表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/42

旧 第83話 死神ちゃんとドライバー

 死神ちゃんはダンジョンに降り立ってすぐに、〈担当のパーティー(ターゲット)〉の位置を確認すべく地図を開いた。そして思わず顔をしかめさせ、少しだけ身を仰け反らせて空中投影されている地図から顔を離した。

 地図に表示されているターゲットの位置が、とてつもない早さで更新されていくのだ。腕輪に不具合でも生じたのかと思い、死神ちゃんが首を傾げさせると、遠くの方から爆音が聞こえてきた。


 地図上のターゲットの位置も爆音も、死神ちゃんの方に近づいてきていた。死神ちゃんはしかめさせたままの顔を上げると、音の聞こえてくる方を見やった。そしてすぐさま顔を青ざめさせ、腹の底から叫んだ。



「ぎゃあああああああ!!」



 小型の飛竜が五匹、けたたましい鳴き声を上げて死神ちゃんを貫通しながら飛んでいった。あまりの衝撃に度肝を抜かれた死神ちゃんがその場で硬直していると、飛竜達が通過していった方角から「今、人をねなかったか」という声が聞こえてきた。

 ふるふると小刻みに震えながら、死神ちゃんは飛竜の飛んでいった方向へゆっくりと身体を向けた。すると、飛んでいったはずの飛竜達がのそのそと歩いて戻ってきた。どの飛竜の背中にも人が一人ずつ乗っていて、先頭の飛竜だけは二人が乗車していた。


 彼らは死神ちゃんの近くで静止すると、先頭の二人だけ飛竜から降りた。人間ヒューマンと〈小人族コビート〉の二人は死神ちゃんに近づくと、申し訳なさそうに頭を掻いた。



「えっと、あの、お怪我はないですかね」



 へこへこと頭を下げる人間に構うことなく、〈小人族〉の少年が呆然とする死神ちゃんにペタペタと触った。



「怪我はなさそうだっぺ」


「えっ、何……。お前ら、何……」



 いまだ震えたままの死神ちゃんは低い声でポツリとそう言った。すると、少年が得意げに胸を張った。



「おいらの竜騎士団、格好いいだっぺ!」


「いや、竜騎士って、冒険者職になかったよな」



 死神ちゃんが眉間のしわを更に深めると、少年は満面の笑みで話し始めた。

 彼は数ある〈小人族コビートの里〉でも特に大きな里の一つで代々続く金持ちの家のお坊ちゃんなのだという。そんな彼が何故ダンジョンにやってきたのかというと、彼の父親はいわゆる〈週末冒険者〉だそうなのだが、先日趣味の冒険に出たきり帰って来ていないのだそうだ。そのため、彼は父を探しに来だのだという。

 彼には小さな頃から好きで読んでいた物語があるそうで、その中に登場する〈竜騎士〉というものに強く憧れを持っていた。しかし、近年、竜人族ドラゴニュートに配慮してドラゴンに〈乗車〉するのは基本的に禁止されている。それでも憧れを捨てきれなかった彼は〈ダンジョン内なら咎められることも無いだろう〉と思い立ち、父探しに乗じて〈竜騎士団〉を結成したのだそうだ。



「とはいえ、彼らはみんな召喚士で、本物の騎士ではないだっぺ。でも、格好良さは変わらないだっぺよ!」


「ああ、そう……。ていうか、そんなことより、こんな狭いダンジョン内で激走するのはやめてくれないかな」



 死神ちゃんがげんなりとした顔つきで肩を落とすと、少年は首を傾げさせた。



「交通ルールは守ってるだっぺよ? 戦闘も安全第一だっぺ。なにせ、おいら達のキャッチコピーは〈戦う交通安全〉なんだっぺ!」


「どこが安全なんだよ! そもそもお前ら、俺のこと、しっかりいてたから! 全然〈安全〉じゃねえよ!」



 憤る死神ちゃんをじっとりと見つめると、少年は不服そうに口を尖らせた。



「嘘だっぺ。だって、君、傷一つないだっぺ」


「それは俺が死神だからな。お前ら、俺を貫通して通り過ぎていったんだよ。被害者が俺でなかったら、今頃ここにはスプラッタが転がってただろうな!」



 死神ちゃんと少年がいがみ合う横で、召喚士の男性が胸に手を当てた。そして彼はぽつりと呟いた。



「よかった……。俺、また免停食らうのかと心配してたんだよ……」


「いや、過失運転致死は免停じゃ済まないだろう……」



 死神ちゃんは呆れ顔で男を見上げて言った。すると、彼はしょんぼりと肩を落としてブツブツと文句を垂れ始めた。

 召喚士である彼らは元々配達業を営んでいるのだそうだ。〈ドラゴン搭乗禁止法〉によって同業者が廃業に追い込まれる中、彼らは〈異世界から召喚したドラゴンであれば竜人族とも無関係だから、搭乗しても良い〉という逃げ道を利用して生業を続けてきた。法的には許されているとはいえ、それでも人権団体からの圧力があり、業績はいいとは言えないらしい。

 だからこそ彼らは揉め事を起こしたくないと常々思っているそうなのだが、このダンジョンへ向かう途中、少年にせがまれて仕方なくドラゴンライドして事故を起こしたらしい。



「宅配業など、国に登録している用途以外では搭乗したら駄目なんだよ。それなのに、坊っちゃんは〈乗らせろ〉と言って聞かなくて。おかげさまで、うっかり馬車と正面衝突さ。奇跡的に怪我人が出なくて、本当に良かったよ……」


「そもそも、宅配業者が何で父親捜索を手伝ってるんだよ」


「最初は〈運んで欲しいものがある〉って声をかけられたんだ。だから仕事かと思ってたら、これだよ。俺ら、騙されたんだよ。でも、多めに報酬を払うって言うから、傾いた会社を立て直すために仕方なく……」



 死神ちゃんはあんぐりと口を開くと、男を同情の眼差しで見つめた。いつぞやの〈くっ殺OL〉の時にも思ったことだが、どこの世界も〈会社勤め〉や〈会社経営〉というものは実に世知辛いものらしい。


 召喚士の男はため息をつくと、少年と死神ちゃんに〈飛竜の背に乗るように〉と促した。そして彼らは、お祓いをすべく〈一階の教会〉へと向かうことにした。


 死神ちゃん達がドラゴンの背に乗ってしばらくは、飛行はせずにペタペタと歩いて移動していた。あまり飛び続けるのは、ドラゴンにとっても搭乗者にとっても体力的な意味で良くないらしい。

 他の召喚士達はドラゴンの背中から降り、各々の相棒と一緒にゆったりと歩いていた。死神ちゃんと少年だけは背中に乗せてもらっていたのだが、死神ちゃんが飛竜の背中を撫でてやると、飛竜は長い首を死神ちゃん達の方へと振り、嬉しそうにチロチロと頬を舐めてきた。

 途中、彼らはモンスターと遭遇した。彼らは先ほど言っていた通り、安全第一の戦闘スタイルをとっていた。戦闘が終わると、召喚士達は相棒の頭を撫で、ご褒美を与えてやっていた。出会い頭の〈激走〉がまるで嘘のような、とても和やかな旅路だった。


 そろそろ飛行しようかということになり、彼らは飛竜に跨ると他の冒険者の邪魔にならない天井スレスレに舞い上がった。そして再び、あの〈激走〉をし始めた。

 凄まじいスピードで疾走し、壁にぶつかるかどうかスレスレで曲がり角をドリフトしていく彼らは、お世辞にも〈安全運転〉をしているとは言い難かった。うっかり冒険者を轢かないために警告を兼ねてドラゴンが鳴き声を上げているそうなのだが、それはさながら〈爆音を撒き散らかす暴走族〉のようだった。


 死神ちゃんは歯を食いしばって必死にドラゴンの背中にしがみついていた。一方、少年はとても楽しそうに笑い声を上げていた。

 甲高い少年の笑い声とドラゴンの地鳴りのような鳴き声を轟かせながら、彼らは激走を続けていた。すると、笑い続けていた少年が突如「お父ちゃん!」と叫んだ。彼の叫び声に釣られて、死神ちゃんは少年が見ている方向に視線を送った。そこには〈小人族コビート〉らしき〈ちっこいおっさん〉と、更には見覚えの(・・・・)ある女(・・・)が確かにいるように見えた。



「止めるんだっぺ! あれは確かにお父ちゃんだっぺ! お父ちゃーん!」



 少年の必死の訴えに、召喚士は慌てて急停止した。しかし、それが悲劇を生んだ。父らしき姿に気を動転させた少年は、うっかり手綱を手放していた。そんな状態で急停止したため、彼の身体は前方へと思いきり投げ出された。

 壁に激突しサラサラと散っていく少年を呆然と見つめながら、召喚士は「今度こそ免許取り上げかな」と瞳を潤ませた。死神ちゃんは彼に同情と励ましの言葉をかけると、ふわりと浮かび上がった。そして飛竜の頭を撫でると、そのまま壁の中へと姿を消した。


 後日、ダンジョンの入口には〈飛竜に搭乗し飛行することを禁止する〉という旨の立て看板が立ったという。





 ――――ふかしていいのは〈勇気のアクセル〉だけ。たぎらせていいのは〈元気のエナジー〉だけ。憧れ抱いて激走するのはいいけど、実被害を出してはいけないのDEATH。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ