旧 第283話 死神ちゃんと勇者御一行様②
本日一発目の出動中、死神ちゃんは〈担当のパーティー〉を求めて〈小さな森〉の茂みの中を分け入っていった。どこからともなく清々しい気持ちになれるような音楽が聞こえてきて、死神ちゃんはターゲットが近くにいるとを確信した。先へ先へと進んでいき、とうとう拓けた場所へと辿り着いた死神ちゃんは、思わず顔をしかめさせた。
「勇者、朝よ。起きなさい」
死神ちゃんの目の前では、空き地の真ん中で男が寝袋に収まっていた。枕元にはご丁寧に鎧が並べられており、それを見るに、彼は戦士なのだろう。その傍らでは吟遊詩人が竪琴を弾くようにして弾き鳴らし、僧侶がやんごとない顔つきで戦士を優しく揺さぶっていた。
何故か鎧の上からエプロンを身に着けた君主と思しき男性がどこからともなくやってきて、僧侶の近くへとやって来るとフライパンとフライ返しを手に「まだ起きないのか」と声をかけた。そして調理に戻ろうとした彼は、死神ちゃんの存在に気がついた。彼は盛大に顔をしかめさせると、仲間達をせっついた。
「おい、死神が出たぞ。早く起こせ! とり憑かれる前に逃げよう!」
すると、僧侶が起こそうとする前に、眠っていたはずの戦士が勢い良く飛び起きた。戦士は死神ちゃんを見て嬉しそうに目を輝かせると、慌てて寝袋から這い出ようとして転びかけた。彼は体勢を立て直すと、死神ちゃんに向かって小走りし、そして滑り込むように死神ちゃんに抱きついた。
* 戦士の 信頼度が 3 下がったよ! *
「お前……。自分からとり憑かれに行くやつがあるか。それとも何か? いつぞやのお姫様が再び現れたのが、そんなに嬉しかったのか?」
「はい」
死神ちゃんは戦士に抱きつかれたまま、怪訝な顔つきで首を傾げさせた。そしてハッと目を見開くと、死神ちゃんは素っ頓狂な声を上げた。
「お前ら、一昨年遭遇した〈勇者御一行様〉か! いまだにあの時していたような〈お戯れ〉を続けているのかよ!」
「はい!」
勇者役の戦士は、嬉しそうに頷いた。君主はため息をつくと「死神ちゃんも、朝ごはん食べる?」と聞いてきた。
彼らは以前、ごく普通のダンジョンライフでは物足りないということで、ごっこ遊びをしながら冒険を行っていた。戦士を〈勇者〉に見立てて常に北に背を向けて歩きながら、自動筆記羽ペンで冒険風景を認めて、地上に戻ったらそれを仲間内で回し読むのだ。これが中々に楽しいそうで、彼らは今でもそれを続けているのだとか。しかしながら、どうやら現在は〈ただ、楽しいから〉だけでこの〈お戯れ〉を行っているわけではないようだ。
「僧侶が実況しながら自動筆記したものを、吟遊詩人が再度物語仕立てに書き直してさ。それを試しに出版社に持ち込んでみたら、大ウケしてね。俺らと同じように冒険記録を出版している人って、実は何人かいるんだけれど。続刊の出版スピードが早いことで有名な〈偉大なる未来の教皇エクレクトスの華麗なる冒険〉よりも売上が良かったんだよ」
「たしか、本は貴重で高価な代物なんだよな? なのに販売してもらえて、しかも大ウケするほど売れるだなんて。すごいな、お前ら」
死神ちゃんが驚き顔で目を瞬かせると、彼らは照れくさそうに頭を掻いた。そして、死神ちゃんは一転して眉根を寄せて首を傾げさせた。偉大なる未来の教皇とやらが少しばかり気になったのだが、死神ちゃんは考えることをやめた。
死神ちゃんは、彼らとともにきのこ炒めを美味しく頂いた。食事が終わると、御一行は死神祓いのために帰路へとついた。もちろん、戦士は死神ちゃんをお姫様抱っこした。普段なら戦士が死亡するたびに蘇生魔法をかけて「死んでしまうとは」と言って責めるということを彼らは行っているのだが、さすがに今回はとり憑かれたのが戦士であるだけに、そんなことをしている余裕はない。しかしながら、戦士はとても前向きな笑顔で元気に帰り道を進んでいった。
途中、彼らは何度かモンスターと遭遇した。そのたびに、彼らは〈命大事に〉ということでなるべく戦わずに逃げた。戦っても、支援魔法を盛り盛りにかけての厳戒態勢で臨んだ。
僧侶の魔力を回復しようということで、休憩をとることになった彼らは落ち着ける場所を探して部屋の扉を開いた。そこは美術品が無造作に置かれている部屋で、彼らは顔をしかめさせると慌てて扉を閉じようとした。しかし、扉は中にいたモノによって閉じることを阻まれた。
ギギギという音を立てて扉が軋むと、中からフルフェイスのヘルムを身に着けた人のようなモノがゆっくりと現れた。頭頂部に立派な赤い房のような飾りを付けたそれは、飾りのついていないモノを引き連れて部屋の外に出てきた。君主が慌てて「動く鎧だ!」と叫ぶと、吟遊詩人が戦闘時に演奏しているアップテンポな曲をかき鳴らし始めた。
彼らは戦闘を優位に運ぶべく陣形をとった。そしてカッと目を見開くと、支援魔法の一種なのだろうか、前衛が眩い閃きを放った。彼らが連携を保ちながら攻撃を加えると、魔法使いなどの後衛が後に続いて畳み掛けた。それにより鎧はバラバラにはじけ飛んだのだが、やつらは宙に浮かび上がると〈超絶合身〉した。
彼らは今まで動く鎧と戦ったことはあるようなのだが、どうやら〈超絶合身〉を見たのは初めてのようだった。取り乱した彼らは、うっかり陣形を乱した。吟遊詩人が敵の動きを封じるための音楽を奏でてくれたのだが、その曲が重々しげであったがために、この場を支配する〈勝てそうにない感〉を更に増長させることとなった。
全員の心が折れそうになる中、戦士が勇者らしい勇猛な表情を浮かべて動く鎧へと向かっていった。しかしながら、彼一人で太刀打ちすることは出来るはずもなく、彼は残念なことに灰となって散った。
戦士の犠牲で奮起した彼らは、何とか動く鎧を打ち倒した。戦士の灰を集めながら、吟遊詩人がのんきに言った。
「今の戦闘、すごく見ごたえがあるっていうか、とてもハラハラして手に汗握る感じだったからさ。これ、本にするよりは劇にしたほうがウケがいいんじゃないかなあ?」
後日、死神ちゃんは〈表世界〉に遊びに行ったサーシャからお土産を頂いた。ギルドのエルフさんと観劇してきたそうで、勇者が苦難を乗り越えて勝利を掴み取るという内容のものだったそうだ。
「わざわざ魔法を使ってね、大きな鎧人形を動かしていてね。とても見ごたえがあったよ。〈表世界〉の文化レベルって〈裏世界〉と比べたらすごく低いから、最初は期待していなかったんだけれど。とてもおもしろくて、時間が経つのがあっという間だったんだよね」
そう言って、彼女は死神ちゃんに先に手渡していたクッキーを指差しながら「これは、その鎧人形のヘルムを模しているんだって」と付け加えて笑った。――彼らはどうやら、本当に劇を手掛けた上に、お土産販売などもして着実に〈冒険活動〉以外での収入を増やしていっているようだ。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、頂いたクッキーを早速一枚、口の中に放り込んだのだった。
――――どんな困難に出会おうとも、常に前向きに〈自分の糧〉にしていく彼らは、いろんな意味で逞しいなと死神ちゃんは思ったそうDEATH。




