旧 第209話 死神ちゃんと性悪
死神ちゃんが〈担当のパーティー〉を探して彷徨っていると、絶賛戦闘中のパーティーに出くわした。彼らはコンビネーションはばっちりであるものの、どこかギスギスとした雰囲気を醸し出していた。
死神ちゃんはそれを少しばかり不思議に思いながらも、紅一点である巫にそろそろと近づいていった。そしてちょうど戦闘が終わるという頃合いを見計らって、死神ちゃんは彼女の眼前に踊り出た。敵を駆逐したはずだというのにいきなり視界を奪われた彼女は驚いて悲鳴を上げると、直後罵詈雑言を垂れ流し始めた。
* 巫の 信頼度が 下げたくても これ以上 下がらないよ! *
空気を読まずに朗らかな声でそう宣うステータス妖精さんが軽やかに飛び去るのを、死神ちゃんも男性達もぼんやりと見つめた。そして、信頼度が低下しないことに納得して嗚呼と呟いた。すると、落ち着きを取り戻した巫が爽やかな笑顔を浮かべた。
「あら、硬い絆で結ばれているから、どんなことがあったって下がりようもないってことね。とても嬉しいわ」
「いや、言葉通り〈下げたくても下がらない〉んだと思うぞ……」
死神ちゃんがげっそりと顔をしかめて肩を落とすと、巫は冗談が上手ねと言わんばかりにうふふと笑った。死神ちゃんは近場にいた男性にそろそろと近づいていくと、口元を手で隠すようにしてヒソヒソと尋ねた。
「あいつ、いつもあんな調子で毒を吐くのか? すごく性悪そうだな」
「いや、普段は菩薩のような笑みを浮かべて、そりゃあ淑女のようなんだよ……」
カタカタと震えながらそう答える男の横で、別の男がほんのりと頬を染め上げて甘ったるいため息をついた。
「お前ら、どうしてそんなに彼女に怯えるんだよ。こんなに素晴らしい、天女のような女性はいないっていうのに。――ああ、踏まれたい」
「……はい?」
死神ちゃんが眉根を寄せると、先ほどまで会話していた男が「こいつのことは放っておいていい」と言った。何やら危険な言葉を最後に口走っていた男はというと、すっかり妄想の世界へとトリップしているようだった。
一行は小休止をとったら死神を祓いに一階へと戻ろうと決めた。比較的安全な場所に腰を下ろすと、彼らは軽食の準備を始めた。巫は慈愛に満ちた笑みを湛え、甲斐甲斐しく男どもの世話を焼いて回った。びくびくとしながら礼を述べる彼らに対して、彼女は時折小さく舌打ちをしていた。その様子を見て「普段は淑女のよう?」と心の中で呟くと、死神ちゃんは首を捻った。
「さ、死神ちゃん。あなたもお上がりなさいな」
そう言って、巫は死神ちゃんの目の前にサンドイッチを差し出した。死神ちゃんはそれをおずおずと受け取ると、もそもそと食べ始めた。彼女はサンドイッチを頬張る死神ちゃんを笑顔で凝視していた。笑顔とはいっても目だけは笑っておらず、まるで「ほら、早く『美味しいです』と言えよ」と催促しているかのようだった。
死神ちゃんは居心地の悪さに、サンドイッチを喉に詰まらせかけた。何とか必死に「美味しい」と伝えると、彼女は満足したように頷いて頭を撫でてきた。死神ちゃんは頬を引きつらせつつも笑顔を浮かべ、心の中でポツリとこぼした。――こいつ、やっぱり性悪に違いないな。
休憩を終えた一行は、一階を目指して歩き出した。途中、彼らはモンスターと幾度か遭遇したが、とても和やかに戦闘を行っていた。――戦闘に、和やかというのもおかしい話だが。
あと少しで敵の強さも落ち着くエリアに出られるというところで、彼らは手強い相手に出くわした。押しつ押されつの状態から、冒険者側が少しずつ劣勢となっていくと、リーダー格の男性が支援に徹していた巫に攻撃に加わるよう依頼した。彼女は薄気味悪い笑みを薄っすらと浮かべると、印を切りながら呪文のごとく言葉を発した。
「おいこらテメエ! テメエだよ、この腐れ◯◯◯! この私の前で、よくもまあその汚いツラを晒せるなあ? テメエみたいな◯◯◯の◯◯野郎は◯◯に◯◯◯◯されて◯◯すればいいんじゃ! 分かったか、おおん?」
巫はその美しい顔を醜く歪めて、メンチを切った。汚い言葉の数々に死神ちゃんが呆然としていると、それに気がついた彼女が先ほどまでの美しい笑顔を取り戻して首を傾げさせた。
「何故そんなにも驚いているの? 言葉には強力な力が篭っているの。ただそれを利用しているだけよ?」
「いや、絶対それだけじゃあないだろう……。だってお前、ちょっと楽しそうだったし……」
そんなことないわよ、と言いながら彼女は再び凶悪な顔でどす黒い言葉を吐き散らかした。彼女の精神攻撃は上場のようで、モンスターはヘロヘロと膝をついて頭を抱え、恐怖を感じているようだった。しかし、彼女の仲間達にも効果は抜群のようで、男どもも胸や胃の腑を抑えて悲しげな顔を浮かべて肩を落としていた。
「なあ、お前の仲間達が巻き添え食らってるんだが、それはいいのかよ」
「チッ……だらしのないやつらね……。――あら、いやだ、うふふ。死神ちゃん、口の端にパン屑ついたままよ」
彼女が一瞬見せた性悪な本性に死神ちゃんが一層顔をしかめさせると、彼女は笑ってごまかしながら死神ちゃんの口の端のパン屑を払い落とした。そして小さくため息をつくと、彼女は「手早くケリをつける」と言って何やら準備を始めた。
「一体、何を始めようっていうんだよ」
「攻撃だけでは駄目ならば、祈るまでよ。私の神聖な祈りが神に届いた時、あのモンスターは死を迎えるわ」
そう言って彼女がポーチから取り出したのは、祝詞などが記されている書物でもなく、護符や御幣でもなく、小さな人形と工具だった。死神ちゃんは表情を無くすと、ボソリと呟くように言った。
「それ、祈りじゃあなくて、直接的な呪詛だろう」
「おほほほほほ! 跪いて許しを請うなら今のうちじゃ、ボケナスゥッ! 無様に地面を這いつくばって、悶え苦しんで、私に逆らったことを後悔しながら死にさらせェ!」
もはや淑女や天女の面影など一切なく、彼女は喜々として藁で出来た人形に釘を打ち始めた。リズミカルに響く金槌の音に、仲間のうちの〈胸の辺りを抑えて俯き震えていた男〉がふと顔を上げた。彼だけは他の男どもと違って艶のある笑みを浮かべ、もじもじと身を震わせていた。
「ああ、やばい。イイ……。俺も罵られて、蔑まれて、踏みつけられたい……。ああ……」
死神ちゃんは、全身に悪寒が走っていくのを感じた。それと同時に、一帯の床が抜け落ちて冒険者達はモンスターもろとも闇に飲まれていった。どうやら巫が藁人形を打ち据えていたところに罠のスイッチが隠されていたようで、彼女は誤ってそれを金槌で叩いたらしい。
幸せそうな甘ったるい絶叫と、聞くに堪えない罵詈雑言と、諦めのため息がこだまするのを聞きながら、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。
**********
死神ちゃんが待機室に戻ってくると、モニターを見上げていたにゃんこが懐古の表情でしみじみと言った。
「懐かしいのね……。あたいの仲間にも、ああいう感じのがいたのね。見た目はすっごく可愛らしいんだけど、威嚇する時、恐ろしく顔を歪めてひん剥くのね。天使のような可愛さが、極悪ヤクザに変わるのね」
「それって、その動物固有の文化みたいなもので、性悪とは違うだろう。あの巫と一緒にしたら失礼じゃないか?」
死神ちゃんが呆れ顔でそう返すと、いつの間にか隣に立っていたチベスナがごわごわした太い尻尾をピンと立てて小刻みに震えだした。
「いや、あいつらは性悪だ。私の狩りのライバルだったのだがな。……私のナキウサギをよくも! 私のナキウサギをよくも!!」
口の端からコヤァと憤りの息を漏らすチベスナを呆然と眺めながら、死神ちゃんは「大自然に生きるって、大変ですね」と呟いた。
死神ちゃん達のすぐ近くで話を聞いていたピエロが、側にいた鉄砲玉を見上げてニヤリと笑った。
「ねえ、三下。あんた、その猫見習ったら立派なヤクザになれるんじゃない!?」
「俺様はもう十分立派なわけ。猫なんざ目じゃねえよ。――そもそも、そこのにゃんこはサボり魔だからな。そいつの仲間だったら、大したことなんてないだろ」
「どこが立派な極悪ヤクザね! ただの三下鉄砲玉のクセにーッ!」
腹を立てたにゃんこは鉄砲玉の顔を思いっきり引っ掻いた。彼のギャアという叫びと、ピエロの笑い声と、その合間に呪詛のように聞こえてくるコヤァを背中で聞きながら、死神ちゃんは再びダンジョンへと出動していったのだった。
――――口が悪いと、要らぬ災いを増やしてしまう。気をつけるべしなのDEATH。




