表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/42

旧 第78話 死神ちゃんと幸運さん

 〈担当のパーティー(ターゲット)〉を求めて死神ちゃんが〈四階〉へとやってくると、どう見ても〈新米冒険者〉という感じのパーティーを発見した。死神ちゃんはその中で一番鈍臭そうな吟遊詩人に狙いを定めると、彼女にとり憑くべく急降下した。しかし、すんでのところで何かに飛びかかられ、死神ちゃんは地面に背中をつけることとなった。

 死神ちゃんは胸元でワンワンと吠えているもの(・・)を摘み上げながら起き上がった。そして、顔をしかめさせると首を傾げた。



「犬?」


「犬じゃないのです! これでもれっきとした竜人ドラゴニュートなのです!」


「もっふもふでワンワン鳴くのにか?」



 威嚇の唸り声を上げる犬のような見た目の白いもふもふを死神ちゃんがしかめっ面で見つめていると、吟遊詩人が申し訳無さそうな表情を浮かべてパタパタと駆け寄ってきた。



「駄目でしょ、ハクちゃん。見知らぬ人にいきなり飛びかかっちゃあ」


「お姉ちゃん! この子、良くない気配がするのです! 近づいたら駄目なのです!」



 キャンキャンと訴える白もふを、吟遊詩人は更に叱りつけた。腕の中でしょんぼりと耳を垂れる白もふが涙を浮かべながら「でも」と呟くのに苦笑いを浮かべると、死神ちゃんは怒り顔の吟遊詩人に向かって言った。



「こいつの言ってること、正しいよ。だって俺、死神だから」



 吟遊詩人は目を真ん丸に見開いた。後から駆けつけた彼女の仲間達も同じようにぽかんとした顔をして、そして彼らは同時に素っ頓狂な叫び声を上げた。



「へええ、死神って初めて見たけど、こんな可愛らしい子なんだな」


「いや、俺がちょっと特殊ってだけ」


「え、でもちょっと待てよ。たしかギルドの講習で〈死神罠にかかったら死ぬか祓うかしないと解除できない〉って習ったよな? てことは、〈一階〉まで戻らねえとなんじゃねえか?」


「あ、はい、そうです」



 吟遊詩人の背後から顔を覗かせた男性二人があれこれと話しかけてくるのを、死神ちゃんは呆れ顔を浮かべつつ答えられる範囲で答えた。すると、吟遊詩人が頬を引きつらせてポツリと言った。



「え、うそ、どうしよう。きちんとマッピング出来てないし、ちゃんと戻れるかなあ……」



 彼女の言葉に、一行は苦笑いを浮かべた。そしてため息をつくと、彼らは彼女からスッと目を逸らした。


 彼らは見た通りそのままの〈新米冒険者〉だそうで、このダンジョンに訪れてまだ日が浅いのだという。それなのにどうして〈四階〉にいるのかというと、どうやら彼らは〈幸運〉に恵まれているそうなのだ。そのため、ほとんど戦闘をすることなく、気がついたら〈四階〉まで降りてきてしまっていたらしい。

 しかし、マッピング担当の吟遊詩人がかなりのおっちょこちょいだそうで、ここに到達するまでの道のりをきちんと書き留めることが出来ていないという。そのため、一旦戻るべきか、それともいっそ開き直って風の向くままにダンジョン内を彷徨うかと話し合いつつ歩を進めていたところだったそうだ。



「このまま進んで戦闘する事態に陥っても、どうせ俺らのレベルじゃあ勝てないし。ちょうどいいよ。戻ろう。行きだってするすると降りて来られたんだから、帰りもきっと大丈夫さ」



 パーティーリーダーと思しき戦士が爽やかに笑いながら、落ち込む吟遊詩人の肩をポンと優しく叩いた。笑顔を取り戻した吟遊詩人がコクンと頷いたのを見て胸を撫で下ろすと、彼らは〈一階〉を目指して歩き出した。


 途中、彼らは火吹き竜(ファイヤードレイク)に見つかり追いかけられる羽目になった。血相を変えてドタバタと走り回る彼らを眺めながら、死神ちゃんは〈お約束〉を期待した。足元不注意で落とし穴エンドを迎えるか、ドレイクのブレスで全滅するだろうと。しかし、彼らは誰も死なず、傷つきすらしなかった。むしろ逆に、ドレイクのほうが落とし穴に消えていったのだ。

 にこやかな笑顔を浮かべながら「助かったね」などと言い合う冒険者達を、死神ちゃんは驚きの表情で静かに見つめた。


 またある時、大量のモンスターがひしめく場所を彼らは通りかかった。しかし、ひしめいているはずのモンスターがどこにも存在しなかった。死神ちゃんは不思議に思って首を傾げさせたのだが、同時に微かな〈パチパチ〉という音を聞いて思わず顔をしかめさせた。どうやら、いつぞやの変な魔法使いのおっさん二人があの時同様にモンスターを全滅させながらここを通り過ぎたようだった。一行はもちろん、そんな〈偶然起きた幸運〉を知ることなく、モンスターが再び現れる前に悠々とそこを通り過ぎた。


 〈三階〉への上り階段を見つけた辺りで、彼らはとうとうモンスターと遭遇した。一同が混乱する中、道中ずっと死神ちゃんに抱きかかえられ、喉元をわしゃわしゃされてうっとりと目を細めていた白もふがぴょんことモンスターの前へと飛び出した。



「ここはボクに任せるのです!」



 そう言うと、白もふは炎のブレスを吐いた。

 呆気無く地に沈んだモンスターを背にして、白もふは得意気に一行の元へと戻った。そして再び、死神ちゃんの腕の中に収まった。正直、彼らはレベルが二になっているかも怪しい。それなのに、モンスターは簡単に倒された。



「お? これ、もしかしてレアな武器なんじゃないか?」



 モンスターの成れの果てから盗賊の男が拾い上げたものは、魔法を扱える者であれば喉から手が出るほど欲しい〈精霊のナイフ〉だった。あの残念が「全然手に入らない」と言っていた代物を、なんと彼らはたった一回の戦闘で手に入れてしまったのだ。

 盗賊から〈小人族コビート〉の魔法使いが嬉しそうにナイフを受け取るのを眺めながら、死神ちゃんは呆然としていた。ゆっくりと腕の中のもふに視線を落とすと、死神ちゃんは彼の喉元を指でくすぐるように掻きながらポツリと言った。



「なあ、お前らさ、〈幸運に恵まれてる〉って言ってたけどさ。これ、単なる幸運じゃないだろ。凄まじく幸運すぎる気がするんだが」


「そうですか? ボク達、いつもこんな感じですけど」



 気持ちよさそうにぐってりと死神ちゃんに身体を預けきった白もふが、当然とばかりに言い切った。さすがの死神ちゃんも、これには開いた口が塞がらなかった。

 この後も、彼らは凄まじいまでの幸運を発揮してのらりくらりと危険を回避し続け、意外とあっさりと〈一階〉まで帰って来た。そして、呑気にも「また会おうね」などと言いながら、彼らは祓われ去っていく死神ちゃんを笑顔で見送ったのだった。




   **********




 待機室に帰ってきた死神ちゃんに、ケイティーが開口一番にかけた言葉は「ずるい!」だった。死神ちゃんが目をパチクリとさせると、彼女は怒り顔から一転してしょんぼりと悲しそうな顔をくしゃくしゃにして声を張り上げた。



小花おはなばかり、ずるい! 私もあの可愛いもふもふ抱っこしたい!」



 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、服が毛まみれになっていることに気がついて払おうとした。するとそこに、「動くな」と叫びながらビット所長が慌てた様子で駆け込んできた。



「小花(かおる)よ。一寸たりとも動くのでないぞ。いいか、分かったな」


「え、何でですか」


「〈幸運の白き龍〉というのを知っているか。ドラゴンというのは種類によって様々な特性がある。中でも白いドラゴンは凄まじいまでの幸運の持ち主でな。それは、どんな凶事でも全て〈幸運な出来事〉に塗り替えてしまうほど強いものなのだ。私は常々、彼らの幸運の秘密を探りたいと思っているのだが、いい具合に検体が手に入ったり協力者が現れるということがなくてな。先ほどお前が抱えていたドラゴニュート、あれは道中の様々な出来事から推察するに〈幸運の白き龍〉の血を引く一族なのだろう。それに出会えただなんて、お前はとても幸運であるな。とても羨ましく思う。本当なら、そのドラゴニュートを直接分析したいところなのだが、それは難しそうだから、お前のその服についた毛を私は貰い受けたい。ドラゴンの鱗や毛はそれだけでも大変貴重な魔法アイテムだからな、その抜け毛でも十分に研究素材となり得ると思うのだ」


「はあ……。で、俺はどうしたらいいんですか」



 息継ぎをすることもなく長々とした話を最後まで言い切ったビットに、死神ちゃんは良からぬものを感じて頬を引きつらせた。案の定、ビットはその場で死神ちゃんの洋服を問答無用で引っ剥がした。死神ちゃんが悲鳴を上げるのもお構いなしに、ビットは死神ちゃんの洋服を持ってきていた袋にうやうやしく仕舞いこんだ。そして「身体にも毛が付いているかもしれない」などと言いながら、服を仕舞った袋とは別の大袋に死神ちゃんを無慈悲に詰めた。



「ちょっと! さすがにこれはひどすぎじゃあないですか!? これのどこが〈幸運〉なんだよ!」


「大丈夫だ、小花薫よ。私は今、とても幸運を感じている」



 じたばたと暴れる死神ちゃんを肩に担いで去っていくビットの背中を見つめながら、ケイティーは真顔で小さく呟いた。



「ああいう目に合うくらいなら、やっぱ抱っこしなくていいや……」



 この日、死神ちゃんが業務に復帰することは無かったという。





 ――――死神ちゃんが連れ去られたあと、今まで一度も発見されたことのなかった〈にんげんがた(ヤッ)のいきもの(ピン)〉がモニター内に一瞬映り込んで死神待機室を騒然とさせたそうです。つまり、死神ちゃんはしっかりと〈白き龍の幸運〉にあやかっていたようDEATH?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ