんな大惨事になるんだよ……」
死神ちゃんは乾いた声でハハハと笑うと、肩を落として盛大にため息をついた。
その後も色々な話題で盛り上がり、心ゆくまで料理を堪能した。午後から仕事のメンバーとはここで解散し、残りの面々でそのまま流れるようにゲームセンターへと向かった。そしてだらだらとボーリングを楽しんでいると、いつの間にやら死神ちゃんが寝落ちしてしまっていた。
「あれま。薫ちゃん、ぐっすり夢の中だよ」
「すごく嬉しそうな顔で寝てるな。男子会に参加できたの、よっぽど嬉しかったのかね」
一同は優しい笑みを浮かべて死神ちゃんを見つめると、今まで誘わなかったことを申し訳なく思った。そしてそれ以上に、開催時間を昼間に移してよかったと心の底から思った。
「今までは酒飲んで下世話な話してクサッて終わりだったけど、こうやって外で遊ぶのも悪くないな。野郎ばかりでも、意外と楽しめるもんだな」
「だな。次回は何して遊ぼうか。ちょっと、今から既に楽しみだわ」
彼らは頷き合うと、住職に抱き上げられた死神ちゃんの頭を嬉しそうに撫でた。そしてみんなで仲良く寮へと帰っていったのだった。
――――女人禁制だからこその楽しさというのは、たしかにある。そこに加えてもらうことができて、ざっくばらんに交流して。おかげで今までよりももっと、寮の男性陣と〈家族〉になれた気がするなと、死神ちゃんは嬉しく思ったそうDEATH。




