旧 第139話 死神ちゃんと不幸さん
死神ちゃんは四階の〈ドロップアイテムが美味しいスポット〉へとやって来た。〈担当のパーティー〉と思しき冒険者にゆっくりと近づいてくと、死神ちゃんは戦闘中の彼の目の前に躍り出た。
彼はひどく驚いてうっかり剣を手放した。すっぽ抜けるように吹っ飛んだ剣がモンスターに止めを刺したものの、剣はそのまま壁にぶち当たった。そして、当たりどころが悪かったのか、剣は真っ二つにポッキリと折れた。彼はそれを愕然として見つめると、がっくりと膝をついてうなだれた。
「ああ、なんて不幸な……」
「おお、黒い靄が常に纏わり付いて、青くどんよりとした縦線に取り囲まれてるって、まるでアニメとかの〈がっかりな様子〉を表す背景効果みたいだな。今のあんたにぴったりだよ」
「アニメ? 何だそれは」
怪訝な表情を浮かべた顔を持ち上げた冒険者に、死神ちゃんは苦笑いを浮かべてごまかした。彼は立ち上がるとしょんぼりと肩を落として折れた剣を拾い上げ、魔法のポーチに仕舞い込んだ。予備の武器を取り出しながら、彼は死神ちゃんに「貴様、何者だ」と尋ねた。死神であると死神ちゃんが答えると、彼は再び膝から崩れ落ちた。
「なん……だと……? ああ、なんて不幸な……」
「さっきから不幸不幸って、辛気臭いな。何なんだよ、一体」
死神ちゃんが顔をしかめさせると、不幸な彼は暗い表情でポツポツと話しだした。
黒騎士である彼は、その冒険者職の〈特性〉――呪われた装備品を着用しても一切呪いを受けないというのを活かして、呪われた装備品で身を固めているそうだ。呪われた装備の呪いは厄介なものが多いのだが、その欠点を除けばとても素晴らしい性能の装備ばかりなのだという。
呪われた装備品は他の職の者であれば大きなハンデにしかならず、脱ぎたい時には教会で解呪してもらわなければ脱げないという正直面倒なものだ。しかしながら黒騎士はその限りではなく、自由に脱ぎ着が出来る上に、その素晴らしい性能を余すところ無く享受出来る。利用しない手はないと思い、彼は敢えて呪われた装備品を着用しているのだという。
「装備品としての性能が馬鹿みたいに優秀なだけでなく、見た目も格好いいものが多いからな。個人的には気に入っている。――しかし、呪われた品で固めているからなのか、大なり小なり不幸なことが付き纏うのだ。だから、幸運のお守りでも手に入れることが出来たらと思い、アイテム掘りをしていたのだ」
死神ちゃんが相槌を打つと、彼はここ最近あった不幸の数々をネチネチと話しだした。
黒い靄や青いどんよりなどといった〈呪われているアピール〉が付き纏っているせいで、見ているだけで気分が滅入ると言われてパーティーに入れてもらえないということから始まったそれは、〈先日組んだエルフのシーフがそこはかとなく残念で、見ているこっちまで残念な気持ちになって、それが不幸だった〉などという言いがかり的なものにまで話が及んだ。――正直、どうでもいい話を延々と聞かされているこっちのほうが不幸だと死神ちゃんは思った。
死神ちゃんが退屈そうに欠伸を噛み殺すと、それを見ていた不幸さんが悲哀の表情を浮かべて叫んだ。
「話すらまともに聞いてもらえない! 不幸だ! ああ不幸だ!」
「不幸不幸うるさいな。どうしたら黙ってくれるんだ? いっそ死んでくれよ。そしたら静かでいいからさ」
「この幼女、可愛い顔して酷いことを言う! さすがは死神! ああ不幸――」
「だから、うるせえっつってんだろうが!」
死神ちゃんは不幸さんの言葉を遮って怒号を飛ばした。彼は不景気な顔でニヤリと笑うと「しかしながら、私は滅多には死なんのだ」と豪語した。
何でも、呪われた装備は本当に優秀なもの揃いだそうで、例えば、青いどんよりの原因となっているブーツには鈍足の呪いがかかっているのだが、走れなくなる代わりに防御力が凄まじく高いのだそうだ。更には、これを履いていることで、モンスターの強撃を食らっても仰け反ったり転んだりしてしまわず、踏みとどまることが出来るのだとか。
もちろん、黒騎士の彼には呪いが効かぬため〈防御力が凄まじく高い〉という部分だけが彼には適用される。そのような装備ばかりを身に着けているから、彼は滅多なことでは死なないのだそうだ。
「というわけだから、のんびり教会を目指すとしようか。死神憑きだなんて、不幸なことこの上ないからな」
何故か爽やかな笑みを浮かべて嬉しそうにそう言う彼に、死神ちゃんはフンと鼻を鳴らした。道中、やはり彼は心なしか嬉しそうだった。浅めの落とし穴に落ちたり、火吹き罠が火を噴くタイミングを見誤って少々炙られたりするたびに、彼は「不幸だ」と言いながらも嬉しそうだったのだ。そんな不幸さんの幸福そうな姿を見て、死神ちゃんは疲れが増す思いだった。
「お前、もしかしなくてもドMだろ。不幸に晒されて嬉しそうにしてるとか、悲劇のヒーロー気取りかよ。ていうか、お前の言う〈不幸〉って、大方がお前側の問題な気がするんだが」
「何だと? そんなことはないぞ。私は本当に、不幸な出来事に心を痛めているというのに。そんな当て付けな物言いされるとは心外だよ。それこそまさに不幸極まりない!」
死神ちゃんは面倒くさそうに、不幸さんの発言をスルーした。それと同時に、死神ちゃんの腕輪の一部がチカチカと光った。それを見て、死神ちゃんは凄まじく顔を歪めて呻き声を上げた。
「やばい。本当に不幸なことが起きた。お前、今すぐに死ね。もしくは、全速力で教会に向かえ」
「何故そんな――」
「いいから! 早く!」
物凄い剣幕で急き立ててくる死神ちゃんに渋々ながら頷くと、不幸さんは全速力で走り始めた。走りながら、彼は「理由ぐらい教えろ」と死神ちゃんに尋ねた。死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情でポツリと「ストーカーが近くにいる」と答えた。
先日のストーカー事件の際にヤツの腕輪にチップを埋め込んだおかげで、ヤツの行動をきちんと監視できるようになった。そのため、ヤツがダンジョン内に現れた際には待機室のモニタールームの機械に通知が上がるようになった。また、死神ちゃんの出動中にヤツが現れたら死神ちゃんの腕輪に通知が来るようになったのだ。
この通知によると、ヤツは今、同じ階層にいるらしい。死神ちゃんは今にも泣きそうな顔を浮かべると、不幸さんを睨みつけた。
「お前、言霊って知ってるか? 言葉には力が宿っているから、だから本当に思っていないようなことでも言い続けていると言葉の力に引っ張られて、それが本当になっちまうんだよ。……お前が不幸不幸連呼するせいで、本当に不幸なことが起こったよ!」
「貴様がストーカー被害に遭っているのは私のせいではないだろう! 加害者が近くに現れたのだって偶然だろう!? それこそ言いがかりだ! 不幸にも程がある!」
「うるせえ、いいから黙って走れ!」
「全速力で走っているわ!」
「もっと頑張れよ! あいつ、どんどん近づいてきてるんだよ! 早く! 一刻も早く死ぬか祓うかしてくれ! 早く!!」
ぎゃあぎゃあと言い合いをしている間にも、ヤツはこちらに近づいてきていた。とうとう隣の区画にまで距離を詰めてきたのを確認すると、死神ちゃんは涙を浮かべて絶叫した。その絶叫に驚いた不幸さんは、うっかり足を滑らせた。
「ああああああ、不幸だああああああああ――」
嬉しさなど微塵もない悲痛な叫びを上げながら、彼は正真正銘の不幸を感じつつ深い落とし穴の底へと消えていった。死神ちゃんは少しだけ〈申し訳ない〉と思いつつも、慌てて壁の中へと引っ込んだのだった。
――――不幸というものは、大半が自分で作り出している。自分ではどうにもならない時でさえ、気持ちの持ちようによっては〈不幸〉も〈不幸〉ではなくなる。気持ちと対策次第で、なくしていけるものなのDEATH。




