旧 第5話 大人気だよ、死神ちゃん!
ダンジョンデビューの翌日、死神ちゃんは研修室に向かってのんびり歩いていた。誰かとすれ違うたびに、興味津々とばかりに見つめられ、目が合えば愛想を振りまかれる。一体何なんだろうと思いながら研修室に着き、椅子によじ登っていると、ちょうどマッコイがやって来た。
「ちょっと、薫ちゃん! 大変よ!」
「あん?」
興奮気味に捲し立てるマッコイに首を傾げさせると、彼は身体をくねくねとさせながら言った。
「一夜にして薫ちゃんの噂が冒険者の間に広まったみたいでね、ダンジョン内が冒険者で溢れ返ってて大盛況なんですって! しかもね、死神会いたさに〈無駄にダンジョン内に長居するお馬鹿〉が多いみたいで! もう、灰化させ放題の、魂切り刻み放題! こんなに忙しいの、久々過ぎて、これ、もしかしたら、臨時ボーナス出ちゃったりして~!?」
「何でまた、そんなことに」
「あの変態戦士、あの後本当に置いて行かれたじゃない? でも、運良く別のパーティーに拾ってもらえて、無事に生き返ったみたいで。生き返ったあとに〈素晴らしい体験をした!〉と言って回ったみたいよ。――それにしても、仲間の灰を置いていっちゃうだなんて、いくら何でもひどいわよねえ。あのパーティーのほうが、アタシ達なんかよりもよっぽど死神だわ!」
死神にとり憑かれた状態で死亡すると、単なる死亡を通り越して肉体が灰化する。灰化した状態で蘇生に失敗すれば、存在が完全に消滅してしまう。また、銀の魂刈によって死神に魂を切り刻まれると、蘇生成功率が下がる。しかしそれだけでなく、一定量細切れにされるとやはり消滅してしまう。――冒険者達も、それは知っていることだ。だから、いくらひどく軽蔑したからといって、置いていってしまうのは本当にひどい話だ。どの世界でも、一番怖いものは〈人そのもの〉というわけか。
それにしても。変態の発言によって冒険者が増えたということは、その増えた冒険者もおしなべて変態ということではないのだろうか。死神ちゃんがげっそりとしていると、マッコイがニコニコと笑って言った。
「それにしても、薫ちゃん、さすがね。〈死神〉の異名を持つ殺し屋の経歴は、伊達ではないわね!」
「いや、経歴も知識もまだ全然活かせていないんだが」
「何言ってるの! その見た目と名前、そしてあの〈ふええ〉という泣き声が既に――」
「だから、そこに触れるのはやめてくれねえかなあ!?」
マッコイの言葉を遮るように死神ちゃんが頬を真っ赤にすると、彼は仕切り直しとでも言いたげにコホンと咳払いした。
「とりあえず、昨日は無事に目標を達成出来たわけだし、今日は難易度をちょっと上げて〈四階〉に行きましょうか。五階と比べると、冒険者の体力・魔力にまだまだ余裕があるから、もしかしたら攻撃してくるヤツがいるかもしれないわ」
ふと、マッコイから笑顔が消えた。冒険者の職業によっては、死神に攻撃できる特殊な武器や技を持っている者もいる。すぐに傷が癒え、汚れすら消えてしまうとはいえ、復元よりも破壊のスピードのほうが早ければ死神とて死んでしまう。そして、死神にとっての〈死〉はすなわち〈消滅〉であり、そうなってしまうと二度と生き返ることができなくなってしまうのだ。
マッコイは肩の力を抜くと、死神ちゃんに笑いかけた。少し心配そうな、弱々しい笑顔だ。
「幸い、アタシ達を消滅させられるようなヤツは今のところいないし、余裕があるとはいえ五階の冒険者と大差ないくらいには疲れているから。まあ、でも、気をつけてね。危ないと思ったら反撃するのよ?」
死神ちゃんはキリッとした顔で勢い良く頷くと、研修室から飛び出していった。
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死神ちゃんの前方を、六人の男女が歩いていた。それぞれの職業は黒騎士、司教、隠密、戦士、魔法使い、義賊といったところか。〈死神に出会ったという精神的衝撃〉をどのように与えてからとり憑こうかと死神ちゃんが考えていると、何かを察知したらしい司教が辺りをキョロキョロと見回し始めた。そして、死神ちゃんを見つけると、杖を構えて何やら呪文を唱え始めた。
「いって……!」
死神ちゃんは、司教の魔法を食らって尻もちをついた。痺れるような痛さに、思わず目が潤んだ。
「死神がいたぞ、気をつけ――」
司教が「て」と言うのと同時に、彼の首が死神ちゃんの横を通過していった。ピシャっという音とともに頬が血で汚れ、死神ちゃんは思わず呆然としてしまった。司教の身体がズシンと音を立てて床に倒れると、彼の仲間達が揃って叫んだ。
「ええええええええ!?」
「あっ、やだ、私ったら。ついカッとなっちゃって」
平然と言ってのける隠密に、仲間達は結構引いた。隠密は仲間の絶叫を気にすることもなく、死神ちゃんに近づいた。そしてとても悲しそうに、死神ちゃんの膝を撫でた。
「ああ、折角の可愛らしいお膝が……! お膝の仇はとったから安心して! でもホント、こんな素敵なお膝を傷付けるなんて、あいつってば最低ね! 死んで当然だわ! ――大変。薬草の手持ちがないんだったわ。どうしましょう。……そうだわ! 私が舐め舐めしてあげる! ね! 消毒よ、消毒!! ――えっ? いらない? そう? 残念……。あっ、でも、痛いの痛いの飛んで行けしてあげるわね!」
うっとりとした表情で死神ちゃんの膝に頬ずりを始めた隠密が、「これが男の子のお膝だったら、もっと良かったのに……」とポツリと漏らした。すると、隠密の腕輪から例の妖精さんがポンと飛び出した。
* 隠密の 信頼度が 8 下がったよ! *
「はあああああ!? あんた達、もしかして、この可愛らしいお膝の良さが分からないっていうの!?」
「いやあ、単なる膝フェチならまだしも、ロリショタはないわ……」
「ちびっ子のお膝こそ至高! ですよね、姐さん!」
うっかり隠密を否定してしまった義賊の首が暗闇へと消えた。それを目で追いながらガタガタと震え賛同する戦士の後ろで、他の男どももカタカタと震えていた。みんな必死に同意の頷きを繰り返していたが、隠密の腕輪から再び妖精さんが陽気に飛び出した。
* 隠密の 信頼度が 12 下がったよ! *
すると、フッと隠密の姿が消えた。闇に紛れて見えなくなった彼女に怯えながら、男どもは口々に言った。
「やべえよ、おい。完全に怒らせちまったよ! 魔法使い、隠密に麻痺魔法当てられる?」
「いやいや、姿が見えないんじゃあどうにも……。ていうか、最上級職なんて、俺が相手出来るわけ無いだろ! ここは黒騎士の出番だろ!」
「えっ、俺!? 女性に手を挙げるのは、ちょっと」
「はあ!? 何、聖騎士ぶってんだ、〈黒〉のくせによ! 属性・悪まっしぐらで、暗闇ゾーンとひけをとらない真っクロクロの腹黒さのくせに!」
「ていうか、あいつ、いつもそんなに首切り出来ないくせに、何で今日に限ってそんなにポンポンと……。――うわああああ、やばい! 今、姿がちらっと見えた!」
「お膝を……ひざこぞうを馬鹿にするのは……どこのどいつだぁぁぁ…………」
「ぎゃあああああ!!」
死神ちゃんそっちのけで、生死を賭けた仲間割れが始まった。激しい鍔迫り合いの音と、断末魔が交互に響き渡った。
そしてとうとう黒騎士と隠密だけとなり、激闘に激闘の末、二人は同時にどうっと倒れた。
瀕死の隠密が、息も絶え絶えに死神ちゃんの元へと這いずり寄った。彼女は既に傷も治っていた死神ちゃんの可愛らしい膝に、震える指でちょんと触れた。そしてほんわりとした幸せそうな笑みを浮かべると、その場でザアアアッと灰化したのだった。
――――こうして、死神ちゃんを除いて誰一人、動く者はいなくなったのDEATH。