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旧 第268話 死神ちゃんとビビリ

 死神ちゃんは〈担当のパーティー(ターゲット)〉を確認すると、天井伝いにゆっくりと近づいていった。彼らは慎重に薄暗がりの中を進んでいたのだが、それは見るからに不必要なほどの警戒っぷりだった。死神ちゃんは殿しんがりを務める戦士が通り過ぎようとするのと同時に、彼の背中に急降下した。



「ぎゃあああああああッ!」



挿絵(By みてみん)



* 戦士の 信頼度は 5 下がったよ! *



 悲鳴を上げたのは、戦士ではなく僧侶だった。僧侶の彼は戦士が不穏な声を上げたことを心配に思い、後ろを振り返った。その際に、彼の背中から覗く暗がりで光るルビーのような赤い目と目が合い、僧侶はけたたましく悲鳴を上げたのだった。

 彼の悲鳴に釣られて、モンスターが集まってきた。冒険者達は慌てて臨戦態勢に入ると、とてつもなく丁寧な戦闘を行った。戦闘終了後、戦士は僧侶を思いっきり殴りつけた。



「びっくりしたからって、いきなりマックスで叫ぶんじゃねえよ! おかげで無駄に戦闘する羽目になったじゃねえか!」


「だって! 君が背中にそんなもんくっつけてるのがいけないんだろ!」


「……あ、そうだった。そういやあ、背中に衝撃と重みを感じたんだよ。何がついているんだ? とってくれよ」



 悲鳴を上げたビビリな僧侶は頑なに拒否した。仕方なく、他のものがため息混じりに戦士の背後に周って〈背中のもの〉を剥ぎ取ってやった。脇の下に手を差し入れられた状態で持ち上げられた死神ちゃんは、掲げるように抱き上げられたまま戦士と対面した。戦士は苦い顔を浮かべると、死神ちゃんを抱っこしてビビリに見せた。



「何だよ、ただの可愛らしい小人族コビートじゃんか。これのどこに絶叫要素があるっていうんだよ」


「だって、暗がりで赤く目を光らせて、悪どい顔でニヤリと笑っていたんだよ!?」


「悪どいだなんて、このニーチャン、失礼なやつだよなー」



 戦士はにこやかな笑みを浮かべて、「なあ」と言いながら小首を傾げさせた。死神ちゃんも同じように笑顔を向けて、まるで同意するかのようにタイミングを合わせて首を傾げさせた。



「ほらあ、この子も〈失礼だ〉って言ってるぞ」


「でも、悪どいって言うのはあながち間違いじゃあないかもしれないぜ? なんてったって、俺は死神だからな」



 ビビリを窘めるように眉根を寄せた戦士の腕の中で、死神ちゃんは得意気に極悪顔を浮かべた。するとビビリはギョッと目を剥いてすぐ、今にも泣きそうな様子で顔をクシャクシャにさせた。



「ほらあ! やっぱり僕が正しかったんじゃないか! まだ〈蘇生の杖〉も手に入れていないっていうのに、どうするのさあ! 絶対死なないでよ? 絶対、死なないでよ!?」


「蘇生の杖?」



 死神ちゃんが首を傾げさせると、戦士は「ちょうどいいから、休憩しようか」と提案した。

 明るい場所に出てくるなり、魔法使いなどの女性陣が死神ちゃんを「可愛い!」と言って抱っこしたがった。そんな彼女達に死神ちゃんの相手を任せて休憩の準備を行いながら、戦士がビビリに顔をしかめさせた。



「ほら、やっぱり〈可愛い〉であっているじゃないか」


「でも、〈悪どい〉も間違いじゃあないんだからな!」



 お茶と軽食の準備が整うと、女性陣は死神ちゃんにこぞって食べ物を分け与えた。その様子を愕然とした面持ちで眺めていたビビリは、死神ちゃんが美味しそうに食べたり飲んだりするたびにビビって小さく悲鳴を上げていた。死神ちゃんは呆れ返ってため息をつくと、ビビリながらも遠くから視線を投げ続けてくる彼を見つめた。



「あいつ、いくらなんでもビビリ過ぎじゃあないか? 俺が食ったり飲んだりするだけで、あんなに怯えてさ」


「とり憑かれたら死亡時に灰化するっていうペナルティーはあるけれど、だからと言って、とって食われるなんてことはないのにな。通常の死神罠が飲み食いしてたら、そりゃあ俺らですら怯えもするけど」


「しかもさ、この子の場合、目の保養にこそなりはすれ、ビクビクする要素なんて何もないと思うんだけれど。――私、ティーンの頃にシッターのアルバイトしてたんだけど、何だかその頃を思い出すなあ。はあ、かわい」



 死神ちゃんは口元を拭われ、お替わりを与えられと、とても可愛がられた。死神ちゃんが何か受け答えをするたびに、遠くのほうでビビリが呻き、身じろいだ。

 死神ちゃんはお茶をフウフウと冷ましながら、きょとんとした顔で言った。



「そう言えば、さっき言っていた〈蘇生の杖〉というのは何なんだ?」


「ああ、それね。このダンジョンには〈動く銅像〉みたいに、今となっては冒険者から忘れ去られた隠し部屋が結構あるらしいんだ。そのうちの一つに、蘇生の杖というレアアイテムが入手出来る部屋があるそうなんだ」



 そう言って、戦士は説明をし始めた。

 その昔、〈動く銅像〉は知る人ぞ知る修行場として冒険者達に利用されていた。お手軽に修練が積めるとあって、所在はその存在に気づいた者だけの秘密とされ、地図には記載がなされていない。近頃は夏の七不思議のひとつにもなったことで、その存在が再確認されてはいるが、それでもやはり〈知っている人だけが知っている場所〉ということには変わりがない。その〈動く銅像〉と同じように、地図に記載がなされてはおらず、今となってはすっかり忘れ去られてしまった〈隠し部屋〉が他にもあるのだとか。

 蘇生の杖はそのうちのひとつの部屋で手に入る大変希少なアイテムだそうで、試練を乗り越え、更に代償を支払うことによってようやく入手することが出来るようになるらしい。



「それがあれば、蘇生魔法を使用した際の失敗率が大幅に減るんだそうだ。今となっては三階までなら〈祝福の像〉もあるし、教会に支払うお金も頑張れば割とすぐに稼げるようになってきているから、存在自体忘れ去られたみたいなんだけれど」


「そんな遺物を、何でわざわざ手に入れようとしているんだよ」


「それは、ほら。あいつがビビリだから」



 ため息混じりにそう言うと、戦士は部屋の隅にある瓦礫の山に身を潜めてこちらを窺っている僧侶を一瞥した。

 彼のビビリは相当酷いようで、そのせいで肝心な時に呪文を噛んでしまうらしい。おかげで蘇生は大抵が失敗に終わり、仲間が灰と化すのだそうだ。灰からの蘇生には熟練の業を要する上に、失敗してしまえば消滅ロストである。なので、ビビリが蘇生に失敗するたびに成功率の高い教会にお願いしに行くわけだが、状況が状況なだけにかなりの代金を要求されるのだ。



「〈ここで生き返ることが出来たら、もっと先を探索出来る〉っていう欲目があるから、一縷の望みをかけて蘇生してもらって。でもやっぱり失敗して大金はたいて……っていうのの繰り返しが、もう本当に精神的にだけでなく懐的にも辛くて。死なないように必要以上に警戒しながら探索するのも、本当に疲れるし。どうしたらいいかなと思っていろいろと調べていたら、杖の存在を知ったんだよ」


「そもそも、何であいつは極度のビビリなのに冒険者になったんだよ。そしてどうしてお前らは、そんなビビリと一緒に冒険しているんだよ」



 呆れ果てた死神ちゃんが頬を引きつらせると、遠くのほうから「僕、小さな田舎の教会の息子なんです」と声が上がった。いずれは教会の運営管理を引き継がねばならないそうで、修行のために冒険者となったという。そして彼はそういう自出のため才だけはあるらしく、仲間達は彼に迷惑をかけられる以上に助けられることも多かった。だから、ともに冒険を続けているのだとか。

 一行は休憩を終えると、杖の在り処へと向かった。ビビリながら少しずつ先へと進み、何とか辿り着き、彼らは無事に試練を乗り越えた。杖を目の前にした彼らはゴクリと生唾を飲み込むと、互いに顔を見合わせた。



「これを手に入れたら、何やら大きな代償を支払わされるらしいが。心の準備は出来ているか?」


「いいよ、私は大丈夫」


「俺も。――さあ、早くうちのビビリを一人前にしてやろうぜ」



 一同はビビリに〈杖をとるように〉と促した。ビビリは凄まじくビビリながら杖に手をかけた。すると、それと同時に、何故か戦士の装備が一式消えてなくなった。一同はぽかんとして目をしばたかせると、重たい鎧に身を包んでいたはずの、すっかり身軽な普段着と変わらぬ姿となった戦士をぼんやりと見つめた。戦士は顔を青ざめさせると、動揺してわなないた。



「えっ、代償って、これ? 俺、先日装備を新調したばかりなんだけど」


「ていうか、今襲われたら、戦士君、確実に死ぬよね……」



 一同が冷や汗をかいて喉を鳴らす中、ひとりきょとんとした顔を浮かべているビビリに死神ちゃんは声をかけた。



「お前、この状況にはビビらないんだな」


「いつもだったらビビるんだろうけど、なんだろう、杖を手にしてからちょっと自信がついたっていうか……」


「それは良いことだな。他には、何か変化あるのか?」



 彼は思案顔を浮かべると、いきなり早口言葉を言い始めた。ギョッとする一同を尻目に、彼は得意気に頬を上気させた。



「わあ、すごい! 口がよく回る! これならピンチの時にも、呪文を噛むことなんてないぞ!」


「蘇生成功率って、単純に〈口が回るかどうか〉なのかよ」



 死神ちゃんが眉根を寄せると、メンバーの一人がすかさず「違うと思うよ」とツッコミを入れた。そして変に自信満々のビビリの様子に、一同はビビると「一刻も早く帰ろう」と口々に言って頷いた。

 道中、予想通り戦士が死亡してしまい、調子づいたビビリが蘇生を試みようとして、周りのメンバーが「灰になってるから、それだけはやめて!」とビビり、慌ててやめさせたのは言うまでもない。




   **********




 死神ちゃんが待機室に戻ってみると、何故か同僚達が早口言葉大会を開催していた。死神ちゃんは我が物顔で参加表明をし、早速早口言葉に挑戦した。しかし――



「東京特許ときゃきょきゅ! バスガスばすはす! お綾や母親におやややりなさい!」



 自分がことごとく噛んだことに、死神ちゃんは得意満面な笑顔から一転して顔をしかめさせた。果敢にも再挑戦したのだが、しかしリトライすればするほど、死神ちゃんの苦みばしった表情はひどくなっていった。そして、死神ちゃんが噛むたびにケイティーを筆頭とする同僚達が「可愛い」と言って悶え、膝を折って崩れ落ちていった。



「……咄嗟に呪文を唱えなきゃならない時に噛まないっていうのは、重要事項だったってわけか。杖を手にして早口言葉が得意になるのは、あながち間違っていない効果なのかもな」



 死神ちゃんは負け惜しみのようにそう言うと、すごすごとダンジョンへと出動していったのだった。





 ――――その日の夜、マッコイがギターを教えてもらおうと死神ちゃんの部屋を訪ねると、死神ちゃんは〈部屋にサイレント魔法をかけるアイテム〉をオンの状態にしたままベッドでふてくされていたという。ギターはケースに仕舞われていた状態だったため、アイテムをオフにし忘れたのかと思い「さっきまで弾いていたの?」と尋ねたところ、返答の代わりに布団の中から「東京特許ときゃきょきゅ」と繰り返し聞こえてきたそうDEATH。

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