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旧 第120話 ふわもこほっこり★編み物マジック

 休日。死神ちゃんが共用のリビングへとやってくると、マッコイが女性陣と一緒になって一つの雑誌を熱心に見ていた。彼は楽しそうに同居人が捲る雑誌を眺めながら、手にしていた毛糸のカーディガンを解いていた(・・・・・)

 不思議に思った死神ちゃんは彼らに近づくと、何を見ているのかと尋ねた。すると、マッコイがにこやかな笑顔で答えた。



「外の世界では、今年はどんなデザインが流行りそうなのかを見ていたのよ。折角だから、素敵なものを編みたいじゃない?」


「編み物の本を読んでいたのか。でも、だったらどうして解いてるんだよ?」



 死神ちゃんが毛糸の玉に変化していくカーディガンをじっと見つめると、マッコイは「この糸を使って編むのよ」と答えた。毎年新しく毛糸を用意して新たに編んでいては、タンスの肥やしが増えてしまうだけだ。だから、お気に入りや自慢の出来のものだけ残して、あとは解いて再利用するのだそうだ。

 死神ちゃんは相槌を打つと小さくくしゃみをした。そして自分で自分を抱き締めるようにして両腕を擦りながら、ほんの少しだけ身震いした。



「あら、かおるちゃん、そのパーカー、春物じゃない。冬物、買い足さなくて平気?」


「あー……。まだ〈冬〉ってほど寒くないし、幼児は体温高いから、薄手でも長袖を着ていれば、まあ乗りきれるかなとか思ってたんだけど……」



 死神ちゃんがしょんぼりと肩を落とすと、マッコイと女性陣が呆れ顔を浮かべた。


 ダンジョンの罠として生きる死神は、ダンジョンの環境には左右されないように身体が出来ている。だから、火炎区域にいようが極寒区域にいようが、死神達は汗一つかくことなく、鳥肌一つ立てることなく過ごすことが出来る。しかしそれは〈ダンジョンの中〉でだけの話だ。ひとたび〈裏〉に帰ってこようものなら、他の〈社員達〉同様に暑さや寒さを感じるのだ。――〈自分達の住む世界へと帰れば、きちんと四季を体感出来るようになる〉というのは、ただの罠ではなく、折角の〈やり直し中の人生〉を充実して過ごせるようにという計らいのうちの一つだそうだ。


 マッコイはカーディガンと毛糸を籠の中に仕舞いながら、苦笑いを浮かべて言った。



「無理しないほうがいいわよ。ここの冬、結構寒いんだから。――暇なら、冬物の買い足しに行くの、付き合うわよ。荷物持ちしてあげる」



 死神ちゃんは頷くと、マッコイを伴ってリビングを後にした。




   **********




 死神ちゃんはまだ毛糸玉に戻されていないブランケットを借りると、それをマントのようにして包まった。その状態で外に出ると、たまたまそこを通りかかったケイティーに羽交い締めにされた。彼女は夜勤明けで帰って来たばかりだそうで、これから少しばかり軽食を摘む予定だったらしい。

 死神ちゃんが〈これから冬服を買いに行く〉と言うと、ケイティーは食事に行かずにそのまま付いてきた。可愛らしいフリルのいっぱい付いた洋服をキラキラとした目で彼女が勧めてくるのを、死神ちゃんはそつなくかわしながら適当に数着見繕った。

 死神ちゃんはコートを手に取りながら、思案顔で首を傾げさせた。



「寮の中で羽織るものも、用意しておいたほうがいいかなあ? なあ、どう思う?」


「寮の中はある程度は暖かいから、もし迷うなら、今カゴに入れた服を着ていても寒いと感じるなら買うって感じにしたら?」



 うーんと唸り声を上げた死神ちゃんの肩に掛かっているブランケットをじっと見つめると、ケイティーはそれをちょいと摘み上げながら不思議そうに言った。



「え、ていうか、これでいいだろう。これじゃあ駄目なの?」


「だってそれ、アタシのひざ掛けだもの」



 マッコイがあっけらかんと答えると、ケイティーは不服そうに顔をしかめさせた。



「えー、この包まってる感じ、可愛くていいのに。――じゃあ、同じようなのを小花おはなに編んでよ」



 死神ちゃんとマッコイがぽかんとした顔を浮かべると、ケイティーが満面の笑みで「ね、編んで」と念押しした。死神ちゃんとマッコイは互いの顔を見つめ合うと、目をパチクリとしばたかせた。



「薫ちゃんがそれでいいなら、別に編むけれど……」


「あー……じゃあ、編んでもらおうかなあ……」


「やったー! 小花の可愛い簀巻すまき! めちゃめちゃ楽しみ! ――あ、私にも折角だから何か編んで!」



 一人喜ぶケイティーに「簀巻じゃあ無いから」とツッコみながら、マッコイは苦笑した。


 死神ちゃんが冬物の会計を済ませると、マッコイは二人を伴って手芸店へとやってきた。彼は毛糸を見て回りながら、ふと死神ちゃんを見下ろした。



「ていうか、薫ちゃん、自分で編んでみる?」



 死神ちゃんは驚いて目を見開くと、一転して苦笑いを浮かべた。そして腕を組むと、しみじみと返した。



「いやあ、俺の転生前が暴力刑事だったら、それも考えたけど。でも、生憎、俺は刑事じゃなくて殺し屋だからなあ」


「それ、どこのスタ◯ーンよ」



 苦笑しながら、マッコイは毛糸を手に取って眺めた。死神ちゃんは笑顔を返すと、顎に手を当てて小首を傾げた。



「いやでも、いきなり〈羽織るもの〉は無理でも、何か編んでみようかな。――ほら、編み物って集中力を養うのにいいらしいじゃないか。雪深い国のスポーツ選手は、そういう目的で大会前に編み物をするって言うし」



 死神ちゃんがそう言うと、ケイティーが喜び勇んで「道具一式、買ってあげる」と言い出した。買うなら自分で買うからと死神ちゃんは断りを入れたのだが、彼女は「定期的に見に行くから! これは拝観料だから!」と訳の分からないことを言い出した。

 こうして、結局ケイティーに道具を買ってもらった死神ちゃんは、マッコイ指導のもと編み物デビューをすることとなった。




**********




 死神ちゃんはマフラーとハンドウォーマーを編むことにした。マフラーのほうが難易度が低いということで、死神ちゃんはマフラーから編み始めた。マッコイや女性陣に教えてもらいながらちまちまと編んでいると、男性陣がニヤニヤとした笑みを浮かべながら死神ちゃんをからかった。



「薫ちゃん、とうとう心も身体に馴染んできたか?」



 気分を害した死神ちゃんは、顔をしかめさせるとポツリと呟くように言った。



「お前ら、そういう偏見は良くないよ。編み物は元々、男の仕事だったんだ。だから、男女問わずするものなんだぜ。――それに、集中力を養うのにももってこいなんだ。座禅みたいにさ」



 男性陣は死神ちゃんに平謝りすると、そそくさとその場から立ち去った。翌日、死神ちゃんの周りには黙々と編み物をする男性陣の姿があった。どうやら、〈座禅のように集中力が養える〉という言葉に釣られた彼らは、死神ちゃんに謝罪したあと、その足で道具と材料を購入してきたらしい。

 彼らはマッコイと女性陣に手ほどきを受けながら、やはりマフラーを編んでいた。マフラーで編み方を一通り覚えたら、次は色々と編んでみる予定だという。

 男性陣のうちの一人が編み棒から視線を外すことなく、死神ちゃんにぼんやりと尋ねた。



「薫ちゃんもマフラー編み終わったら、また何か作るつもりなのか?」


「おう、ハンドウォーマーってやつ。指なしで、手首と肘の間くらいまでの長さのある……」



 編むことに集中しているからか、死神ちゃんは途切れ途切れにそう返事した。質問してきた同居人も集中しているのか、返事が生返事だった。

 黙々と編んでいると、再び同居人が声をかけてきた。自分で使うには幅広すぎではないかと指摘をされた死神ちゃんは〈ケイティーに、道具を買ってもらったお礼をするべく編んでいる〉と答えた。同居人はふと顔を上げると、編み棒を動かす手を止めて死神ちゃんをきょとんとした顔で見つめた。



「じゃあ、ハンドウォーマーは今度こそ自分用?」



 死神ちゃんはふと顔を上げると、静かにニヤリと笑った。そしてすぐさま、編み物の世界へと没入していった。


 ケイティーは時折、道具購入時の宣言通りに〈第三〉へと編み物サークルの見学をしに来た。せっせとマフラーを編む目の前の〈可愛らしいの〉を見てうっとりとしている彼女に、死神ちゃんは声をかけた。

 死神ちゃんはうっとり顔のままとろけた声で返事をする彼女の首に問答無用でマフラーを巻くと、「もうちょい長いほうがいいかな」と呟いて頷いた。そして座っていた場所に戻ると、何事もなかったかのように作業を再開させた。


 作業の途中で、死神ちゃんはマッコイに度々呼ばれることがあった。マッコイは死神ちゃん用にポンチョを編んでくれていて、定期的に丈を合わせていた。ケイティーは瞳を燦燦さんさんと輝かせると、まだ作り途中のポンチョを死神ちゃんに羽織らせてみて欲しいとせがんだ。サイズチェックのついでに死神ちゃんがそれを羽織ると、ケイティーはとても幸せそうな表情でほうとため息をついた。


 死神ちゃんが何とかマフラーを編み終えた頃、マッコイのほうもポンチョを編み終えた。どうやらマッコイは、死神ちゃんが寒い思いをしないようにと、全ての空き時間を編み物に当てて、ひたすら編み続けてくれたらしい。死神ちゃんは恐縮すると、何度も感謝の言葉を伝えた。


 ポンチョは首元から肩の方まで折り返しがあり、もも辺りまで丈のあるすっぽりサイズだった。しかも、左右にスリットを入れてくれていたため、脱いだりたくし上げたりしなくても手の出せる便利なデザインである。

 てるてる坊主の如く腕を収納していれば首からおしりまでがぽかぽかと温かく、寒い思いをせずとも手が出せる素敵なポンチョに、死神ちゃんはとてつもなく喜んだ。そして、嬉しそうに手を出し入れする死神ちゃんを見て、マッコイもとても嬉しそうだった。もちろん、ケイティーもデレデレとだらしなく頬を緩ませて、その様子をじっくり眺めていた。


 そんな溶けきったケイティーだったが、死神ちゃんからマフラーを渡されて完全に撃沈した。脳内では走馬灯のように〈可愛いのが、自分のために頑張る姿〉がダイジェスト放映されているようで、彼女は俯いたままポツリと「もう、死んでもいい」などと言い出した。彼女の度を超えた喜びように、死神ちゃんとマッコイは苦笑いを通り越して無表情となると、思わず「馬鹿か」とツッコミを入れた。



「さすがに〈馬鹿〉はひどいだろう!」


「そう? 死んでもいいなら、アタシが編むのはいらないわよね。折角、そのマフラーに合わせてニット帽でも編もうかと思っていたんだけど」


「ひどい! マッコイのケチ! いるよ! 早く頂戴よ!」



 ぷすぷすと怒るケイティーにマッコイは苦笑すると「これから編むんだから、もう少し待ちなさいよ」と返した。

 その宣言通り、彼はすぐさまニット帽を編み始めた。死神ちゃんはそんなマッコイを見つめると、不思議そうに首を傾げさせた。



「お前、カーディガンを編み直すとか言ってなかったか? そっち先に編まなくて大丈夫なのかよ」


「ええ、一応、他に代用できるものはあるから」


「……お前、ホント、お人好しだよなあ」



 顔色一つ変えることなく、編み針を動かす手を休めずにそう言うマッコイに、死神ちゃんは苦笑した。すると、彼は視線だけちらりと死神ちゃんに投げて寄越し、クスリと笑って肩を竦めさせた。死神ちゃんは再び苦笑すると、ハンドウォーマー作りに取りかかり始めた。


 編み図を見ながら、時にはマッコイに教えてもらいながら、死神ちゃんはマフラー以上に四苦八苦しながら編んでいた。そして、やはり自分で使うには大きいサイズのものを編んでいた。

 マッコイは不思議そうに首を傾げさせると、死神ちゃんに尋ねた。



「ねえ、そのサイズで本当に大丈夫? 薫ちゃんには、それ、正直言って大きすぎるわよ」


「あー……うん、大丈夫。このサイズで合ってるから」



 そのやり取りを聞いていた同居人は作業の手を止めると、きょとんとした顔を上げて言った。



「薫ちゃん、それもまた大きめサイズで編んでるのか。この前〈自分用?〉って聞いたらニヤッて笑ったから、もしかしてと思ってたけど。やっぱり、また誰かにプレゼントでもするのか?」


「おう、まあなー……」



 適当に返事をしながら、死神ちゃんは黙々と編み棒を動かしていた。すると、マッコイがニコリと笑っておどけた調子で言った。



「そのプレゼントのお相手、アタシだったら嬉しいなあ」



 死神ちゃんは勢い良く顔を上げると、凄まじいまでのしかめっ面を真っ赤に染め上げた。ぷるぷると震えだした死神ちゃんの様子に、マッコイは驚いて戸惑うと申し訳無さそうに口ごもった。



「えっと、あの、冗談だったんだけれど……」


「――ポンチョ作ってくれるって言うから、お礼にと思ってたんだよ。サプライズにしようと思ってたのに……!」


「えっ、うそ……。えっ、本当にアタシに!?」



 たいそうご機嫌斜めな様子でそっぽを向いた死神ちゃんと、恥ずかしそうに耳まで顔を真っ赤にするマッコイを、同居人達は楽しそうに眺めた。そして、彼らは「薫ちゃん、可愛い。あっさり自白してうっかりサプライズ失敗してやんの」と口々に言いながら大笑いした。

 笑い転げる同居人達を一通り睨みつけて文句を言い返すと、死神ちゃんはフンと鼻を鳴らして口を尖らせた。やる気を削がれた死神ちゃんは、編み棒を横に避けると体育座りをしてすっぽりとポンチョの中に収まった。



 みんなが編み物に没頭し始めた頃、怒っていたはずの死神ちゃんはこっそりと笑顔を浮かべた。その微笑みは、とても幸せそうだった。





 ――――集中力を養うために始めたはずの編み物だったけれど、気がつけば心も身体も温かくなっていました。そう感じるのは、季節や気温を体感出来るようにと配慮されているからなのかなと思うとともに、〈人生のやり直し〉をさせてもらえたことを死神ちゃんは感謝しました。何故なら、そのお蔭で、この〈温かさ〉を知ることが出来たのDEATHから。

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