旧 第91話 死神ちゃんと小さな勇者
死神ちゃんが〈二階〉にやってきてみると、緑の衣に身を包んだ小人族がコボルト相手に苦戦していた。彼は額に汗を浮かせながら必死になってコボルトをつついていた。
やっとの思いでコボルトを倒した彼は、ドロップしたアイテムを拾い上げると、両手で抱えるようにして持ち、恭しく頭上に掲げた。キラキラとした瞳で嬉しそうに頭上のドロップ品を見つめる彼の背後に回ると、死神ちゃんはワッと彼を驚かせた。彼は身体を大げさにビクリと跳ね上げて驚いた。その際、手からアイテムが転がり落ち、キャッチし損ねた彼はベシャリと音を立てて前のめりに倒れた。
死神ちゃんは意地悪く笑いながら謝罪の言葉を述べ、そして彼に手を差し伸べた。彼は目にいっぱいの涙を溜め、ぷっくりと頬を膨らませて不満を露わにしつつも死神ちゃんの手をとった。
いまだご立腹の彼に苦笑いを浮かべると、死神ちゃんはハッと顔をしかめさせて慌てて辺りを見回した。そんな死神ちゃんを見て不思議そうに首を傾げさせる彼に、死神ちゃんは頬を引きつらせた。
「いや、お前みたいなのを溺愛している妖怪みたいなヤツがいるんだよ。〈可愛い子をいじめた〉とか何とか言って、沸いてこないよなと思って……。そいつ、保護を謳って拉致監禁しようとしてくるから、お前も気をつけたほうがいいよ」
死神ちゃんがぐったりと肩を落とすと、彼は頷きながらも〈それは困った〉と言いたげにしょんぼりとした。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼はどこからともなく紙芝居を取り出した。そして、彼はクレヨンで描かれた可愛らしい絵柄の紙芝居をペラペラと捲りだした。
それによると、彼はいくつもある小人族の里のうちの一つの出身で、そこの里のピンチを救うべく選ばれた〈勇者〉なのだそうだ。里に平和をもたらすためはるばるこのダンジョンへと仲間の女性とともにやって来たのだそうだが、その彼女ともはぐれてしまったらしい。そして一生懸命探してはいるものの、いまだ彼女を発見できていないのだそうだ。
小さな勇者は〈女性を探す勇者のシーン〉の紙を掲げたまま、しょんぼりと表情を曇らせた。死神ちゃんは苦々しげな表情で目を細めると、低い声でボソリと言った。
「もしかして、妖怪に保護されてたりしてな……」
死神ちゃんがそう言うと、小さな勇者は潤んだ瞳から涙をブワッと溢れさせた。死神ちゃんは必死に、「まだそうとは決まったわけじゃないから」と彼を宥め、あやした。
彼は涙を拭うと、キリッとした表情で〈女性を探す勇者のシーン〉の紙をブンブンと振った。どうやら、捜索を再開すると言いたいらしい。いそいそと紙芝居を仕舞い込む小さな勇者を呆れ眼で見つめると、死神ちゃんはぼやくように言った。
「ていうか、何で紙芝居なんだよ。普通に喋ればいいだろ? それとも、お前、もしかして言葉が話せないのか?」
小さな勇者は死神ちゃんのほうを振り向くと、照れくさそうに頬を染めて頭をかいた。死神ちゃんはハンと息をつくと「結局どっちなんだよ」と呟いた。
小さな勇者は短剣の柄でコツコツと壁を叩き、時折立ち止まってオカリナを吹き、ダンジョン内に響いていく音に耳を傾け、何かに納得して頷きということを繰り返しながら慎重に辺りを探り歩いた。そして遠くの方にいるモンスターはブーメランで攻撃し、近くの敵はコボルトの時と同様に短剣でチクチクとやりあった。
彼はアイテムを入手するたびに嬉しそうに頭上に掲げていた。後ろをついて歩いていた死神ちゃんは何度目かのそれを目撃した際、思わずため息をついて文句を垂れた。
「なあ、それ、毎回やる必要あんの? しかも、そんな腐った革鎧を手に入れたところで、嬉しかないだろう」
小さな勇者は照れくさそうにもじもじとしながら頭をかくばかりで、死神ちゃんは肩を竦めると興味を失くしてそっぽを向いた。
小さな勇者の探索活動はその後も続いた。短剣の柄で壁を叩いて回っているとコツコツではなくキンキンという音が響く場所があり、彼は期待に目を輝かせて勢い良く顔を上げた。そこの壁は隠し扉となっていて、彼が壁を叩くのをやめると石造りの壁が重々しくゆっくりと開いた。〈早く帰りたい〉と考えながら足元の石を蹴って暇つぶしをしていた死神ちゃんは、ふと顔を上げると面倒くさそうな表情を浮かべた。何故なら――
「おう、誰だい」
そう、その扉は〈マンドラゴラの巣〉に繋がる扉だったからだ。
小さな勇者はマンドラゴラ相手に例の紙芝居を見せ、身振り手振りで必死に情報を得ようとしていた。しかし、マンドラゴラの元には何もそれらしい情報が入っていないようで、マンドラゴラは熱い涙を流しながら役に立てないことを詫びていた。
マンドラゴラは小さな勇者に茶を勧めながら、不思議そうに顎を擦った。
「ところで、兄さん。死神にとり憑かれたままダンジョン内を彷徨いていいんですかい?」
小さな勇者はマンドラゴラの言葉に驚くと、死神ちゃんのほうを勢い良く振り向いた。そして苦笑いを浮かべる死神ちゃんに近づくと、ムスッとした顔で死神ちゃんをポコポコと殴り始めた。
「何だよ、聞きもしないから知ってるもんだと思ってたよ! ていうか、そんな攻撃したところで、もうとり憑いてるから意味ないから! 教会で祓うか、お前が死ぬかしてもらわないことには、帰れと言われても帰れないんだよ!」
小さな勇者は落胆のため息をつくと、マンドラゴラにペコリと頭を下げて〈巣〉を後にした。どうやら彼は探索を一旦打ち切って〈お祓い〉をすることに決めたようで、〈一階〉に向かって歩き出した。
途中、彼はモンスターに出くわした。鶏に似た見た目の、コカトリスというモンスターだ。彼はフンと気合の篭った息をつくと、短剣片手にチクチクと戦闘を開始した。
なんとかコカトリス討伐に成功した彼は、例のごとくアイテムを拾い上げて頭上に掲げた。それと同時にどこからともなく地鳴りのような音が聞こえてきて、死神ちゃんは音のする方に目をやり、そして思わず顔をしかめさせた。
大量のコカトリスが、凄まじい速度でこちらに向かってきていた。どのコカトリスも怒りで目をギラギラとさせており、けたたましい声を轟かせながら一心不乱に頭を前後に振り羽をばたつかせていた。
死神ちゃんはコカトリスに取り囲まれ、嘴で突いてまわられ、そして踏みにじられる小さな勇者を呆然と見つめた。そして思わず「何で?」と呟いた。何故なら、冒険者がコカトリスを倒した際に、このような事態に見舞われるところなど一度も見たことがなかったからだ。
押し寄せてきた時と同様に猛烈な勢いでコカトリスの群れが帰っていくと、そこには満身創痍の小さな勇者が転がっていた。死神ちゃんは彼に駆け寄ると、屈んで彼の顔を覗き込んだ。
「お前、鶏に何か恨みでも買って、呪いでもかけられてるのか?」
すると、小さな勇者は悲しそうな表情を浮かべた。そして、小さくポツリと「みんなには内緒だよ」と言いながら、彼は灰へと姿を変えた。
「何だよ、喋れるんじゃないかよ!」
円錐形に積もりゆく灰を見つめながら、死神ちゃんは腹の底から叫んだのだった。
――――仲間の彼女を救い出し、知恵と勇気と力を手に入れて、彼が本物の勇者となる日はまだまだ先のようDEATH。




