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旧 第81話 死神ちゃんと真の勇者

 死神ちゃんは〈担当のパーティー(ターゲット)〉らしき戦士の近くまでやってきて、〈どうとり憑いてやろうか〉と思案した。

 傷だらけになりながらも一生懸命にモンスターと戦う戦士を死神ちゃんが眺めていると、彼は戦闘の終わりにドロップした短剣をしげしげと観察し始めた。そして、あろうことか、彼はそれを自分の胸に深々と刺した。

 突然の出来事に死神ちゃんが呆然としていると、彼の死体は光りに包まれてその場から消え失せた。近くにある〈祝福の像〉に行ってみると、ちょうど彼が生き返る瞬間を目撃することが出来た。光の中で再生され、息を吹き返した彼はとても満足気な、つやつやとした笑みを浮かべていて、死神ちゃんは思わず「おかしいだろ!」と抗議しながら戦士の眼前へと出て行った。



「おかしいとは、一体何のことだ?」


「いや、自分に短剣突き立てて死んでおいて、何で嬉しそうに復活するんだよ! どんだけマゾなんだよ、お前!」



 戦士は〈分かってないな〉と言いたげな半笑いを浮かべると、肩を竦めながら首を振った。



「真の勇者には、これも〈必要なエピソード〉の一つなのだよ」


「いやいや、いらないだろ、そんなエピソード!」



 死神ちゃんが噛みつくと、〈真の勇者〉を自称するこの男は面倒くさそうに口を開いた。



「で、君は一体、何者なんだね」


「死神だよ。お前にとり憑きに来たんだよ」



 死神ちゃんはぶっきらぼうに真の勇者の問いに答えた。すると、彼は先ほどまでのふてぶてしい態度を一変させ、「死神か!」と声を弾ませると興奮で頬を紅潮させた。



「真の勇者たる私の〈エピソード〉に必要なものがこれで全て揃った! ありがとう!」



 真の勇者が満面の笑みで手を差し伸べてくるのを、死神ちゃんは呆れ顔で握り返した。すると、彼はそわそわとしながら続けて言った。



「さあ、遠慮無くとり憑いてくれ! さあ! さあ!!」


「いや、あの……。もう、とり憑きましたけど……」


「素晴らしい! 本当にありがとう! ――では、先ほどのシーンをもう一度やり直すとしよう!」



 真の勇者は死神ちゃんの手をグッと握り、それを一生懸命に上下に振って握手した。そして手を離すとおもむろに先ほど拾った短剣に手をかけて、今度は胸に刺さず〈刺すフリ〉をした。

 ガクリと勢い良く膝から崩れ落ちた真の勇者は、俯くと朗々と語りだした。



「ああ! なんて愚かなのだ。自分の命を、自分で断ってしまうとは!」


「……愚かだっていう自覚はあったのかよ」



 死神ちゃんが小芝居を始めた真の勇者を呆れ眼で見下ろすと、彼はちらりと死神ちゃんを見て、そして小さな声で「そうじゃない」と言った。



「え? 何がそうじゃないって?」


「鎌! 死神の鎌、構えて! ――で、にやりと笑う!」



 死神ちゃんは顔をしかめつつも、彼の要望に答えてやった。すると、彼は再び俯き、地面を悔しそうにバンバンと叩いた。



「残念! 私の冒険は、これで終わってしまった!」



 悔しそうなのはただの演技で、彼は実に嬉しそうにそのセリフを言った。そんな彼のことを死神ちゃんは無表情で見つめると、「また変なのに捕まってしまった」と心の中で毒吐いた。


 案の定、彼は事あるごとにこの珍妙な小芝居を行った。そして、膝をつき俯くたびに〈鎌を構えてにやりと笑う〉というのを死神ちゃんに強要した。

 彼は僧侶を経験していたことがあるらしく、一通りの支援魔法は覚えているようだった。そのため、わざわざ自分に毒を盛りガクガクと泡を吹きながらもセリフを言い、死神ちゃんがにやりとすれば「残念」と言いながら解毒魔法をかけたり、松明を三度焚こうとして髪の毛を燃やし、死神ちゃんがにやりとするのを待ってから「残念」と言いつつ回復魔法をかけていた。

 そして、幽霊系のモンスターが居る場所を通りかかろうものなら勇者にあるまじき怯えっぷりで逃げ帰る割に、中々に手強いことで有名な一つ目の巨人(サイクロプス)と遭遇すると彼は嬉しそうに戦闘の準備をし始めた。



「不思議な力が、加わる! 加わる!!」


「……加わるに決まってるだろう。だって、お前、物理攻撃力増加の魔法をかけてるじゃないか」



 彼はY字型の棒を喜々として振り回した。死神ちゃんはげんなりと肩を落としてツッコミを入れたが、彼はそんなこともお構いなしに果敢にサイクロプスへと突っ込んでいった。

 結局歯が立たなくて逃げることとなったのだが、その後も〈彼が膝をついては死神ちゃんがにやり〉は続けられた。


 小一時間ほどしか経ってはいなかったが、死神ちゃんは既に十分なまでの嫌気がさしていた。こんな茶番に付き合うのはごめんだったが、しかし、やってやらないと真の勇者は先に進もうとしないのだ。死神ちゃんは何度目かの〈強制労働〉を投げやりに終わらせると、床をバンバンと叩く彼に呆れ口調で言った。



「なあ、〈終わってしまった〉詐欺してないで、本当に冒険終わらせてくれないかな」


「何を馬鹿なことを。私の冒険は、数々の〈エピソード〉を重ねていきながら進んでいくのだ。終わりは始まりなのだ。私はこの過程を経て、最終的には苦悩の末の勝利を手に入れる予定なのだ」


「いちいち付き合わされるこっちの身にもなれよ! お前、面倒くさいんだよ! 頼むから、とっとと死んでくれよ!」



 死神ちゃんが声を荒げて地団駄を踏んだが、真の勇者は取り合わずにフンと鼻を鳴らしただけだった。彼はなおもギャアギャアと文句を垂れる死神ちゃんから視線を外すと、少し先の方を見て表情をパアと明るくした。



「おっ! いい女……」



 彼は〈真の勇者〉とは到底思えぬ下品な顔つきでそう言うと、死神ちゃんを放置して女に走り寄った。

 女は物憂げな雰囲気を漂わせて、静かにうずくまっていた。真の勇者は彼女に駆け寄りながら優しく声をかけたのだが、女が顔を上げた瞬間に彼は踵を返して全速力で元来た道を引き返した。しかし、必死の逃走も虚しく、彼は女に追いつかれた。

 赤い血の涙を流しながら泣き叫ぶ女の魔物(バンシー)が真の勇者に飛びかかると、同時に彼の腕輪からステータス妖精さんが飛び出した。



挿絵(By みてみん)



* 戦士の 冒険者レベルが 2 下がったよ! *



 妖精さんが和やかに放つ無慈悲な宣告を遮るように、真の勇者は断末魔の悲鳴を上げた。そして、彼はサラサラと散りながら、最後の力を振り絞って更に叫んだ。



「第一話、終わり!」


「続かなくていいよ! 打ち切りでいいよ、もう!」



 静かなダンジョン内に、死神ちゃんの呆れ声が響き渡った。そして、死神ちゃんが完全に灰と化した彼を呆然と見つめていると、ステータス妖精さんと目が合った。妖精さんはフッと意味の有りそうな笑みを浮かべると、死神ちゃんに背中を向けて何処かへふよふよと飛び去った。



「いや、ホント、続かなくていいよ……」



 死神ちゃんは眉根を寄せて目を見開き、げっそりとした声でポツリとそう言うと、ため息をひとつついて壁の中へと消えていった。





 ――――最大の栄誉も、最高の富も、美女も。そして勝利も。そんなものは何もなく、正直徒労としか言えない〈エピソード〉ばかりでした。死神ちゃんに残されたものは、もちろん、苦悩だけだったのDEATH。

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