旧 第193話 死神ちゃんとどっちつかずさん②
死神ちゃんがダンジョンに降り立ったちょうど目の前で、一組のパーティーが口喧嘩をしていた。
「だからさ、あたいはこっちの道のほうがいいって言ってんだろ」
「あっちの道は罠が多いじゃないか。それをいちいち解除するおいらの身にもなれよ」
「でも、黒騎士の言った〈罠の多い道〉のほうがモンスターの出没率も低いのよ。そっちのほうが安全だと思うけれど」
〈悪魔と人間のハーフ〉の黒騎士と小人族の忍者がいがみ合うところに、エルフが顔をしかめて応戦した。するとエルフを小馬鹿にするように睨めつけて、ドワーフがフンと鼻を鳴らした。
「どうせモンスターが出ると言っても、大した強さではないだろう。古馴染みの肩を持って、良い顔したいのかね? これだからエルフは」
「んだと、コラ。司教を悪く言うのは、このあたいが承知しないよ。この髭ドワ!」
青筋を立てたエルフの司祭の横合いから一歩前へと進み出ると、黒騎士がドワーフ君主の胸ぐらを掴んだ。それを見ていた竜人族の狂戦士が、担いでいた斧を肩から下ろしながらため息をついた。
「なんでこう、喧嘩っ早ぇんだ、デビリッシュってやつはよ。黙ってりゃ可愛い顔してんのに。口は悪いし、ギャンギャンうるせえったら」
「口が悪いのはお互い様だろうが、トカゲ野郎!」
「俺はトカゲじゃねえ! 竜人族だ!」
デビリッシュはドワーフから手を離すと、今度は竜人族に掴みかかった。それに応えるかのように、竜人族の彼もデビリッシュの彼女の胸ぐらを掴み上げた。そんな険悪なムードの五人に視線を彷徨わせながら、ノームのヴァルキリーが困惑顔であわあわとまごついていた。死神ちゃんはノームの横に経つと、ため息混じりにぼやいた。
「お前ら、一年前とやってること変わらないな……」
ノームは死神ちゃんに気がつくと、ふええと声を漏らして泣きついた。そんな彼女の様子を見ていた五人が盛大に顔をしかめさせた。
「何で泣き出してるんだよ、このどっちつかず!」
飛び出したステータス妖精さんの信頼度低下アナウンスが掻き消えるほどの大声で、デビリッシュが怒鳴り散らした。呆れ顔を浮かべたエルフが「どっちつかずだから泣いてるんでしょ」とため息をつき、びっくりして逃げ去る妖精さんを美味しそうなものを見る目で竜人族が見つめていた。ドワーフと小人族は何故か、死神ちゃんとノームのことを羨ましそうな目で見つめていた。
いまだグズグズと鼻を鳴らしているノームの背中を、抱きつかれたままの死神ちゃんが苦笑いを浮かべてよしよししてやっていると、デビリッシュとエルフが死神ちゃんを見下ろして目を丸くした。
「〈一年前と〉とか言うから誰かと思えば。死神ちゃんじゃんか、久しぶりだな」
「あら、本当だわ。お久しぶりね。――じゃあ祓いに行かないとじゃないの。それだとやっぱり、黒騎士の提案したルートのほうが安全でいいわね」
女性陣が死神ちゃんに群がるのを、ドワーフと小人族がやはり羨ましそうに眺めていた。竜人族は、いまだ妖精さんの去っていった方角を見つめてぼんやりとしていた。
「何だね、その可愛――怪しげな子供は、死神なのかね」
「ん? ああ、そうだよ、この子は死神だよ。しかも、巷で噂の、喋るやつ」
途中ドワーフが言い淀んだことに不思議そうに眉根を寄せつつも、デビリッシュが死神ちゃんの頭を頭巾越しにワシワシと撫で回しながら答えた。死神ちゃんはようやく泣き止んだノーム――どっちつかずさんの顔を覗き込むと、呆れ眼でポツリと言った。
「お前、相性最悪の二組をどうにか仲良くさせたくて、結果的に〈どっちつかず〉状態になっちまったんだろう」
こっくりと頷くどっちつかずさんに、デビリッシュとエルフが「あんたって子は」と言いながら抱きついた。どっちつかずさんは照れくさそうに笑いながら、死神ちゃんに事の経緯を話し始めた。
彼女達がこの男性三人組とパーティーを組み始めたのは、ここ数ヶ月ほどのことだという。探索やアイテム掘りを行うたびに、ダンジョンに復帰を果たしてしまった尖り耳狂に怯えなければならないことに不自由を感じていた彼女達は、頼もしい男性の仲間を迎え入れようと決めた。しかし、いざパーティーを組んでみると、相性が最悪だったのだ。
種族的な問題なのか、はたまた性格的な問題なのか、事あることに衝突を繰り返す両組を、どっちずかずさんは必死になって宥めていたそうだ。
「私としては、そろそろ仲良くなってもらいたいんだけどもなあ……」
「あんたのためならあたいも譲歩したいところなんだけどね、この髭ドワがいちいち司祭に酷いこと言うし、小人族もナマばかり言うから」
デビリッシュが男性陣(というよりも、竜人族以外の二人)を睨みつけると、睨まれた二人は一瞬ムッとした表情を浮かべた。しかし、ドワーフは咳払いを一つすると、不器用に笑顔を作りながら言った。
「とりあえず、今は一時休戦することとしようじゃあないか。出来るだけ長くその可愛――じゃなかった、ノーム君が無事に死神祓いを受けることが出来るためには、結束が必要だからな」
捲し立てるドワーフから一瞬漏れ聞こえた本音に、死神ちゃんは顔をしかめさせた。女性陣も心なしか眉根を寄せて首を傾げていた。デビリッシュはたどたどしく「ああ、そうだな」と答えると、一階目指して歩き始めた。
しばらく歩いた先で、彼らはモンスターと遭遇した。結束が必要と言いつつも、彼らは男性陣と女性陣に分かれて戦闘を行っていた。どちらの組も、魔法役・回復役・戦闘メイン役が揃っているため、それでも問題なく戦えていた。しかし、心優しいどっちつかずさんは、苦戦している男性陣に加勢しようかどうしようかと悩んで動きが鈍重となった。その〈どっちつかず〉のせいで、彼女は結局危ない目に遭っていた。
「これではいけない! 協力し合い、助け合わねばこの楽園を維持――じゃなかった、苦境を乗り越えることは出来ぬというのに! もう少し、きちんと彼女達に歩み寄ろう」
ドワーフが拳を握ると、小人族が力強く頷いた。次の戦闘では、六人が纏まって連携を取りながら戦闘を行った。まだ〈全員で息を合わせて〉ということに慣れてはおらず、たまに戦闘中であるにも関わらず喧嘩が始まりそうな空気が漂うことがあったものの、先ほどよりはマシな状態で戦闘を終えることが出来た。彼らは、どことなく達成感のある笑顔を浮かべていた。
それと同時に、ドワーフと小人族はこぞってノームに心配そうに声をかけた。彼らは「無事ならば良い」と頷きながら、どさくさに紛れて死神ちゃんを撫で回していた。
小休止しようということになり、安全そうな場所で一行は腰を落ち着かせた。どっちつかずさんは二種類のスコーンを取り出すと、そのどちらともを半分に割り、それぞれの片割れを死神ちゃんに差し出した。
「〈どっちも食べたきゃ、半分ずつ食べればいい〉だもんね!」
にっこりと微笑むどっちつかずさんからスコーンを受け取ると、死神ちゃんは笑顔を返した。どっちつかずさんはエルフの淹れてくれた紅茶を一口啜りながら、ほうと息をついた。
「それにしても、みんなが仲良くなり始めて、私、嬉しい限りだよ」
「何て言うか、とても不本意な理由で結束することを決意しているみたいだがな……」
死神ちゃんが頬を引きつらせると、どっちつかずさんはきょとんとした顔で不思議そうに首を傾げさせた。すると、コーヒーの入ったコップに口をつけながら、デビリッシュが近づいてきた。
「死神ちゃんはコーヒーがお好みなんだろう? ほらよ」
そう言って、彼女はもう片方の手に持っていたコップを差し出してきた。その様子を、ドワーフと小人族が震えなが見つめていた。
「その可愛――死神は飲食するのかね」
「ええ、そうよ。美味しそうに食べるものだから、ついつい与えたくなってしまうのよね」
エルフが答えながら女性陣の輪の中に加わる中、既に竜人族がちゃっかりその輪に混ざっていた。ドワーフは愕然とした表情を浮かべると、竜人族を指差してわなないた。
「何故、お前はちゃっかり混じっておるのだ……!」
「ん? 俺、休憩中はいつも彼女達と一緒してるぜ? 美味いもんは分け合いたいだろうが」
ドワーフは怒り顔でドスドスと足を踏み鳴らしながら、女性陣の輪の中へと入ってきた。それに遅れて、小人族も慌ててやって来た。ドワーフが嬉しそうに死神ちゃんを餌付けするのを、女性陣が「ね、可愛らしいでしょう」と言いながら笑顔で見守った。そして、小人族は死神ちゃんだけでなくどっちつかずさん達にも「ついでだから」とお菓子のお裾分けをした。どっちつかずさんは喜びで顔をクシャクシャにすると、小人族に抱きついた。
「ふえええええん、ようやくみんなが仲良くなってきた気がするよ! 嬉しい!」
ノーム特有の溢れんばかりの豊満な乳に埋もれた小人族が、悪態を吐きながらも心なしかえっちい感じで相好を崩していた。死神ちゃんは不純な動機の渦巻く結束の仕方に首を捻りながらも、抑揚のない声で「よかったな」と返してやった。
休憩を終えた一行は、とてつもない強敵と出くわした。逃げおおせることも出来ず渋々戦闘を開始したものの、ブモッという鳴き声とともにそいつは増えていった。
倒せども倒せども増えていく山羊顔の赤い悪魔に、一同は音を上げ始めた。そんな中、どっちつかずさんが悪魔の一体に投げ飛ばされて壁に身体を打ち付けた。女性陣が怯む中、ドワーフは怒りを露わにして剣を握り直すとどっちつかずさんを投げた悪魔を叩き斬った。
「可愛い幼女は、この私が守る!」
彼がそう叫ぶのを女性陣が口をあんぐりとさせて眺めていると、同時にもう一体の悪魔が首を刎ねられて地に倒れ伏した。
「そうだ! 可愛い子と可愛いお姉ちゃんは、このおいらが守るんだ!」
小人族が短刀を構えながら、ドワーフに並んで叫んだ。デビリッシュとエルフは顔をしかめさせると、ぼんやりとした声で呟くように言った。
「え、何、薄々気がついてはいたけどさ、本当にそんな不純な動機で結束していたわけなの?」
「どっちつかずが気ぃ失ってくれてて良かったよ。ちょっとこれは、こいつには聞かせたくないわ……」
「まあ、何にせよ息を合わせて戦えるようになったのは良いことなんじゃねえ? ――司教さんよ、俺らに支援魔法をもりもりに盛ってくれ。手っ取り早くあの山羊顔片付けて、とっとと帰ろうぜ。なあ、黒騎士さんよ」
ぬらりと現れた竜人族はニヤリと笑うと、支援魔法を受けながらモンスターの元へと走っていった。
「てめえら、闇雲に突っ込んでいくんじゃねえよ! 黒騎士の指示に従って、きっちり連携取っていこうぜ!」
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死神ちゃんが待機室に戻ってくると、権三郎がモニターの前で腕を組みウンウンと頷いていた。
「集団で狩りをしならば、結束力はやはりいるぜよ」
「うむ。大事であるな」
権三郎の横で、チベスナも一緒になって頷いていた。死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をすると、ぐったりと肩を落とした。
「そうなんだがな、俺は罠であって中和剤ではないんだから、俺キッカケでそれが生まれるとか、しかも不純な動機とか、本当にやめて頂きたいんだが」
「仕方ないきね。先輩は我々ばあでなく、冒険者にまっことアイドルのような存在のようやかし」
羨望の眼差しで尻尾を振る権三郎に「どこまで本気で言ってるんだ?」と返すと、死神ちゃんは再びダンジョンへと出動していったのだった。
――――危険なダンジョンの中でどっちつかずしていたら危険。パーティーがバラバラなのも危険。瞬時に選択出来て、しっかりと結束出来るのであれば、どんな動機でそうなったのであっても、それは良いことなのDEATH……?




