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旧 第115話 会議という名の②

 ダンッという音を立てて勢い良く空のデキャンタを置くと、ケイティーは満面の笑みで手を挙げた。



「お兄さーん、ワインおかわりねー!」



 その声にマッコイはぎょっとすると、顔をしかめさせた。



「ちょっとアンタ、もうデキャンタ飲み干しちゃったの!? いくら飲み放題だからって、早過ぎるでしょう! まだサラダしか食べてないっていうのに!」


「まだこのくらい序の口だもーん。ていうか、そういうのはいいんだって。あんたも、ね、飲もう?」



 ケイティーはニヤニヤとした笑みを浮かべると、マッコイの紅茶の入ったグラスに手を伸ばそうとした。軽くはたいてそれを阻止すると、マッコイはケイティーを睨みつけた。



「嫌よ。アタシがお酒嫌いなの、知ってるでしょう?」


「だから、その答えももう飽きたってば。ね、少しくらい、いいだろう?」


「嫌だってば」


「いいじゃないか、ケチ! ね、一杯くらいさ」


「い・や」


「何だよー! 一杯くらいだったら、どうってことないだろう? それに、私は全然(・・・・)気にしないし(・・・・・・)


「嫌ったら嫌!」



 プリプリとした怒り顔でツンと横を向いたマッコイに、ケイティーは口を尖らせた。そしてやってきたウエイターがケイティーとグレゴリーのグラスにワインを注ぎ、デキャンタを置いて立ち去るのを見送ると、彼女は不服顔でワインに口をつけた。

 サラダと真剣に向き合っていたグレゴリーはふと顔を上げると、ケイティーに向かってボソリと言った。



「いい加減、諦めろよ。そもそも、こいつが酒嫌いになったのはお前のせいなんだから」



 グレゴリーに窘められたケイティーは顔をくしゃっとさせると頭をガシガシとかいた。そしてグラスにワインを注ぐと、それを一気に飲み干した。

 気を取り直したかのように笑顔を浮かべると、ケイティーはオリーブの実を突きながら口を開いた。



「ところで、新入り(おはな)が入ってきてから半年が経過したね。今まで新入りが入ってきても、そこまでみんなの生活に変化が現れるってことはなかったけどさ。小花おはなの影響力はすごいね。死神課だけじゃなくて、〈社内〉全体にまでその影響が波及してさ」


「見た目は幼女・中身はおっさんってのが、やっぱインパクトがあって面白いものな」



 頷きながら、グレゴリーは近づいてくるグラタンを目で追った。そして目の前に置かれたそれを目を輝かせてまじまじと見つめると、嬉しそうにはふはふと言いながら黙々と食べ始めた。

 ケイティーは取り皿をグレゴリーの近くに置いて〈私にも分けて〉という無言の催促をしながら、ニヤニヤと笑って言った。



「一番変化があったのは、やっぱりこいつだよね。簡単に言って、金使いが荒くなったっていうか。今までしたこともないおしゃれをしだしたりさ、何もないに等しかった部屋にあれこれ買い足したりして。ついこの前なんて、ミニ冷蔵庫買ったんだよ、こいつ。どんだけだよ」


「料理する機会が増えたから、共用の冷蔵庫を〈アタシの使いかけ野菜〉で圧迫しないように買ったのよ。だから、別にかおるちゃんだけが原因ではないわよ。だって、アンタ、夏に泊まりに来たのをきっかけに、しょっちゅう食べに来るようになったでしょう?」



 マリネを突きながらマッコイが肩を竦めてケロリとそう言うと、ケイティーは顔をしかめさせた。



「何、つまり、私も原因の一因を担っていると。そう言いたいわけ」


「あら、違うの?」



 ちらりとこちらを見てくるマッコイに様相を崩すと、ケイティーはグレゴリーからグラタンを受け取りながら嬉しそうに言った。



「違わなーい。だって、あんたの作るご飯、本当に美味しいんだ! 私、マッコイんの子になる!」


「だから、自分と年の近い娘なんて要らないったら」


「何だよ、マッコイのケチ! ケチ!! ケチー!!!」



 子供っぽく腹を立てる素振りを見せるケイティーを見て、マッコイはクスクスと笑った。

 マッコイが運ばれてきたカルボナーラをフォークで絡めとっていると、ケイティーが無言で取り皿を近くに置いてきた。マッコイは呆れ眼でケイティーを見つめると、カルボナーラを取り分けてやりながら文句を垂れた。



「だから、各自食べたいものを好きに頼もうって決めてあったでしょう。どうしてアンタはいつもいつも、自分では頼まずに人のものを分けてもらおうとするのよ」


「だって、面倒くさいんだもの。――それに、文句言いながらもきちんと分けてくれるし」



 ケイティーが皿を受け取ろうとした瞬間、マッコイはスッと皿を自分の方に引いてフェイントをかけた。ケイティーが愕然とした表情を浮かべると、マッコイはため息をつきながら皿を手渡した。



「次からは、きちんと自分で頼みなさいね……」


「……ケチ」



 マッコイが今度こそカルボナーラを食べようとフォークを持ち上げると、グレゴリーがじっとカルボナーラを見つめていることに気がついた。どうしたのとマッコイが声をかけると、彼は皿から目を外すことなく言った。



「なあ、それ、チーズ入ってる?」


「ええ。ここのお店のカルボナーラは、ソースの隠し味にチーズを入れているのよ。良かったら味見してみる?」



 そう言って、マッコイはグレゴリーにもカルボナーラをお裾分けしてやった。グレゴリーは一口食べると、目を見開いて背筋を正した。そしてウエイターに声をかけると、ウエイターが来るまでずっとそわそわとし続けた。



「すみません、カルボナーラを一つ。あと、チーズハンバーグも」


「あ、それから、ミネストローネを一つ」



 ついでにマッコイも追加注文をすると、ケイティーが不思議そうに首を傾げさせた。



「普通、スープってパスタとかの前じゃない?」


「別にいいじゃない。だって、欲しくなったんですもの。それに、ここのミネストローネ、具沢山ですごく美味しいのよ」


「まあ、そうだよね。美味しければ何でもいいよね。あー、早く来ないかな。楽しみ」


「……だから、自分で頼みなさいよ」


「いいじゃないか、ケチ!」



 口を尖らせるケイティーを気にすることなく、マッコイはカルボナーラを口に運んだ。そしてグラスに口をつけると、口元を手で覆い隠して口の中のものを飲み下した。飲み下してすぐに、口元を覆い隠したまま彼は話し始めた。



「新人といえば。来年度はもっと増やすみたいね。増員なしの年もあったのに、今回は気前よく一気に〈一班に一人〉ですっけ?」


「おう。様子見て、もっと増員が必要なら更に増やすみたいだな。――小花が来てから冒険者数がオープン当初くらいにまで増加したみたいなんだけどよ、冒険者職の新規実装もあっただろう。それのせいで更に忙しくなったから、課長がウィンチ様に掛け合って魔道士様に直接頼んでくださったみたいでよ」


「増員があってもさ、副長を置いてくれることになったから、私達の負担もどっちかっつーと減るみたいだし。かと言って給料が下げられるわけではないし、良いこと尽くめだね! ――お兄さーん、ワインおかわりー!」



 元気よく手を振り上げながら、ケイティーは満面の笑みを浮かべた。やってきたウエイターが熱々のチーズハンバーグを机に置き、空いたデキャンタを持って去っていくのを見送りながらケイティーが「ミネストローネ、まだかな」と呟いた。マッコイは眉間にしわを寄せると、窘めるように言った。



「だから、自分で頼みなさいってば」


「やだ、面倒くさい! それに、私は分け合うのが好きなんだって! 同じ釜の飯を食うっていうかね!?」


「軍人時代の名残り? それとも単に甘えたさんなの?」



 運ばれてきたミネストローネを分けてやりながら、マッコイは首を傾げさせた。するとケイティーは椀を受け取りながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。



「甘えたさんは狂狐きょうこちゃんのほうでしょう? この前倒れた時、すっぽり布団の中に隠れたと思ったらひょっこり顔を出してさ、可愛い顔して私の特製レーションをおねだりしてきたもんね! あれ、めっちゃ可愛かったんだあ……!」


「おお、お前、〈第三〉に移動してから、人に甘えるのがどんどん上手くなっていってんな。いいことだよ。溜め込み過ぎはよくねえから」



 カルボナーラと格闘しながらグレゴリーが嬉しそうに目を細めると、マッコイは心なしか顔を赤らめた。そして顔をしかめさせると、ケイティーの目の前からミネストローネを撤去した。



「やっぱり、あげない」


「何でだよ、ケチ! ――ところでさ、来年度入ってくる予定の新人、みんなはどんな感じのやつがいい? 私は、可愛いのが入ってきてくれると嬉しいなあ。小花みたいなさ」



 虚空を見つめながらニコニコと頬をほころばせるケイティーに椀を返してやりながら、マッコイは「アタシは別に、普通でいいかな」と答えた。グレゴリーはホフホフとハンバーグを頬張りながら目を逸らした。



「俺は、サボったり行方不明になったりしねえやつなら……」



 疲れ果てた声色でボソリと言ったグレゴリーに同情の眼差しを向けると、マッコイとケイティーは呻くように嗚呼と返した。グレゴリーはワインに口をつけると、ため息をついた。



「ところでよ、お前ら、副長の推薦は済んだか?」


「ええ、うちは住職を推したわよ。課長もウィンチ様も〈彼なら〉って賛成してくださったから、彼が蹴らない限りはほぼ決定ね」


「うちも。切り裂き魔を推しといた。――もしかして、グレゴリー。あんた、早く見繕えって言われてるのに、まだ推薦出来てないの?」


「〈第二〉にいたお前らなら、分かんだろ。これが凄まじく難しい課題だってことはよ」



 ガシガシと頭をかいて肩を落とすグレゴリーを見つめると、マッコイとケイティーは揃って嗚呼と呻いた。グレゴリーは面倒くさそうに目を細めると、「思いつく人材がいたら、いつでも教えてくれな」と呟いた。二人は苦笑いを浮かべると、了承の意を込めて頷いた。

 マッコイは近くにいたウエイターを呼び止めると、紅茶のお代わりとティラミスを人数分頼んだ。グレゴリーが目をパチクリとさせると、マッコイはニッコリと微笑んだ。



「ちゃんとチーズ使われてるわよ」



 嬉しそうに目を細めたグレゴリーを呆れ顔で見つめると、ケイティーは声をひっくり返した。



「何であんた、いつも偏ってんの? 〈お肉だけ!〉とか〈魚だけ!〉とかさ。で、今日はチーズの日なわけ?」


「なあ、デザートの前に、この〈トマトクリームチーズフォンデュ〉っての、食っていい?」



 グレゴリーはケイティーの問いかけに答えることなくにこやかにそう言うと、店員を呼び止めて〈デザートの前にまだ食べたいものがあるから、デザートの注文は一旦止めておいて欲しい〉というお願いをしつつ、トマトクリームチーズフォンデュを注文した。

 マッコイは目をしばたかせると、呆れ気味にぼんやりと言った。



「やだ、まだ食べるの?」


「あ、そうだ、一番重要なの忘れてた。ピザも頼もう。――すみません、このチーズハニーピザっての、ください」



 マッコイとケイティーが呆れ果ててため息をついたが、グレゴリーはとても嬉しそうにそわそわとしていた。ケイティーは気持ちを切り替えるようにニコリと笑みを浮かべると、デキャンタのお代わりを注文したのだった。





 ――――こんな感じで、寮長達の定期飲み会はやっぱり、お開きのタイミングを逃してズルズルと続いていくのDEATH。

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