旧 第97話 死神ちゃんとオヒザスキーズ
死神ちゃんは〈担当のパーティー〉と共に〈一階の教会〉目指してダンジョン内を彷徨っていた。冒険者達は死神憑きとなったショックと不安で意気消沈し、普段以上にモンスターに怯えながら暗闇ゾーンを手探りで歩いていた。
死神ちゃんはとり憑いた戦士におんぶされていた。その背中の上で居心地悪そうにもぞもぞと動いていると、戦士が死神ちゃんにだけ聞こえるくらいの声でボソボソと話しかけてきた。
「もしかして、死神ちゃんも感じるのか」
「そう言うってことは、お前もか」
「ああ……。何か、ねっとりとした嫌な気配するけど、やっぱこれ、思い違いじゃあ無いんだな」
戦士が深いため息をつくと、彼の後ろで何かがどさりと倒れる音がした。戦士は漂ってくる血の香りに戦慄しながら仲間を呼び止めた。
おもむろに、死神ちゃんは後ろを振り返ってみた。そこには、見るも無残な姿と化した盗賊が倒れていて、死神ちゃんは思わず声を上げた。
「えっ、何で!?」
「どうした、死神ちゃん!」
「どこにもモンスターはいないのに、盗賊が首を撥ねられて死んでる……」
「まさか、嘘だろう!?」
信じたくないというかのように、彼らは悲痛な声でそう言った。
気分の悪いじっとりとした汗を額にかきながら、はやる気持ちを抑えつつ、僧侶は手探りで盗賊を探しだした。そして彼の死を確認すると「死神ちゃんの言っていることは本当だ」とか細い声で仲間に告げた。
蘇生魔法を試すにしても、呪文詠唱に時間がかかる。何が襲ってきているのかも分からないこの場でそれを行うのは危険だということで、彼らは盗賊の遺体を魔法の棺桶の中に収めた。そして〈一刻も早くここから立ち去ろう〉ということで、彼らは先を急ぎ始めた。
しばらくして、彼らは何とか暗闇ゾーンから抜けだした。しかし、ゾーンから脱したあとも薄暗い場所が続いたためか、彼らが気味の悪い雰囲気から解放されることはなかった。
一行は周りを警戒しつつも足早に進んでいた。しかし突如、魔法使いが小さく悲鳴を上げて立ち止まった。
「何だ、どうした!?」
「今、今、暗がりの中で目が光って――」
恐怖に塗り固められた表情で天井付近を指差していた彼女が、最後まで言い終えることはなかった。頭部を失った彼女がゆっくりと崩れ落ちていくのを見つめながら身を凍らせた彼らは、恐る恐る〈彼女が指差していた方向〉に目を向けた。するとそこには血走った目が四つ薄暗がりにぼんやりと浮かんでいて、それは唐突にフッと消え失せた。
一行は悲鳴を上げると、慌ててその場から走り去った。途中、魔法使いの亡骸を置いてきてしまったことに気がついたメンバーの一人が意を決して死体回収に行ったのだが、無事を知らせるかのように笑顔で手を振りながら戻ってきた彼は、パーティーと合流しきる前に仲間達の目の前で地に崩れ落ちた。
「一体、何が起きているんだ!?」
「暗がりに溶け込む何かから少しずつ攻撃を受けてるってことは、攻撃してきてる相手はモンスターではなくて同じ冒険者なのかしら……」
「とにかく、先を急ごう。〈三階〉に上がってしまえば〈祝福の像〉も使えるわけだし」
一行が頷き合っていると、人影が二つぬらりと現れた。死神ちゃんは顔をしかめさせると、思わず「げっ」と声を上げた。彼らの前に現れた二人は、いつぞやの〈膝小僧の大好きな女隠密〉と〈膝裏の大好きなおっさんドワーフ隠密〉だった。
「は!? 何、何だよ、死神ちゃんの知り合い!?」
戦士が怒りを滲ませると、死神ちゃんは慌てて否定した。隠密達は声を揃えて「つれないことを言う」と小さな声で囁くように言うと、何かを取り出してニタリと笑った。
「ねえ、何で今日は長ズボンなんて履いているの? 可愛らしいお膝が隠れてしまって勿体ないわ。ああでも、大丈夫。私ね、あなたのお膝にピッタリの半ズボンと靴下、そして靴を用意してきたのよ。ほら、可愛らしいでしょう?」
「折角だからより〈男の子に見える〉感じのデザインを、二人で話し合って選んだんだよ。さあほら、こちらにおいで。私が着替えさせてあげよう」
狂気に満ちた笑顔を浮かべる二人に対して、死神ちゃんだけではなく冒険者達も悪寒が走ったようだった。彼らは互いに目配せをすると、変態二人に聞こえないくらいの声で話し合った。
「ねえ、これ、死神ちゃんを差し出せば万事解決じゃない?」
「馬鹿か。死神憑きは死神から一定距離しか離れられないんだよ。だから、死神ちゃんを置いてはいけないんだよ。だからといって、俺はここに残りたくない」
「え、じゃあ、どうしたらいいのよ」
「よし、戦士、今すぐ死ね。そしたら俺、帰れるからさ。そうすれば、俺もお前らもあいつらから解放されてハッピーだろ」
「いやいや、待てよ。死ぬのだってごめんだよ!」
「なら、じゃあ――」
死神ちゃんが「走れ!」と叫ぶと、冒険者達は一斉に駆け出した。追い迫る隠密達から必死に逃げ惑う彼らを、すれ違った他のパーティーが呆然と見つめていた。彼らはそんなことを気にする余裕も「どいてくれ」と声をかける余裕もなく、一心不乱に走った。
隠密達は「戦士だけは絶対に殺すな」と声を掛け合いながら冒険者達に攻撃を仕掛け、通りかかっただけの無関係な冒険者が不運にもそれに巻き込まれていた。
戦士と共に逃げていた仲間二人は、変態どもの攻撃が被弾していつの間にやら逃走レースから離脱していた。残るは戦士と死神ちゃんだけとなり、彼と死神ちゃんは涙を薄っすらと浮かべながらもなりふり構わず走り続けた。
「頑張れ! お前が捕まったら、俺も一巻の終わりだ! 捕まるくらいなら、頼むから死んでくれよ!?」
「物騒なこと言うなよ! 絶対に、逃げ切ってみせる!」
しかし、そう言ってすぐに彼は足を縺れさせてすっ転んだ。死神ちゃんは絶望で顔を青ざめさせ、隠密達がじりじりと近づいてくる恐怖に身を震わせた。しかし、悦の表情で死神ちゃんに手を伸ばした彼らが死神ちゃんを捕まえることはなかった。
彼らが死神ちゃんを取り押さえようとした瞬間、戦士が灰と化したのだ。どうやら彼は偶然にも火吹き罠のある場所で転んだようで、立ち上がる前に炎が吹き出て丸焼きとなった。死神ちゃんは〈呪いの黒い糸〉が消え失せたのを目視で知ると、〈灰化達成〉の知らせと同時に壁の中へと引っ込んだ。
後日、隠密達が〈冒険者資格一時停止〉となったことを死神ちゃんは知った。彼らは小人族の冒険者の膝を度々狙っては迷惑をかけていたようで、大惨事を引き起こした今回の件がきっかけで、とうとう処罰を食らうこととなったらしい。
安堵のため息をつくとともに、死神ちゃんは情けない声でポツリとぼやいた。
「俺は一体、どんな服装でいれば襲われずに済むんだ? いっそ丸裸でいればいいのか?」
「それはそれで、喜ぶ変態が出てくると思うわよ」
マッコイが同情の笑みを浮かべると、死神ちゃんはがっくりと肩を落として深く深くため息をついたのだった。
――――変態が協力態勢を取り出すと、こんなにも手強くなるとは思いませんでした。しかしながら、変態趣味については特に非難はしませんが、他人に迷惑をかけるのだけは駄目だと思うのDEATH。




