旧 第61話 死神ちゃんと恥ずかしがり屋
死神ちゃんが〈三階〉へとやってくると、〈男むさい中に紅一点〉というパーティーを発見した。いつぞやの〈かわいこちゃん〉の時とは違い、紅一点の人物が傍から見ても女性だときちんと分かるパーティーだった。彼女はどうやら巫のようで、御幣という神具を手に祝詞を唱えて仲間を支援していた。だが、あまり積極的に戦いに参加しているという様子はなく、仲間と少し離れた場所に陣取って、厚手のマントの上から胸元をグッと握りしめ、始終おどおどとしていた。
死神ちゃんは彼らにそっと近づくと、巫の近くにいた男の背中めがけてタックルした。男が態勢を崩して巫に抱きつくような形となると、彼女の悲鳴と共にステータス妖精がポンと現れた。
* 僧侶の 信頼度が 5 下がったよ! *
他の男どもが恨めしげな目でじっとりと僧侶の彼を見つめた。彼は慌てて巫から離れると、死神ちゃんがしがみついたままの背中を彼らに見せた。
「この子がいきなりタックルしてきたんだよ! だから、抜け駆けとかそういうのじゃあ――」
僧侶が捲し立てると、今度は巫が〈信じられない〉と言いたげな、青ざめた顔を彼に向けた。必死に弁明を繰り返す彼の背中からひょっこりと顔を出すと、死神ちゃんは巫を見つめて首を傾げさせた。
「ところで、何で彼女はそんなにビクビクおどおどしてるんだ? 戦闘中だけでなく、今もずっとさ」
「ああ、彼女は恥ずかしがり屋さんなんだよ」
男のうちの一人がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にさせて「ごめんなさい」と消え入るように言った。恥ずかしがり屋というレベルを超えて恥じ入っている彼女の様子に、死神ちゃんは少しだけ眉根を寄せた。
死神にとり憑かれたようだし、一旦戻ろうかという話がパーティー内に持ち上がった。しかし、熟練の彼らは〈三階〉では滅多に死ぬことがないようで、一行は〈この先にあるゾンビの巣窟での所用を済ませてから帰ろう〉ということに決めたようだった。
「熟練のお前らが何で〈三階〉に用があるんだよ? アイテム掘りか何かか?」
「ちょいと、新しく換装した装備の強さを試したくてね」
男の一人が死神ちゃんにニヤリと笑うと、巫が肩をすぼめて俯いた。恥ずかしそうに震えている彼女に死神ちゃんが首を捻ると、男どもは「本当に恥ずかしがり屋で、可愛らしい」と言って笑った。すると、彼女は更に顔を真っ赤にして完全に下を向いてしまった。
道中、何度かモンスターと遭遇したが、やはり巫は恥ずかしそうにそわそわとしながら、仲間から少し離れたところから支援の祝詞を唱え、控えめに舞を舞っていた。その際、少しだけマントが捲れ上がり、彼女の足が露わとなった。
彼女の横にいた死神ちゃんも、そして戦闘中の男どもも、ちらりと見えた巫の美しい生足に目が釘付けとなった。彼女は慌ててマントの捲くれを直すと、真っ赤な顔で謝罪した。
「マントの下、袴を履いているのかと思いきや……。あれか? 踊り子みたいな格好でもしているのか?」
死神ちゃんが目を瞬かせると、相当な恥ずかしがり屋なのか、巫はただただ顔を赤くして黙りこくった。死神ちゃんは〈何やらおかしい〉と思い、今度はしっかりと眉根を寄せた。
ゾンビの巣窟にやってくると、男どもが一気にそわそわとしだした。巫は今にも泣き出しそうな顔でポツリと言った。
「あの、本当にやるんですか?」
満面の笑みで彼女を見つめる男どもに小さくため息をつくと、彼女は「出来たら後ろを向いていて欲しい」と言って俯いた。男どもは必死に頷いて巫に背を向けたが、彼女にバレないようにちらちらと振り返り、巫の様子を覗っていた。
巫は高台に移動すると、意を決してマントを脱いだ。その姿を見て、死神ちゃんは思わず呆れ声を上げた。
「何て言うか、えらい破廉恥だな! 恥ずかしがり屋でなくても恥ずかしいだろ、そんな格好してたら」
「ごっ、ごめんなさい!」
「いや、ごめんなさいも何も……。だってそれ、一応正式な装備ではあるんだろ?」
死神ちゃんが同情の眼差しで顔を曇らせると、巫もしょんぼりと肩を落とした。
彼女の装備しているものは、なんと退魔札だけだった。際どい水着でも着ているかの如く、見えたらまずい部分は札で覆われていた。それ以外の場所にも数枚、彼女は札を身体に貼り付けていたのだが、それだけではさすがに肌を覆い隠すことは出来ず、正直言って、それは〈裸〉と大差のない状態だった。
巫は術を唱えた。すると、彼女の身体から全ての札が勢い良く剥がれて宙を舞った。耐え難い羞恥心に襲われた彼女がそのままぺたりと座り込むと、〈後ろを向いていて〉と言われて背中を向けていたはずの男性陣の方からどよめきの声が上がった。巫は身を竦めて俯くと、顔を真っ赤にして叫んだ。
「見ないで……。見ないでぇーっ!」
彼女が叫ぶのと同時に、広い室内に広がった退魔札から神聖な光が雷のように放出された。雷が対象に降り注くと、室内は眩い閃光で包まれた。
光が収まると、室内に溢れかえっていたゾンビが綺麗に一掃されており、札は彼女の身体に戻ってきていた。男どもはガッツポーズをすると興奮した様子で口々に言った。
「やはり、装備を全て札に変えると、祓いの術の効果も絶大だな!」
「俺達のモチベーションも上が……いやいや、戦力もかなり底上げされた気がするな!」
「これからアンデットと相見える際は、彼女の活躍に期待だな!」
男の一人が横を向くことなく、隣にいた仲間の肩にポンと手を置いた。そして、顔をしかめさせた。
「ん? 〈ぬちょっ〉?」
ねっとりとした感触におかしいと思った男は横を向いて見て絶叫した。彼が手を置いた肩は仲間のものではなく、ゾンビのものだったのである。
「あ、そうだ。ここ、モンスターが復活するの、早かったんでした」
巫と、彼女の肩にマントを掛けてやった死神ちゃんの視線の先では、どこからともなく現れたゾンビに男どもが揉みくちゃにされていた。抜刀できないほどのスシ詰めに遭いながら、男どもは性懲りもなく「どうせ触れ合うなら、こんな腐りきったものじゃなくて、乙女の柔肌とがいい」と叫んでいた。
巫の裸に夢中で武器を完全に収めていた男どもは、そのままゾンビの海の中で姿を消した。
「あいつら、やっぱりエロ目的だったんだな……」
「私、もう一度、装備を見直そうと思います。――ついでに、共に冒険する仲間も」
巫は何か吹っ切れたかのような爽やかな笑みを死神ちゃんに向けると、腕輪を操作してパーティーから脱退した。そしてかつての仲間を顧みることなく、彼女はその場を後にした。
死神ちゃんは苦笑いで彼女の背中を見送ると、ため息をついて壁の中へと姿を消したのだった。
――――残念なことに、一番祓わなければならないものは、モンスターではなく仲間のエロ心だったようDEATH。




