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旧 第86話 死神ちゃんと祓魔師

 死神ちゃんが〈二階の回復の泉〉の近くへとやって来てみると、司祭らしき美女が長い脚を組み優雅にティータームと洒落こんでいた。その周りではかんなぎの女性と陰陽師の男性が忙しなく動き回り、司祭の世話を焼いていた。

 死神ちゃんはどことなく鈍臭そうなノームの巫に目標を定めると、彼女の頭上へそろりそろりと近づいた。そして眼前に急降下して驚かそうとしたのだが、死神ちゃんはタイミングと速度を誤った。


 巫は突如目の前を通過した黒い物体が自身の胸元に顔を埋めているのを不思議そうに眺めた。そしてニッコリと笑うと、胸元のそれ(・・・・・)の頭巾越しに〈よしよし〉をした。



「あら、あなた。どこから来たの? 迷子か何かかな?」



 そんな和やかな様子の巫を見て陰陽師はわなわなと震えると、彼はすかさず彼女の胸からそれ(・・)を引き剥がし、そして壁に向かって思い切り投げ捨てた。それ(・・)が踏み潰されたカエルのような呻き声を上げてズルズルと地面に落ちていくのを睨みつけながら、陰陽師はそれ(・・)を指差して喚き散らした。



「何やのん、お前! 俺かて許されておらへん〈おっぱいダイブ〉をいとも簡単に成し遂げるだなんて! 何ていう破廉恥! 何てうらやま――」


「うるさい、黙れ」



 優雅にお茶を楽しんでいた司祭は呆れ眼で陰陽師をひと睨みすると、彼を棍棒で殴り倒した。彼は何故か嬉しそうに司祭に擦り寄っていき、そして更に殴られた。

 司祭はため息をつき、自前の椅子に腰かけ直すと、陰陽師を足蹴あしげにしながら言った。



「まったく。いくらあんたがエロの権化だからってね、嫉妬心で幼女を投げ飛ばすとか、本当にあり得ないわよ」


「えっ、幼女?」



 踏みつけられながら、陰陽師は自分が投げ飛ばしたものの方を見やった。視線の先では、死神ちゃんが壁に手をついてよろよろと立ち上がっていた。



「別に、破廉恥なことしようと思ったわけじゃなくて。ちょっとしたアクシデントだったんだがな……」



 死神ちゃんは巫に謝罪すると、そう言って陰陽師を睨みつけた。彼は地べたに這いつくばったままカサカサと死神ちゃんに近寄り、そして死神ちゃんの両手を握って爽やかに笑った。



「お嬢さん、先ほどは失礼致しました。お詫びと言ってはなんですが、僕とお付き合い致しませんか? 今から大体、十年くらい経ってから。それともアレですかね、お嬢さんは小人族コビートですかね? だったらもう、今すぐにでも……」


「お前、何なんだよ。節操ないな……」



 死神ちゃんが呆れ果ててげっそりとすると、司祭がつかつかと近づいてきて陰陽師の腹めがけて棍棒をスイングさせた。無様な呻き声をあげて地に沈んでいく彼を構うこと無く、司祭はニッコリと笑って死神ちゃんの頭を撫でた。



「本当にもう、ごめんなさいね。――って、あら、あなた、死神なの」



 司祭は一転して顔をしかめさせた。どうやら彼女は熟練度の高い司祭のようで、死神ちゃんに触れただけで〈死神である〉と理解したらしい。

 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、彼女はため息を一つついた。そして彼女は長い髪をなびかせ、悩ましげなボディーを誇示するように立つと、ダンジョンの奥を見つめて言った。



「まあ、いいわ。どうせ私がこの階層で死ぬことはないし。このまま訓練しに行きましょう」



 司祭はこの街に事務所を構える有名な祓魔師ふつましだそうで、本日は新しく入ったアルバイトの二人の研修にやってきたのだそうだ。ダンジョンの外の世界にもゾンビや幽霊というのは存在するそうで、この世に未練を残してモンスター化した人々を極楽にかせてあげるのが彼女達の生業らしい。


 陰陽師は三人分の荷物を無理矢理にまとめた荷物を必死の形相で背負い上げると、耳を澄ませないと聞こえないくらいの小さな声でブツクサと文句を垂れた。



「まさかこんな、超薄給でここまでこき使われるとは思わなかった。しかも〈私がこの階層で死ぬことはないし〉だと? つまりは、俺らは死ぬかもしれないということじゃないか。こんな資本主義のブタ女のために命を捨てる気か? 逃げるなら今しかない! そうだ、こんな……」



 どうやら彼らアルバイトは凄まじくブラックな契約を強いられているらしい。それならば何故陰陽師は働き続けているのだろうと死神ちゃんは首を捻った。すると、司祭は彼の腕をとり、ぴったりとくっついて「先に進みましょう」と微笑んだ。陰陽師は二つ返事で了承しながら、デレデレと目尻を下げ、自分の腕に押し付けられている胸を食い入るように見ていた。その様子に、死神ちゃんは顔をしかめさせると深くため息をついた。


 彼らはゾンビの巣窟にやってくると、司祭の指示の下、戦闘訓練をし始めた。陰陽師は御幣ごへいをまるで棍棒のように使用してゾンビを殴り、巫は御札で攻撃を行った。

 彼らの武器はとても質素でボロっちかったのだが、司祭の装備がとても整っているところを見るに、彼女はアルバイトの給料だけでなく経費などもケチりにケチっているようだった。


 へっぴり腰の陰陽師にため息をつくと、司祭は「お手本を見せる」と言って棍棒を構えた。そしてゾンビが可哀想に思えてくるほどのえげつなさでソンビを殴打しまくっていた。

 死神ちゃんは眉間にしわを寄せて口をあんぐりと開けると、思わずポツリとこぼした。



「浄化魔法とか使わずに物理で一掃かよ。そんなんだったら、祓魔師じゃなくても悪霊退治業が営めるだろ」


「ところがどっこい。この棍棒を扱うには、それなりに退魔の力を持っていないと駄目なのよね。御札や御幣だって、そう。ただ殴り倒しているように見えて、その実、きちんと浄化もしているのよ?」



 言われてみれば、崩れ落ちていくゾンビが心なしか神聖な光に包まれているような気がした。死神ちゃんは不承不承ながらも頷くと、ふよふよと飛んで高台に移動した。腰を下ろした膝に肘ついて頬杖すると、彼らの訓練を傍観するという退屈な作業に従事することにした。



「さ、ここはゾンビの巣窟ですからね。どんどこゾンビが湧いてくるわよ。片っ端から倒していかないと、ゾンビで溢れかえってスシ詰めに遭うからね。ねっとりとした腐乱死体にハグされたくなかったら、手早く倒しなさい」



 司祭はそう言ってニコリと笑うと、腕を組んで壁にもたれかかった。アルバイト達は頬を引きつらせると、ゾンビに必死の形相で武器を振りかざした。


 一生懸命に戦う彼らを司祭が憂いの表情で見つめていることが気になり、死神ちゃんは彼女の横に移動した。すると、彼女は死神ちゃんをちらりと見ること無く、アルバイト達をぼんやりと眺めながらぼやくように言った。



「最初、あの子達がアルバイトの面接に来た時、〈タダ同然でこき使える、いい奴隷が手に入った〉と思ったのよ。でもね、二人とも、意外と素質があって。特にあの陰陽師。あの子、実はすごいパワーを秘めてるみたいでね。だからどうにか成長してもらいたいんだけど……」


「退魔の力を全然持っていないように見えるんだが。本当に素質あるのか?」



 目に涙を浮かべながら抱きついてくるゾンビを引き剥がし、一心不乱に御幣を殴りつけている陰陽師を眺めながら、死神ちゃんは首を傾げさせた。司祭は苦笑いを浮かべると、困ったように〈うーん〉と唸った。


 モンスターに対して腰が引けすぎのアルバイト達は、攻撃を仕掛けたゾンビですら倒しきることが出来ずにゾンビに囲まれてしまった。司祭は軽くため息をつくと、彼らを助けようと武器を手にした。

 鼻水まで垂らしながら情けなく泣きじゃくっていた陰陽師は、司祭が近づいてくるのを見るや否や、彼女に走り寄った。そして、彼女の背後に回り込むと、あろうことか彼女の胸を両手でむんずと掴んだ。



「いやや! まだ死にとうない! 死にとうないけど、どうせ死ぬなら最後に女子おなごのおっぱいの感触を知ってから死にたい!」


「は!? あんた、馬鹿でしょ! ちょっと、離しなさいよ!」


「ああ、なんて柔らかい――」



 死神ちゃんは思わず目を見開いた。何故なら、うっとり顔で司祭の胸を揉みしだく陰陽師のその手を中心に、眩い光が集まってきたからだ。そしてそれは部屋全体を覆い尽くし、ゾンビを一気に浄化しただけでなく大爆発を引き起こした。

 死神ちゃんはもうもうと立ち上る煙にごほごほと咳き込みながら、いまだぽかんとしていた。まさか、よこしまな思いから神聖な光が生まれるとは――。


 それにしても、と思いながら死神ちゃんは顔をしかめさせた。目の前には、惨憺さんたんたる瓦礫の山がそびえ立っている。



「夏休み中に直したのに、また大工事が必要とか、〈修復課〉も災難だな……」



 死神ちゃんはため息をつくと、報告の無線を入れるために腕輪を操作した。





 ――――御札だけを装備した破廉恥な巫も過去にはいたけれど。もしかして、エロスは最強の〈力〉だったりするのDEATH?

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