旧 第299話 死神ちゃんと隠れドS
死神ちゃんが〈担当のパーティー〉のうちの僧侶にとり憑いてすぐ、彼はまるで何かに吸い寄せられるかのごとく落とし穴に突進していって自滅した。次の出動も同じパーティーがターゲットで、死神ちゃんはやはり僧侶にとり憑いた。そしてやはり、僧侶は本物の死神にでもとり憑かれているのかと思いたくなるほど素早く、自ら死を選んだ。〈いくら魔法で生き返ることが出来るとはいえ、簡単に死を選ぶだなんて〉という非難めいた気持ちと、〈早く死んでくれるから、それだけ早くひと仕事を終えられて助かる〉という相反する思いを胸に抱きながら、死神ちゃんは待機室へと戻った。
次の出動でも、死神ちゃんは同じパーティーをターゲットとして割り当てられた。死神ちゃんは早く仕事を終えようと、今回も僧侶を狙って鎌を構えた。しかし、今回はすんなりととり憑かせてはくれず、僧侶は必死に逃げ回った。そしてあと少しでタッチ出来るというところで、僧侶は咄嗟に仲間の腕を引いて盾にした。そのため、死神ちゃんは僧侶ではなく仲間の戦士にとり憑くこととなったのだが、戦士はとり憑かれるなり絶望するようにガクリと膝をついた。ステータス妖精さんが宙を舞い、仲間達は愕然とした面持ちで彼を見つめていた。だが、僧侶だけはニヤニヤとした笑みを必死に抑えながら含み笑いを漏らしていた。
「何だよ、仲間を盾にしておきながら、普通、そういう態度とるか? 毎度とり憑かれるのが嫌で、身代わりにしてしまって申し訳ないと思うならいざ知らずさ」
「いや、だって……」
死神ちゃんが非難がましく僧侶を睨みつけると、僧侶は悦に入った笑みを抑え込もうと震えた。戦士が顔を青ざめさせてうなだれるのを見て耐えられなくなったのか、僧侶は歓喜の吐息を漏らしながらうっとりとした声で呟いた。
「ああ、とうとう見ることが出来た……。〈死神憑き〉を……」
「はい……?」
死神ちゃんは眉根を寄せて小首を傾げさせた。しかし、僧侶は完全に夢の中へとトリップしているようで、周りに構うことなくうっとりとした調子で話し続けた。
「僕にばかり死神が来るから、苦労したよ。でもようやく、拝めることが出来た。――ああ、いいね、その物憂げな表情。全体から漂う、禍々しい雰囲気……。これで額に〈死〉とか判を押されてたら、完璧だったのに。ああでも、本当に素晴らしい! なあ、今すぐ死んだら灰になるじゃないか。そこからの蘇生は、消失と隣合わせじゃあないか。戦士君、君が死んだら、教会に持ち込む前に蘇生を試してみてもいいかい? ――え? 嫌だって? またまた、そんな顔しちゃって! ふふふ……。ああ、まずい。エクスタシー感じてきた」
死神ちゃんは軽蔑の眼差しを僧侶に向けると「人の不幸を笑うって、最低だな」と呟いた。しかし、仲間の一人がぐったりと肩を落として頭を垂れながら「違うよ」と小さな声で返してきた。死神ちゃんがそちらの方を向いて眉根を寄せると、仲間は頬を引きつらせた。
「彼はね、他人の不幸がただ単に楽しいんじゃあないんだよ。彼は、ドSなんだ。それも、とびきりの」
「もっと質が悪いな」
死神ちゃんが抑揚無くそう返すと、仲間は小さく頷いた。
ドSな僧侶は、普段から息を吐くようにドSを撒き散らしているわけではないらしい。そのため、仲間達は最初、彼のドSに気づきもしなかったという。しかしある時、他の冒険者がほうほうの体でモンスターから逃げ出す場面に遭遇するたびに、彼が心なしか〈快感を得てゾクゾクする〉という表情を浮かべることに、仲間達は気がついたそうだ。
世の中には〈他人の受難とそこで繰り広げられるドラマを、安全地帯から見物して楽しむ〉という、歪んだ自己愛の持ち主がまま存在する。また、そういうさもしい性の持ち主でなくとも、その時の気分によってはそういう気持ちが残念ながら湧き上がってきてしまうということは、人間なら誰しも一度はあることだろう。――きっと、彼が時折垣間見せる愉悦の表情は、そういうものなのだろう。願わくば、前者ではなく後者の方であって欲しい。そう仲間達は思っていたそうなのだが、彼のそれはまた別種の問題であり、そしてある種で〈もっと質が悪い〉ということに、ある時仲間達は気づいてしまったという。
「襲ってきたモンスターが逃げることってあるだろう? 俺達、そういう時はわざわざ追いかけていって倒すとか、そこまではしないんだ。そりゃあアイテムやお金は欲しいけれど、少しでも長く探索したいから体力を温存しておきたいからね。――で、ある時。ちょっと知能があって会話の出来るモンスターと遭遇して、逃走されたとこがあるんだけれど。彼、プルプルと震えるモンスターに詫びの言葉を無理やり言わせたんだよね。それを言うまでは逃してやらないとか何とか言って。モンスターが怯えながら必死に謝るのを、彼、極上の笑みで聞いていた上に、チクチクと虐めながら〈お詫び〉を追加注文していたんだよ」
「典型的なSだな」
拓けた場所で休憩を取りながら、仲間の一人が頭を抱えて話すのを、死神ちゃんは呆れ顔で聞いていた。少し離れたところでは僧侶が戦士にぴったりと寄り添うように座り、嬉しそうに笑っていた。
「ああ、なんて可哀想な人なんだ! 全く、同情を禁じ得ないよ! 今攻撃されたら、君、灰だものねえ。ゆっくり休憩なんて、していられないよね。いつモンスターが乱入してくるか、分からないものねえ。僕も、君がやられちゃったらどうしようってドキドキしてきたよ。――いや、待てよ。襲ってくるのはモンスターじゃなくても良いのか。……いやだなあ、冗談だよ。冗談。……困ったな、そんな目で見つめないでくれよ。僕、もう、痛いくらいなんだ」
死神ちゃんは、自身の股間に手を添えてムズムズと身体をくねらせる僧侶を軽蔑の眼差しで眺めた。死神ちゃんと会話していた仲間はため息をつきながらぼやいた。
「ああなるだろうと思っていたから、俺達、死神にだけは憑かれないようにと注意を払っていたんだ。君が一度現れた時点で、今日の探索はもうやめておけばよかったよ。本当に、迂闊だった……」
「ていうか、そんな難ありな相手とパーティーを組むの自体、やめたらいいだろうに」
「だって、普段は本当に普通の人なんだよ。ドSのドの字も感じないんだよ」
「でも、その隠してるドSがいつ出てくるか分からなくて胃が常に痛いって言うなら、考えたほうが良いと思うがな」
死神ちゃんはため息をつくと、立ち上がって戦士の元へと歩いていった。そして戦士を僧侶から引き離すと、小声でこそこそと「お前、いっそ死んじまえば?」と話しかけた。戦士はギョッとして硬直したが、死神ちゃんは同情の眼差しを彼に向けて話し続けた。
「ずっとドS発言を浴びせられ続けるよりもマシだろう? 蘇生の呪文って詠唱に時間がかかるしさ、それが終わるよりも先に魔法の棺桶に灰を収めてもらえば。そうすれば、このストレスから解消されるぜ? それに、俺もこんな気が滅入る現場から離れることが出来て、ありがたいしな」
「そうか、彼がどんな目に遭っても生き続ければ、彼の泣き顔も拝めて君も困らせることが出来て、一石二鳥なんだね?」
死神ちゃんと戦士は苦々しげな表情を浮かべると、ゆっくりと後ろを振り返った。そこには僧侶がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。どうやら、内緒話を聞かれてしまったらしい。死神ちゃん達が辟易とした表情を浮かべると、僧侶は恍惚の表情で頬を朱に染めた。
「いいね、それ。僧侶の役目は〈仲間を死なせないこと〉だからね。その役目を、きっちりと果たしてあげるよ」
かくして一行は一刻も早く戦士が死亡するか、もしくは一階に到着して死神祓いを受けるかのどちらかを行うべく尽力したのだが。モンスターに遭遇するたびに僧侶以外の後衛職が携帯棺桶をスタンバイして戦闘に臨むものの、それを使う機会は一向に訪れなかった。絶妙なタイミングで僧侶が戦士を助けるのだ。
彼は戦士が苦しむ様を見て身悶えるのだが、それに夢中になりすぎることはなく、必ず最後には戦士を助けた。〈仲間を死なせない〉という点においては、僧侶として褒められるべきことであり、それが通常のことであるはずである。しかし、仲間達は僧侶が〈成すべきこと〉を成すたびに落胆してため息をついた。
「戦士君、大丈夫よ! 彼に蘇生呪文なんか使わせないから! 棺桶、バッチリ用意済みだから! 安心して死んで!」
「俺だって死にたいよ! だけど、死なせてくれないんだよ!」
「君達、仲間の死を願って本人も死にたがるとか、おかしいことだとは思わないかい?」
「うるさいな! こんな本末転倒な状況、誰のせいでなっていると思ってるんだ!」
「……ああ、駄目よ。彼、めちゃめちゃ喜んでる! みんな、冷静になって! 彼にいちいち反応したら駄目よ!」
死神ちゃんは、一同が騒々しく言い合うのを眺めて呆れ返った。すると、僧侶が近寄ってきてニコリと微笑んだ。
「君も大変だね。中々仕事が終えられなくてさ。――ふふふ、いいねえ。その表情。君、虐め甲斐がありそうだね」
死神ちゃんはゾッとすると、仲間たちの元へと飛んで逃げた。僧侶はその様子を気に入ったようで、言葉攻めの対象を戦士から死神ちゃんへと変えた。
死神ちゃんは殺し屋時代に培った持ち前の冷静さを発揮して、彼をスルーし続けた。しかし、お眠の時間が近づいてきて、幼女よろしくグズりだしてしまった。僧侶は胸をときめかせると、死神ちゃんに詰め寄った。
「いいね、その泣き顔。とてもそそるよ!」
「やめろ、放せよ! ふざけるな!」
「ああもう、我慢できない。ねえ、ほら、おやすみのチューをしてあげるよ」
「やだっだら”ああああ! う”えぇええええ!」
僧侶は顔を寄せてキスをする素振りを見せた。もちろん、フリだけで本当に事に及ぶことはなかったのだが、グズり最高潮の死神ちゃんはとうとうギャン泣きしてしまった。見かねた戦士が死神ちゃんから僧侶を引き剥がしてくれたのだが、彼は羽交い締めにした僧侶をずるすると落とし穴へと引きずっていき、そのまま一緒に落ちていった。どうやら、これ以上の犠牲者が出ないようにと、身体を張ってくれたらしい。仲間の一人はポーチからおやつを取り出すと、死神ちゃんの頭を撫でながら声を落とした。
「ごめんね、こんなのに付き合わせちゃって。――これ、お詫びといったらアレだけど……」
「うん、ありがとう。お前らも、気をつけてな……」
死神ちゃんはグジグジと涙を拭いながらお菓子を受け取ると、とぼとぼと壁の中へと消えていった。
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待機室に戻ってきた死神ちゃんは、マッコイにしがみついて太ももを撫で回していた。ケイティーに声をかけられると、今度はケイティーにしがみついて腹筋を撫で回した。その様子を眺めながら、同僚達がポツリとこぼした。
「また筋肉を〈赤ちゃん毛布〉代わりにしているね」
「まあ、あれはなあ。あれは、ないわ。だから、仕方ないよ」
「でもさ、年末辺りにアリサ様に連れられてショッピングに行ってから、マッコイさん、服装がシンプルなのから可愛らしい感じになったじゃん? おかげでパッと見、本物の女の人にしか見えない時があるから、薫ちゃんのあの筋肉タッチがただのセクハラにしか見えないっていうか。見た目が幼女だから、ギリギリセーフだけどさ」
彼らの会話が聞こえたのか、ケイティーはきょとんとした顔を浮かべると彼らに声をかけた。
「何言ってるんだよ。小花はこう見えて紳士だよ? だから、私の腹筋を触る時だって後ろからそっとだし」
「そういう問題なんですか?」
怪訝な顔を浮かべた同僚達に、ケイティーは頷くと死神ちゃんをぐいと引き寄せた。
「そうだよー。だって、セクハラするなら、こう、前からくっついてくるだろ?」
「ぐえっ」
「でもって、触り方だって、こう、ね」
「いやっ! ちょっと、どこ触ってるのよ!」
ケイティーはあっけらかんとそう言いながら、死神ちゃんの顔に胸を押し当て、マッコイの内股に手を差し入れた。抗議の声を上げる二人にケイティーがケラケラと笑い声を上げていると、同僚達は頬を引きつらせながら小さな声でこぼした。
「軍曹って、リアルおっさんなはずの薫ちゃんよりもおっさんな部分、あるよね」
「おい、お前ら。聞こえてないとでも思った? 全員、腕立て五十回」
ギャアギャアと文句と苦悶の声が飛び交う中、鬼軍曹は嬉しそうにニヤリと笑って頷いた。
「お前ら、苦しいの? ――そう、いいね。じゃあ追加で、腹筋を五十回」
「いやだ、ここにもドSがいるー!」
「あ、何? スクワットも五十回やりたいって?」
「いやあああああ!」
待機室中に死神達の悲鳴がこだました。死神ちゃんはベッドのセッティングを行うと、それを子守唄代わりにお昼寝を始めたのだった。
――――Sっ気もMっ気も、時として人間関係上のスパイスにはなるけれど。限度ってものがあるのDEATH。




