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旧 第175話 会議という名の③

「やあぁぁだあぁぁ! マッコイのケチーッ! グラス返してよーッ!!」


「うるさい! 毎回毎回言わせるんじゃないわよ! 最初から飛ばし過ぎ! まだお料理もほとんど来てなければ、大事な話も済んでいないでしょうが!」


「どうせ大した話は無いだろうし、別にいいだろう!? それに、このくらい、まだまだ序の口だもん! ケチ! ケチケチケチーッ! マッコイのケチーッ!」



 ケイティーから遠ざけるようにグラスを掲げるマッコイに、ケイティーが必死にしがみついた。べったりとくっついた状態で腕をバタバタとさせながらグラスを取り返そうと暴れるケイティーを、マッコイは鬼の形相で押し返そうとしている。その様子を、第一班の副長である魚屋がぎょっとして目を剥き、引き気味に眺めていた。



「えっ……。軍曹、あたしらと酒盛りする時は、こんなに荒れないんですけど……。えっ、これ(・・)、本当に同一人物……?」


「あー、こいつ、部下の前ではカッコつけるタイプだからな。ちなみに、飲み会のたびに一人できちんと帰ってきてるように見せかけて、毎回マッコイに寮の玄関スレスレまでおんぶされてっから」



 メニューから視線を外すことなく、グレゴリーがあっけらかんと言った。彼は店員を手招きすると生ハムメロンを注文した。鬼軍曹の醜態を目撃していまだショックを受けている魚屋を気にすることなく、グレゴリーはメロンがやってくるのをそわそわと待ち遠しそうにしながら、ベリーの盛り合わせをポップコーン感覚でもりもりと口に運んだ。

 運ばれてきたチキンソテーにうっとりとした表情を浮かべながら、第二班副長のライオンが手を擦り合わせた。彼女はナイフとフォークを手に取ると、肉を切り分けながら言った。



「副長として一ヶ月働いてみての感想だよね? 私は特に困ったことも不満もないね。――不満があるとすれば、副長の仕事についてじゃなくて、私のレプリカについてだな。……どうして〈たてがみ〉があるんだよ。たしかに男は集落を守る役割があるよ。だから強いよ。でもさ、集落を食わしていっている歴戦の狩人は私ら女なわけで。その狩人としての腕を買われて、私はこの世界に来たってのにさ。なのに何で〈たてがみ〉があるんだよ」


「……お前、二言目にはたてがみのことしか言わねえよな。たてがみがあるほうが、なんかカッコいいだろう」


「えー、でも――」


「はいはい。それはいいから。他のやつは何もねえのか?」



 グレゴリーはため息混じりにライオンの愚痴をぶった切った。ライオンが頬を膨らませながらワインをちびりと飲む横で、住職がパスタをフォークでくるくるとさせながら首を傾げさせた。



「班長達と差をつけるために、金銭関係の管理とコンピューターを触らなきゃ出来ないようなことは一切ノータッチじゃあないですか。だから、ぶっちゃけ今までの生活に少し拘束力が生まれる程度であまり変わり映えしないですけど。――なのに、いいんですかね? 追加手当、貰っちゃって……」


「あー、それ、あるよね。今まで寮のメンバーで手分けして寮長の仕事手伝ってたのに毛ぇ生えた程度だからさ、他のやつらに申し訳ないっていうか」



 住職の言葉に魚屋が同意して言葉を引き継ぎそう言うと、マッコイからグラスを返してもらったケイティーがグラスを掲げながら上機嫌に「全く問題なーし!」と笑った。



「だってさあ、私らの誰かがこの前の狂狐きょうこちゃんみたいに倒れるってことがあったりしたら、その間の寮の管理は全部やってもらうわけだし。お前達がいてくれるおかげで、私達も泊まりがけで遊びに行くことだって出来るようになるわけだし。だから、全く問題なーし!」



 シャンパンを嬉しそうに注いでひと煽りすると、ケイティーはニコニコと笑って続けた。



「ホントもう、泊まりがけで遊びにいけるくらいの余裕があるってだけで、めちゃめちゃ助かるもんね! おかげで今月、早速第三に泊まりに行っちゃうんだもんね! これからは〈鬼ごっこ〉の景品を狙わなくても、気兼ねなく可愛いのに挟まれて眠ることが出来るんだよ!? パラダイスだよパラダイス!」



 魚屋と住職が苦笑いを浮かべると、ケイティーが突如住職をじっと見つめだした。ワインを飲んでいた住職が戸惑いながら僅かに首を傾けると、ケイティーがグラスの中のシャンパンが円を描くように動かしながらニヤニヤと笑った。



「今回はね、小花おはながおみつさんのことも誘ったんだってー! いっつももふ殿の送り迎えだけで帰っちゃうから〈たまには一緒にどう?〉って声かけたんだとさ! 可愛らしいのに囲まれるだけでなく、素晴らしい乳を眺めて揉みしだくチャンス! あー、楽しみー!」



 住職は口の中のワインを盛大に吹き出した。魚屋とライオンのじっとりとした蔑みの視線が突き刺さるのを堪えながら、マッコイから手渡されたおしぼりを口に当てて住職は口ごもった。



「何で、俺に向かって言うんですか」


「いやだって、ねえ?」


「ていうか、同性の乳揉んで楽しいもんなんですか」


「私は〈自分にないもの〉は幾らでも愛で倒したい。だから、揉みしだく。……お分かり?」



 顔を真っ赤にして口をパクパクとさせる住職の代わりに、魚屋がため息混じりに言った。



「いや、軍曹だってないこたぁないだろう」


「いやー、私、筋肉質だからさ。柔らかさがね?」


「……分かる!」



 何故か強く同意の声を上げたライオンをケイティーはじっと見つめると、一転して相好を崩して「友よ!」と言いながら硬い握手を交わした。

 女慣れしている割に、惚れた女にはシャイであるらしい住職は顔を真っ赤にして俯いたまま固まっていた。不憫に思ったマッコイはため息をつくと、ケイティーに呆れ眼を向けた。



「アンタ、やっぱり飲み過ぎよ。少しお水でも飲んでクールダウンしなさい」


「えー。じゃ~あ~……飲ませて?」



 ケイティーは可愛らしくおねだりのポーズをとった。マッコイは表情を失い、束の間硬直した。そして表情を変えることなく、彼は片手でケイティーの顎を勢い良く掴んだ。彼女が「ふぐっ!?」と驚きの声を漏らすのも構うことなく、歯と歯の間に指を突っ込み、親指と人差指を交差するようにして口をじ開ける。そして口が閉まらないようにと顎を掴んでいる手に力を入れると、口を抉じ開けるのに使ったほうの手で水の入ったグラスを静かに持ち上げた。



「服、多少は濡れるかもしれないけれど、構わないわよね?」


「あって! じうんでのいあす! ごえんなさい!」



 フンと鼻を鳴らすと、マッコイはケイティーの顎を開放してやった。ケイティーはしょんぼりとしながら水をちびちびと飲みだした。第一と第三の副長二人は今まで見たこともないマッコイとケイティーの様子に唖然とした。



「他人に対してあんなに容赦無い寮長、初めて見たんだが……。いつもは菩薩のようにニコニコとしてて優しいのに……」


「あたしも、こんなだらしのない軍曹を見たの、初めてなんだけど……。いつもは本当にキリッとしていて、適度に優しくて格好いいのに……」


「そう? 第二ではこれ、日常茶飯事だったけれど。ケイちゃんは甘やかすとすぐ図に乗るからね。マッコに限らずみんなが、ケイちゃんにはこういう感じで対応していたよ?」



 魚屋と住職はライオンの発言に言葉を失うと〈信じられない〉とばかりにゆっくりと小さく首を振った。グレゴリーは苦笑いを浮かべると、呆れ口調でぼんやりと言った。



「お前らが頼もしいから、安心したんだろうよ。――とまあ、こんな感じで、定期的に意見交換等兼ねて飲み会しようや。俺ら寮長組は一ヶ月に一回のペースでやってっから、そうだな、六人揃うのは二ヶ月とか三ヶ月に一度な感じで。どうだ?」



 全員から「異議なし」の声が上がると、グレゴリーは満足そうに頷いた。そして厳かに手を上げると、店員に向かって言った。



「すみません、フルーツグラタンを一つ」





 ――――新体制、どうやら好発進出来ているようDEATH。

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