旧 第66話 死神ちゃんとどっちつかずさん
死神ちゃんがダンジョンへと降り立つと、女性三人組のパーティーが口論していた。正確には、言い合いをしているのは二人だけで、残りの一人は二人をとりもつということもせず、所在なさ気にぼんやりとしていた。
「だからさ、あたいはこっちの道のほうがいいって言ってんだろ」
「いいえ、私は大事をとってこちらの道を進んだほうがいいと思うわ」
「何でだよ。モンスターとの遭遇率は確かに高いけど、その分、経験値もアイテムもガッポガポだろ? これだから、いい子ちゃんの善エルフは。分かってねえなあ」
「分かってないのはあなたのほうよ。噂によるとね、エルフ女子に痴漢を働く変態侍、まだ帰省先から戻っていないらしいのよ。その隙に少しでも探索を進めたいじゃない。だったら、安全な方を選んで体力温存しておきたいと思うのは当然でしょう?
これだから、ガサツで大雑把な悪〈悪魔と人間のハーフ〉は。分かってないわね」
ひとしきりギャンギャンと言い合うと、二人は自分達の間でぼんやりしているはずのノームを見やった。そして顔をしかめさせた。
* ヴァルキリーの 信頼度が 3 下がったよ! *
「ええええええ! ちょっと、何でよ、二人とも! 私、今日まだ何もしてないよ!?」
「いや、どっちつかずなのは元からだけど、まさか話し合いに参加してこないどころか、幼女と楽しくお戯れになってるだなんてな……」
「これだから、脳内お花畑の中立どっちつかずノームは!」
エルフとデビリッシュが目くじらを立ててフンと鼻を鳴らすと、いつの間にやら死神ちゃんとあやとりをして遊んでいたノームがショックで顔を青ざめさせた。エルフは呆れ顔で目を細めると、周りを気にすることなくノームとのあやとりを継続中の死神ちゃんの頭をポンポンと触った。
「あらやだ。やっぱりこの子、死神だわ。私にはまだ祓うほどの力もないし、一旦帰りましょう」
エルフが小さくため息をつくと、デビリッシュが面倒くさそうに頭を掻いて盛大にため息をついた。ノームはしょんぼりと肩を落とすと、あやとりの紐をポーチの中にしまい込んだ。
〈一階〉へと戻る道すがら、彼女達はモンスターの群れと遭遇した。司教のエルフが支援をし、黒騎士のデモニックが魔法を駆使しながら戦う横で、どっちつかずなノームは槍を抱きかかえておろおろとしていた。
しびれを切らした黒騎士はどっちつかずさんの目の前にいたモンスター二体を剣で薙ぐと、彼女をギラリと睨んで言った。
「何で戦闘に参加しないのさ」
「違うんだよ? どっちのモンスターから倒したら効率いいかなあって迷ってただけなんだよ? だから――」
「戦闘時に〈どっちつかず〉しないって、何度も言っただろう! そんなんじゃあ、無駄に生傷増えるだけだろうが! ていうかね、戦闘に参加できない、使えないヴァルキリーなんていらないんだよ!」
どっちつかずさんはしゅんと俯くと、小さな声でポツリと謝罪した。黒騎士はそんな彼女の様子にため息をつくと、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。
司教は苦笑いを浮かべると、休憩をとることを提案した。拓けた場所に簡易キャンプを張ると、彼女達は腰を落ち着けて軽く何かを摘むことにした。お湯を沸かした司教が〈珈琲と紅茶、どちらがいいか〉と尋ねると、黒騎士が珈琲と即答したのに対し、どっちつかずさんは束の間ウンウンと唸って迷ったまま返答せずにいた。司教は笑顔を引きつらせると、問答無用で三人分の珈琲を淹れる準備を始めた。
司教から珈琲を受け取ったどっちつかずさんは、今度はどちらの味のスコーンを食べようかで迷っていた。死神ちゃんはため息をつくと、彼女からスコーンの入った袋を取り上げた。そしてどちらのスコーンも半分に割ると、片方ずつを残してもう一方は袋の中にしまった。
「お前、本当に優柔不断だな。どっちも食べたきゃ、半分ずつ食べればいいだろうが」
死神ちゃんがスコーンと袋を返してやると、どっちつかずさんはそれを受け取りながらしょんぼりと肩を落とした。
「分かってはいるんだけど、悩みだしたら止まらないんだよね……。そのせいで、戦闘でも迷惑かけっぱなしだし。もうちょっとこう、スパッと決断出来るようにならなくちゃとは思うんだけど。でも、ヴァルキリーって何故か中立の子しかなれないから」
「中立属性と〈どっちつかず〉って、また別の問題がするんだが。お前、属性を盾にして目の前の問題から逃げたいだけなんじゃないのか?」
死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、どっちつかずさんは〈衝撃を受けた〉とでもいうかのような表情で固まった。彼女はカタカタと震えながら慎重に珈琲をひとすすりすると、スコーンをかじりながらボソボソと呟いた。
「そうだよね。私、二人が優しいのをいいことに、二人に甘えきって〈どっちつかず〉をこじらせてたかもしれない……」
黒騎士が悪態をつくのも、どっちつかずさんのことを本当に〈いらない〉と思っているからではなく、本気で心配してくれているからだ。どっちつかずさんは、そんな彼女のことが大好きなのだという。司教のことも、呆れ顔を浮かべつつも何かと面倒見てくれるのを本当にありがたいと思っている。どっちつかずさんは、そんな彼女のこともやはり大好きだった。
「私、頑張って〈どっちつかず〉卒業する! これ以上、大好きな二人の足を引っ張る駄目っ子でいるのは嫌だもん!」
そう言って力強く頷くと、どっちつかずさんは一気に珈琲を飲み干した。
休憩を終え、一行は再び〈一階〉への帰路を辿り始めた。しばらく歩いた先で、彼女達は再びモンスターの群れと遭遇した。どっちつかずさんは、先ほど決心した通りに一生懸命戦っていた。ところが、敵は中々に手強く、気がつけば黒騎士も司教もそこそこに手傷を負ってしまっていた。
戦闘の手を休め、涙を浮かべておろおろとし始めたどっちつかずさんに、黒騎士が叫んだ。
「あたいのことはいいから、司教を連れて逃げな!」
すると、今度は司教が叫んだ。
「私はまだ保つから、黒騎士を支えてあげて!」
どっちつかずさんは二人の言葉にうろたえると、パニックを起こして叫んだ。
「どっちも見捨てたくないし、どっちも助けたい! だって私、二人のことが大好きなんだもん!」
どっちつかずさんがぴいぴいと泣き始めたことで、彼女達は撤退の好機を逃して全滅した。三人仲良く霊界に降り立つと、黒騎士が盛大なため息をついて俯き、頭をガシガシと掻きむしった。
「だから! 戦闘中に〈どっちつかず〉するんじゃないって、あれほど言っただろうが! それから、司教! あんた、いい子ちゃんなのは素晴らしいことだけどね、あんたさえ生きてくれてて、モンスターが立ち去ったあとででも死体回収して蘇生してくれれば、いくらでも立て直せるんだから。だから、いい顔して無理しようとすんな。そのせいで、この子、また〈どっちつかず〉しちまっただろうが!」
「でも、出来ることなら全員死なずに――」
「無理そうな時なんてのは、いくらでもあるだろう!? 今だって、結局全滅したし! そういう時は、あたいを盾にして一旦逃げろって言ってるんだよ!」
怒られた二人は「でも」と言いながらしょんぼりと肩を落とした。黒騎士はふるふると震えると、恥ずかしそうに顔をしかめさせて叫んだ。
「ああもう! あたいだってあんた達が大好きなんだよ! だから、いくらでも身体張るって言ってんだろうが! 分かれよ、そのくらい!」
司教とどっちつかずさんは、嬉しそうに涙すると黒騎士に抱きついた。そして黒騎士は、そんな彼女達を勢い良く振り払った。差し迫ってきていた死神にその身を差し出して有言実行した彼女を、二人は呆然と見つめていた。
今度こそ、黒騎士の言いつけ通りに逃げ出した二人の背中を見届けた死神ちゃんは苦笑すると、壁の中へと消えていったのだった。
――――悪属性なのも、善属性なのも、中立なのも、全部、お互いにお互いが大好き過ぎたからでした。でももうちょっと、素直になったり、頼ったりを上手いこと出来るようになったほうがいいみたいDEATH。




