旧 第87話 死神ちゃんと機械人形(?)
死神ちゃんは目の前の〈担当のパーティー〉と思しき冒険者を見て、思わず目を見開いた。そして、瞳をキラキラと輝かせると、喜々として走り寄った。
「凄いな! まさか、外の世界にも機械人形が存在するだなんて!」
死神ちゃんは興奮で頬を朱に染めながら、目の前のそれのあちこちをぺちぺちと触った。すると、ビットを思わせるような風貌のそれは死神ちゃんを見下ろして、不思議そうに首を傾げさせた。しかし、それは不意に顔を上げ、そして慌てて死神ちゃんを抱きかかえると、凄まじい速度で何処かへと走り出した。
死神ちゃんはぽかんとした顔で機械人形を見上げた。直後、何かが爆ぜるような音が聞こえて、死神ちゃんは慌てて音の聞こえた方に目をやった。すると、先ほどまで死神ちゃん達のいた場所が何故か炎上していた。
「えっ、何、どうして――」
「話は後で。とにかく、今は逃げなければ」
機械人形はくぐもった声でそう言うと、走る速度を加速させた。まるでいつぞやの暴走飛竜のような速度で疾走するそれは、壁を蹴り、時には身をくるりと前回転させながら、ダンジョンの奥へ奥へと突き進んでいった。
先ほどの場所からはかなり離れた、少し拓けた場所にやってくると、死神ちゃんと機械人形はようやく落ち着いて腰を落ち着けられるようになった。死神ちゃんは少しだけ眉根を寄せると、機械人形を見つめてぼやくように言った。
「お前、何か人に恨みを買うようなことでもしたのか?」
機械人形は首をゆっくりと横に振り否定すると、肩を落としてぽつぽつと話し始めた。
何でも、彼(?)は〈召喚士でなくても外界の住人やモンスターと召喚契約が出来るようになる指輪〉という魔法アイテムを手に入れるために、このダンジョンにやってきたのだそうだ。
彼の住む街は海に面した自然豊かなところなのだそうだが、近年は海賊に悩まされ、漁業もままならないらしい。平穏を取り戻すべく、街の住人は自警団を結成し、彼もそこに属して海賊どもと戦っているのだという。
そんな彼が何故、そのような指輪を求めてダンジョンにやって来たかというと、海賊達は戦いを優位にするために外界からモンスターを召喚したそうなのだが、そのモンスターが何故だか良くは分からないが、うっかり彼になついてしまったのだそうだ。そして、海賊側の召喚士との契約を無視して、こちらの世界に居座り続けているのだという。
「だからと言って、形勢逆転出来たというわけでもなくてね。そのモンスターは、生き物の精気を吸い取ってしまうんだよ。だから、ずっと居座り続けられるのも、結構迷惑で」
「ああ、だから、懐かれてるお前が指輪を使って再契約して、それでとりあえずは元の世界にお帰り頂こうというわけか」
「そういうこと。私の言うことなら、もしかしたら聞くかもしれないからということでね」
彼が頷いてそう言うのを、死神ちゃんはふんふんと首を揺り動かしながら聞いていた。そして眉間にしわを寄せると、心なしか首を傾けた。
「ていうか、機械人形も精気吸われるとかあるんだな。それともあれか? 住人は別に、お前みたいな機械人形ではないとかなのか?」
「君はさっきから不思議な言葉を口にするね。機械人形とは、そもそも何なんだい?」
彼は不思議そうに首を傾げさせて、死神ちゃんをまじまじと見た。死神ちゃんがたどたどしく、そして大雑把に説明をすると、彼は背を反らして驚いた。
「そんな高度な科学が存在するんだ! もしかして、あの国が実はそういうものを作っていたりするんだろうか。それとも、あっちの国のことなのかなあ?」
死神ちゃんは〈意を解さない〉と言いたげなしかめっ面を浮かべた。すると彼はあっけらかんとした口調で言った。
「私は普通に、人間だよ」
「は!?」
「いや、むしろ人間以外に、何があるっていうんだい?」
「なんだよ、人間だったのかよ! 紛らわしいな!」
死神ちゃんは悪態をつくと、〈凄いと思って損した〉と言わんばかりにほっぺたをぷっくりと膨らませてプスプスと不満を露わにした。彼は苦笑すると、腿に腕を乗せて背中を丸めさせた。
「この鎧は特注品でね。これを着ていないと、例のモンスターに精気を吸い取られてしまうから……。あいつ、どんなに引き剥がしてもまとわりついてくるんだよ。いくら命があっても足りないったら……」
全身鎧の彼はがっくりと肩を落とし頭を垂れると、盛大にため息をついた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、同情の言葉をかけようと口を開きかけた。しかし、その口から出てきたのは別の言葉だった。
「なあ、もしかして、〈例のモンスター〉って、こいつ……?」
「あああああ、もう! やっぱりダンジョンまで付いてきてた!」
死神ちゃんが指差したものを見て、全身鎧は頭を抱えて叫んだ。それはクラゲのような形をしたモンスターで、死神ちゃん達の頭上をふよふよと嬉しそうに飛び回っていた。
「もしかして、さっきの爆発もこいつのせい?」
「いや、それはまた別で――」
全身鎧が顔を上げて死神ちゃんの方を向くと、遠くからドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。その足音に彼がため息をつくのと同時に、〈足音の主〉が姿を現した。
ガラの悪そうな有翼の竜人族は彼を指差して睨みつけると、地団駄を踏みながら管を巻いた。
「おうおうおうおう、てめえ、よくも逃げやがったな! ――あっ、俺の可愛いクラーケンちゃん! あんなやつに懐くのなんてやめて、戻っておいで! ほら、ちーちちちちち!」
全身鎧の傍らにクラゲが浮いているのに気付いた竜人族は一転してデレデレとした表情を浮かべると、一生懸命にクラゲの気を引こうとしていた。しかし、それも虚しく威嚇され、彼はしょんぼりと肩を落とした。
気を取り直したかのように背筋を伸ばすと、竜人族は全身鎧に啖呵を切って攻撃行動に出始めた。もはや八つ当たりではないかと言いたくなるような、いい加減で乱暴な攻撃を、全身鎧はひらりひらりと躱していた。
死神ちゃんはそんな彼らの様子を、膝を抱えて呆然と眺めていた。全身鎧は魔法も使えるようで、竜人族めがけて氷魔法をビームのように放っていた。そこにクラゲも参戦したものだから、戦いはとてもややこしいことになっていた。
本来の契約者であるはずの竜人族が精気を吸われかけ、彼を助けてやろうと間に入った全身鎧が必死にクラゲを押し戻そうとしていた。しかしクラゲは全身鎧にじゃれつこうと必死に間合いを詰めていた。
おしくら饅頭のような揉みくちゃの状態でよろよろとしていた彼らは、足元にある〈罠のスイッチ〉に気づかなかった。案の定、彼らはそれを踏み、二人と一匹は凄まじい爆発に飲み込まれた。
爆発の衝撃で空中に舞い上がった全身鎧を、〈このまま灰化して終わりかな〉と思いながら死神ちゃんはぼんやりと眺めていた。そして、思わず叫んだ。
「お前、女だったのかよ!」
宙で身をを仰け反らせた全身鎧は、あまりの衝撃の凄さで身につけていた鎧がはじけ飛んでしまっていた。その鎧の中から現れたのは、長い金髪をたなびかせた魅惑のレオタード美女だった。
そのままサラサラと散っていく彼女を呆然と見つめながら、死神ちゃんはポツリと呟いた。
「あれかな、ガラの悪いトカゲのおっさんよりも、母性ありそうな美女のほうがよかったのかな、やっぱり……」
そしてため息を一つつくと、死神ちゃんは「ていうか、女だったのか……」と呟きながら壁の中に姿を消したのだった。
――――機械人形だと思ってたら実は人間で。男だと思ってたら実は女で。〈人は見かけ通りではない〉ということは、自分が〈見た目幼女、中身おっさん〉ということもあって重々承知していたはずだったのですが、今回は改めて、それを再確認させられたのDEATH。




