旧 第298話 死神ちゃんと構ってちゃん
死神ちゃんは〈担当のパーティー〉を発見すると、鎌を構え、気合を入れて向かって行った。死神ちゃんの存在に気がついた冒険者達は悲鳴を上げると、壁に張り付くように左右に分かれた。一人だけ道の真ん中に取り残されており、横に飛び退いた面々はまるで〈彼にとり憑いてください〉とでも言わんばかりの空気を漂わせた。思わず死神ちゃんは宙空で停止すると、周りの彼らを見渡して眉根を寄せた。
「とり憑き相手の選出は、死神側で無作為に行うものなんですが」
「そんなことは言わずに。どうか、彼に憑いてください」
「仲間を生贄として差し出すとか、随分なクズだな」
「いいんです。どうせ僕なんて生贄になるくらいしか、能がないですし」
真ん中に取り残された男が自虐的に笑うと、仲間達はその場しのぎに苦笑いを浮かべた。死神ちゃんが〈他のヤツらにでもとり憑いてやろうか〉と吟味していると、生贄男が目を血走らせて死神ちゃんに詰め寄ってきた。
「さあ! ほら! とり憑いてくださいったら! どうせ僕は、身代わりくらいでしか役に立てないんだからさあ!」
* 戦士の 信頼度が 5 上がったよ! *
死神ちゃんは、彼の腕輪から飛び出したステータス妖精さんの言葉に絶句した。妖精さんを呆然と見つめていると、妖精さんも心なしか肩を竦めて困ったような素振りを見せた。どうやら、死神にとり憑かれたら通常は下るはずの信頼度が、何故か逆に上がったというのは間違いではないらしい。死神ちゃんが呆気にとられて周りをキョロキョロと見渡すと、周りにいた仲間達はガッツポーズをとりながら口々に呟いていた。
「よしっ、よしっ! これでうちのパーティーは安泰! 百人力だ!」
「〈ずっと戦士君のターン〉、始まったわね……!」
「あとは、彼の動向を気をつけて見ておかないと……」
死神ちゃんは顔をしかめさせると「おい、どういうことだよ、これは」と戸惑いの声を上げた。すると戦士が鼻で笑いながら、悪態をついた。
「僕を快適な冒険生活を送るための踏み台に出来て、嬉しいんでしょうよ」
死神ちゃんは眉間のしわを一層深めて、何か言おうと口を開きかけた。すると、仲間の一人が死神ちゃんを慌てて引き寄せた。
「悪いんだけど、彼のことはあまり構わないであげて欲しいんだ。彼、構ってちゃんだから、自虐的なことをたくさん言うけれど、それも全部無視して欲しいんだ」
「お前らがそういうひどい対応をするから、自虐でアピールするんじゃあないのか? いくらなんでも、ひどすぎるだろう。お前ら、それでもあいつの仲間なのか?」
「いいから! お願いだよ! 理由は、追々分かるはずだよ!」
顔を突き合わせヒソヒソと声を潜めて懇願してくる彼の仲間に、死神ちゃんは不信感を覚えた。
すぐにパーティーはダンジョンの奥に向けて出発した。彼らに死神祓いをしに戻る気は、さらさらないようだった。先に進んでいる間も、戦士はブツブツと自分を卑下し、貶めるような発言を繰り返していた。そしてそういう言葉を口にするたびに、彼はチラチラと仲間達に視線を送った。仲間達は彼と目が合うと、咄嗟に視線を逸らした。しかし目を合わせようとしない割に、仲間達が彼の背中を見つめる視線は信頼の熱を含んでいた。死神ちゃんはこの不可解な状況に、モヤモヤとしたものを抱えた。
少しして、一行はモンスターと遭遇した。僧侶は全員に支援魔法のあれこれをかけたが、戦士には特に手厚く魔法を盛った。戦士は悲しそうな顔をすると「足を引っ張ると思われているから、僕だけ厚い支援をもらうんだ」とこぼした。しかし、戦闘で最も活躍したのは戦士だった。
戦闘の終了後に仲間達は互いを称え合ったが、戦士には素っ気なかった。もちろん、そのせいで戦士はやはり自分で自分を傷つけるような言葉を吐いた。しかし、よくよく見てみると、仲間達は戦士に今にも飛びついて賞賛したそうな顔を浮かべてプルプルと震えていた。そして、ステータス妖精さんが再び現れ、困惑顔で信頼度上昇を告げて去っていった。死神ちゃんのモヤモヤは一層深まった。
戦闘が繰り返されるごとに戦士の自虐は苛烈を極め、そして戦闘能力も比例して跳ね上がっていった。そしてとうとう、信頼度もこれ以上は上がらないところまで上がりきった。死神ちゃんは驚嘆して目を見開くと、戦士に向かって言った。
「お前、すごいじゃあないか! それなのに、どうしてそんなにも自分を卑下するんだよ! もっと自信を持って、胸を張れよ!」
「えっ、本当に? 僕、すごい? 僕、役に立っているの!?」
「ああ、すごいよ! ステータス妖精さんも信頼度が上がりきっていて、これ以上上がりようがないって言っていただろ? 何故か扱いがひどいが、それでも信頼度がこうも高いということは、お前はパーティーにも必要とされているということだろう? 自身持っていこうぜ!」
「本当に? 本当に!?」
死神ちゃんが戦士を褒め称えると、彼は嬉しそうに笑いながら死神ちゃんに付きまとった。その様子を見て、仲間達はひどく落胆したようだった。死神ちゃんが不思議そうに顔をしかめさせていると、モンスターが現れた。しかし、先ほどまで自虐の言葉を撒き散らしながらも先陣を切って戦闘に参加していた戦士は、漫然と立っているだけで動こうとはしなかった。
「どうしたんだよ? 戦いに行かないのか? お前のその輝かんばかりの強さを、一層見せつけるチャンスじゃあないか」
「僕、強いんでしょう? すごいんでしょう? だったら、先に褒めて欲しいなあ。『お願い、助けて!』とか、言われてみたいなあ!」
「うわ、何だよ。急に〈構ってちゃん〉の方向性が変わったぞ、こいつ」
死神ちゃんは、思わず苦い顔を浮かべた。先ほどまでの自虐的な構っても鬱陶しかったのだが、突如として高圧的な態度で鼻につく構ってになり一層鬱陶しくなったからだ。死神ちゃんが仲間達を見やると、案の定彼らは頭を抱えていた。
動こうとしない戦士にため息をつきながら、他の前衛陣が武器を構えて戦闘を開始した。死神ちゃんは後衛に控えているうちの一人に近寄ると、不思議そうに首を捻りながら声をかけた。
「なあ、一体どういうことなんだ?」
「彼ね、構ってちゃんが過ぎるせいで、自虐が進めば進むほど強くなるのよ。だから、死神にとり憑かれるっていう〈自虐し放題の状況〉は、私達にとっては最高の状態だったのよ」
「なるほど、道理で……。じゃあ、今の調子に乗った構って状態は――」
死神ちゃんが質問を言い終える前に、前衛からひどい悲鳴が聞こえてきた。悲鳴の主はあの戦士で、へっぴり腰で剣を構えていた彼は腕に傷を負って泣きじゃくっていた。死神ちゃんは顔を歪めると、呻くように言った。
「うわ、使い物にならなくなってやがる。なんだ、あいつ。面倒くさいな」
「特殊なバーサク状態っていうの? 彼の自虐は、まさにそういうものらしくて。褒めたり励ましたりすると、ただの図に乗った構ってになるから、だから私達も意識的に構わないようにしていたのよ」
「本当に面倒くさいな」
死神ちゃん達の眼前では、再び自虐モードに転じた戦士がパニックを起こしていた。彼はモンスターに突っ込んでいき本日一番の力を発揮したが、自虐が過ぎて自分を大切にすることを忘れ、自滅してしまった。死神ちゃんはため息をつくと、仲間達に向かってポツリと呟いた。
「お前らもストレス溜まるだろうし、普通にしていてもこの威力が出せるように、どうにか調教したら? そのほうが、お互いに幸せだろう」
「そうですね……」
深くため息をついて肩を落とす彼らに「お疲れ」と言ってひらひらと手を振ると、死神ちゃんは壁の中へと姿を消した。
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死神ちゃんが待機室に戻ってくると、鉄砲玉がモニターを眺めながらヘッと鼻を鳴らした。
「構ってちゃんって、本当にウザッてえよな」
「お前がそれを言うのか」
「何だとう!? 俺のどこが構ってちゃんだよ!」
鉄砲玉が顔を真っ赤にして唸るようにそう言うと、周りの同僚達がじっとりとした視線を鉄砲玉に集中させた。地団駄を踏む鉄砲玉を見上げると、死神ちゃんはにっこりと笑って言った。
「でも、ポジティブな分、まだ耐えられるよな。お前の構っては。それにポジティブな分、〈構って〉要素だけじゃあなくて〈構ってやるぜ〉要素も強いよな。まあどちらにせよ、鬱陶しいことに変わりはないが」
「んだと、てめえ!」
「何だよ、ポジティブなのは良いことだって、褒めてるだろうが」
「ヘッ、俺様の辞書にネガティブなんていう言葉はねえんだよ! 天下は常に俺様にあり、女どもは全て俺様に惚れている! 俺様イズ、ナンバーワン! 俊足のマサ、粘着のマサとは俺のことよ!」
死神ちゃんはゲラゲラと笑いながら「マサちゃん、好きだわ」と言うと、笑い過ぎて苦しいとでもいうかのように腹を抱えて身を折った。鉄砲玉が顔を歪めて「キモッ」と呻くと、周りの同僚達もケラケラと笑いだした。そして鉄砲玉は理解しかねるというかのように首を捻りながら、ダンジョンへと降りていったのだった。
――――自分を肯定し、愛せるというのは幸せで素晴らしいスキルだと思うのDEATH。




