旧 第222話 死神ちゃんと恥ずかしがり屋②
死神ちゃんは前方に〈男むさい中に紅一点〉というパーティーを発見した。とても和やかな雰囲気で休憩をとる彼らにそろそろと近づいていくと、死神ちゃんは女性にお茶菓子を渡そうと近づいた男性の背中にタックルをかました。男性が態勢を崩して女性に抱きつくような形となると、彼女の悲鳴と共にステータス妖精がポンと現れた。
* 戦士の 信頼度が 5 下がったよ! *
他の男どもが恨めしげな目でじっとりと戦士の彼を見つめた。彼は慌てて女性から離れると、死神ちゃんがしがみついたままの背中を彼らに見せた。
「この子がいきなりタックルしてきたんだよ! だから、抜け駆けとかそういうのじゃあ――」
戦士が捲し立てる横で、女性は死神ちゃんをまじまじと見つめていた。そしてパアと表情を明るくすると、戦士の背中から死神ちゃんを引き剥がした。
「わああ、死神ちゃん! お久しぶり!」
厚手の、ローブ状のマントを纏った女性は懐かしそうに笑みを浮かべて死神ちゃんを抱きしめた。死神ちゃんは驚嘆して目を見開くと、彼女を見上げて言った。
「お前、恥ずかしがり屋さんか。久しぶりだなあ。――ていうか、お前、装備見直すんじゃなかったのか?」
「ええ、きちんと見直しましたよ」
「その割に、前と全然変わっていないように見えるんだが。一体、どんな装備に変えたんだ?」
死神ちゃんが訝しげに眉根を寄せると、恥ずかしがり屋さんは控えめな笑顔を浮かべた。
彼女は以前、巫だった。巫という職は装備品を全て御札にすることによって絶大な力を発揮出来るようになるらしく、彼女はパーティーメンバーである男性陣の下心により、装備を全て御札にさせられていた。マントの下はほぼ裸に近い状態が恥ずかしいということで、彼女はマントがはだけぬようにと常に胸元を握りしめ、おどおどとしていた。
御札というのは術を行使すると攻撃対象の元へと飛んでいき、対象の眼前で術を発動させるという代物である。そのため彼女が攻撃に参加すると、当然のように彼女は裸となった。彼女の扱う雷鳴の術がとても眩しい光を放っていたため、幸い彼女が心無い男どもに裸を見られるということはなかったのだが、この一件で仲間に愛想を尽かした彼女は「装備と仲間を一度見直すことにする」と言って死神ちゃんの前から去っていった――はずだった。
「ちなみに彼女がマントを脱いだところは、俺らも一度も見たことがないんだよ。俺らよりもちょっと後ろを歩いてさ、はにかんだ笑顔を浮かべてさ。声をかけるとほんのり耳を赤くして恥ずかしがるんだ。……可愛いよな」
そう言いながら、先ほど死神ちゃんがとり憑いたのとは別の男性が、死神ちゃんの分のお茶やお菓子を持ってきた。死神ちゃんはそれを受け取りながら相槌を打つと、パーティーメンバーをぐるりと見渡した。――どの男性も、彼女に何かしらの好意を持っているという点については前に彼女が組んでいた男どもと同じであるようだが、前の彼らのようないやらしい下心を持っているようには見えなかった。
死神ちゃんは恥ずかしがり屋さんへと視線を戻すと、彼女に笑いかけた。
「どうやら、いい仲間に恵まれたようだな」
「ええ、彼らはみんな、とても良くしてくれるんです。少し前までは私の他にも女性がいたんですよ。しばらくアイテム掘りをしたいそうで、今はパーティーから外れているけれど。でも街に戻れば同じ宿場の同室で、今でも仲間同然なの」
にこりと笑い返してきた彼女に、死神ちゃんは頷き返した。以前は仲間達からいやらしい目で見られて散々な目に遭った彼女だが、今は同性の仲間もいるのであればきっと安心だろう。
彼らは休憩を終えると、死神祓いのために帰還すべく退路を辿った。しばらく歩いた先で、彼らはモンスターと遭遇した。戦闘を回避することが出来ず、そのままなし崩し的に戦いが始まったのだが、死神ちゃんはその様子に対して不思議そうに首を傾げさせた。
「あれ? 恥ずかしがり屋、どこいったんだ?」
「ああ、彼女はね、戦闘が始まると〈身を潜めて、瞬きの速度で姿を現し、敵を叩く〉っていう技を使っているんだ。だから戦闘が始まると、まるで姿でもくらましたかのように消えてしまうのさ」
僧侶は死神ちゃんにそう答えながら、前衛の戦士達に支援魔法をかけた。死神ちゃんはへえと適当に相槌を打ちながら、彼らの戦闘風景をぼんやりと見つめた。そして顔をしかめさせると、目をこすり、そして瞬かせた。
「今一瞬、恥ずかしがり屋の姿がチラッと見えた気がするんだが……」
「えっ、本当に? 俺らでも目に追えないものが見えるだなんて、さすがは死神だなあ! で、どんな格好だった? 激しく動いていたら、マントだって翻るだろ? どんな可愛らしいクノイチ衣装を身に着けているんだろう?」
「え、あいつ、今は巫じゃなくて忍者なのか?」
死神ちゃんがしかめっ面のまま驚くと、僧侶が「そうだけど」と答えながら不思議そうに首を傾げさせた。するとちょうどそこにマントをきっちりと着込んだ恥ずかしがり屋が現れて、にっこりと微笑んだ。
「戦闘、お疲れ様。――どうかしたの?」
「いや、何でも……」
首を傾げさせる彼女に、死神ちゃんは言葉を濁した。そしてもしやと頭を過ることがあったのだが、死神ちゃんは周りの目を気にして彼女にそれを聞くことができなかった。
少しして、彼らは再びモンスターと剣を交えた。やはり彼女は姿をどこかへと隠し、瞬きの速さで現れては攻撃を行っていた。死神ちゃんは必死になって彼女の姿を見ようと戦闘風景を凝視した。だが、そこでもやはり、彼女の姿は〈見えたような気がした〉程度だった。しかしながら、死神ちゃんの予想はどうやら外れてはいなさそうだった。
更に少しして、彼らはまたモンスターと戦闘を行った。受けた剣を押し返そうと前衛が必死に踏ん張っている中、死神ちゃんは唐突に叫び声を上げた。
「ええええええ、どうなんだよ、それ!?」
「何、どうかしたの、死神ちゃん」
「今、とうとう見えたんだよ。あいつ、何も身に着けていなかったぞ!?」
「えっ、裸!?」
死神ちゃんの言葉に僧侶が声をひっくり返した直後、モンスターの一体がポロリと首を落とした。戦士が「おお、クリティカル」と呟くのと同時に肌色の残像が見え、死神ちゃんは思わずそちらのほうを指差して「ほら、そこ!」と叫んだ。
「今、また見えた! 戦士の近くで女の裸が! あれ、あいつだろ!?」
「えっ、俺の近くで女体!?」
思わず、戦士は攻撃の手を休めて辺りをきょろきょろと見回した。その隙を突かれて、彼はモンスターの剣の露となって消えた。
戦士がサラサラと灰に姿を変えていっていることに気付いていないのか、どこからともなく「見ないで……。見ないでぇーっ!」という悲鳴が聞こえた。それとともに、モンスター達の首がここそこでスパスパと飛んだ。
全てのモンスターが地に倒れ伏すと、マントを着込んだ恥ずかしがり屋が姿を現した。赤らめた顔を伏せてもじもじとしている彼女に、死神ちゃんはボソリと声をかけた。
「お前、もしかしてあの一件で〈あらぬ目覚め〉があったのか」
「そんなこと、ないはず……。だって、忍者は裸が最強って言うから……」
しどろもどろかつ尻すぼみにそう言う恥ずかしがり屋の表情は、恥ずかしそうにしていながら、しかしどことなく艷やかであるようにも見えた。死神ちゃんはガシガシと頭を掻きため息をつくと、仲間の集中力のためにも装備は身につけたほうがいいということを進言したのだった。
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死神ちゃんは共用リビングのクッションを抱えると、ぼんやりとした声で言った。死神ちゃんの目の前では遊びに来ていた天狐が女性陣から尻尾九本同時ブラッシングを受けて幸せそうにくったりとしており、その傍らでおみつがにこにことお茶を飲んでいた。
「なあ、おみつさん。忍者って本当に裸が最強なのか? むしろ、それってこの世界の忍者だけ? それとも全世界共通?」
首を傾げさせておみつを見つめる死神ちゃんの近くで、住職が盛大にお茶を吹き出した。おみつはそんな住職に構うこと無く、含みのある笑みを浮かべて「さあ、どうでしょうね」と答えた。
ゲホゲホと噎せ返りながら「薫ちゃん、なんてことを」と呟く住職を他所に、死神ちゃんは恥ずかしがり屋さんの一件を話した。男性の裸忍者は今までもたまに目撃していたのだが、まさか女性でも存在するとはと驚き、単に興味があって聞いたと死神ちゃんが説明すると、住職は慌てておみつを見つめた。
何かを訴えるように見つめられたおみつは、それを躱すかのようににこやかな笑みを浮かべていた。そんなおみつと住職の二人を不思議そうに交互に見つめると、起き上がった天狐がきょとんと首を傾げさせた。
「住職はどうしてああもうろたえておるのじゃ? おみつも、何でいつも以上にニコニコしておるのじゃ?」
「大人の階段が上れない住職には、今の薫ちゃんとおみつさんの会話が難易度高すぎるみたいね」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、女性陣の一人がそう答えた。天狐は理解しかねると言いたげに眉根を寄せて一層首を深く傾げさせると、首を真っ直ぐに戻しながら一転してニヤリとした笑みを浮かべた。
「わらわは先日〈おとなのかいだん〉を少しだけ上ったからの、住職に上り方を教えてあげるのじゃ!」
「えっと、あの」
「包丁を使う時は、妖気を立てたら怒られるのじゃ! あと、玉ねぎの皮剥きにはちゃんと終わりがあるのじゃ! それから、包丁で皮をむく時は、手首を動かしたら駄目なのじゃ!」
得意げに胸を張る天狐に対して、住職は情けない顔で「そうだね、そうですね」と小さく相槌を打っていた。その日第三死神寮では、その流れのままカレーパーティーが天狐主催で催されたという。
――――恥ずかしさと快感は紙一重らしい。しかし、冒険中にそれを求めるのは、いろんな意味で危険だと思うのDEATH。




