旧 第59話 死神ちゃんと蒐集家
死神ちゃんが〈五階〉の〈火炎区域と極寒区域の間〉にやって来ると、戦士を中心としたパーティーが何やら物々しい雰囲気でキャンプをしていた。死神ちゃんは気づかれないように天井すれすれを移動すると、一気に急降下してメンバーの一人を驚かせ、とり憑いた。
* 僧侶の 信頼度が 2 下がったよ! *
どうやら即席のパーティーのため、互いを信じる気持ちが元々そこまで高くないようだった。戦士は顔を曇らせると、僧侶に向かって不安げに言った。
「あの、そんな単純な脅かしにびっくりするだなんて、お任せして本当に大丈夫ですか?」
「いやだわ。誰だって隙を突かれたら驚きますでしょ? それに、ここまでのアシストは完璧だったでしょう。だから、安心してくださって大丈夫です。――ていうか、信頼度低下の知らせがわざわざあるってことは、この子、死神?」
僧侶が怪訝な顔付きで死神ちゃんを見つめると、死神ちゃんは返事をする代わりにニヤリと笑ってみせた。すると、とり憑かれた僧侶ではなく戦士が頭を抱えて俯いた。
「せっかくここまで来たのに! 一旦帰らなくちゃだなんて!」
戦士は俯かせていた顔を上げると、極寒区域の方を切なげに見つめた。どうやら彼にはダンジョン探索以外の目的があるようだ。死神ちゃんが首を傾げさせると、戦士は恨めしげに細めた目で死神ちゃんを睨みつけた。
「〈五階〉の各区画から、とてもレアな剣が産出されるっていう噂があるだろう。例えば、火炎区画だったら〈刀身に火を纏わせられる剣〉が出るとかさ。――俺は、それの極寒区域バージョンがどうしても欲しいんだ」
ごくたまに産出されるレアアイテムは、大抵が売りに出される。そのまま使用すればより良い装備へと更新されていいはずなのだが、目先の金銭を優先したり、パーティー内の揉め事防止のため〈金にして平等に分配する〉ということをするべく、せっかく苦労して獲得したアイテムを売り払うのだそうだ。
そして、レアアイテムを売り払う際、彼らは品物だけを売る。つまり、〈どこでどのように産出されたか〉という細かな情報は一切出さないのだ。何故なら、詳細情報が出まわってしまっては、美味しい思いが出来なくなってしまうからだ。ただし、噂程度の情報は冒険者間で常に回ってくる。この戦士はその〈噂〉を頼りに、足繁く〈五階〉へと通っているのだそうだ。
「前に、武器屋に並んでるのを一目見て、その美しさに心奪われたんだ。そして俺はどうしても、その〈氷の剣〉が欲しいと思った。だから、全財産はたいてローンを組んででも手に入れたいと思ったんだが、べらぼうに高くて、手持ちの金じゃあローンも組めなくてな……」
そう言うと、彼は虚ろな目でぼんやりと遠くを見つめた。何でも、ローンを組むべく頭金の調達をしている間に、誰かに買われていってしまったそうで、それ以来〈氷の剣〉とは出会えていないのだそうだ。
喉から手が出るほど欲しいその剣を、彼は毎晩夢に見た。そして、恋い焦がれ過ぎて寝付けなくなり、夢の中でさえ会えなくなった。このままでは正気を保てなくなると思った彼は、行動に出ることにした。〈買えなければ自分で獲りにいけばよい〉と考えを変えたのである。そして彼は〈氷の剣〉のために貯めた金で装備を整え、噂の〈五階〉へと到達すべく凄まじい努力を積み重ねた。
しかし、剣を持っていそうな敵はどれも手強く、単独では到底太刀打ちが出来ない。何とか倒せたとしても、アイテムを落とさない。困った彼は、協力者を募り、パーティーでこの難題に挑んだ。それでも愛しの〈剣〉には出会えず、時だけが過ぎていった。
協力者も冒険者であるからには〈それだけに専念する〉というわけにはいかず、一人、また一人といなくなっていった。そして今回、ようやく新たな協力者が見つかったとあって、〈氷の剣〉の獲得を再挑戦しに来たのだそうだ。
ため息をついた戦士の肩に手を置くと、僧侶は〈このまま先に進む〉ということを提案した。僧侶の身は、彼女の仲間達が守ってくれるから大丈夫だということらしい。もちろん、戦士は僧侶の提案に少々戸惑いを見せた。しかし、彼女が念押しで笑顔を浮かべるのを見て、戦士は頷き返した。そして、彼らは極寒地区へと足を踏み入れた。
戦士は〈今まで戦ったことのないモンスターと戦ってみよう〉と考えていた。少しでも、可能性を広げようと思ったのである。なので、目の前にモンスターがいても無闇に戦いに行くということはせず、こそこそと戦闘を回避しながら先を進んだ。そして、ようやく初遭遇のモンスターを発見した彼は、何故か愕然とした表情で固まり、他のメンバーも驚きの表情で動きを止めた。
彼らに気がついたモンスターの群れは刀を構え、鍔をカチャリと鳴らすと、彼らに突っ込んできた。我に返った戦士は、抜刀しながら叫んだ。
「こんなところに国王陛下がいらっしゃるはずがない! みんな、戦うぞ! 戦闘態勢をとるんだ!」
和甲冑をしっかりと着こみ、アシガルやダイミョウなどを従えたフユショウグンが戦士に跳びかかった。
死神ちゃんは冒険者達の言葉に首を傾げさせて、ジャパニーズなテイストのモンスター軍団を見つめた。そして、顔をしかめさせた。フユショウグンだけ、何故だか和のテイストではなく鼻高で金髪のおっさんだったのである。
死神ちゃんが呆気にとられてその戦闘風景を見つめていると、フユショウグンが「成敗!」と叫びながら戦士を切り捨て、戦闘が終了した。途中からどこかへと身を潜めていた僧侶はひょっこりと顔を出すと、神妙な顔付きで難しい上に長ったらしい呪文を朗々と唱えた。無事に生き返ることの出来た戦士は起き上がると興奮気味に捲し立てた。
「フユショウグンが腰に下げてた刀! あれ、〈氷の剣〉だった! この俺が見間違えるはずがない! あれは確かに〈氷の剣〉だった!」
戦士は頭を下げると、もう一度フユショウグンと戦いたいとメンバーを説得した。一行から「とりあえず、今日はあと一回だけ」という約束を取り付けると、彼は俄然やる気を見せて「今度は俺が成敗してやる」と鼻息を荒くした。そして、丁寧に周りの雑魚を倒しフユショウグンだけになったところで、戦士は仲間から支援魔法を受けた。その甲斐あって、ついに彼はフユショウグンを成敗し、〈氷の剣〉を手に入れた。
「念願の、〈氷の剣〉を手に入れたぞ!」
号泣しながら、戦士はようやく手にすることが出来た愛しい〈剣〉を高々と掲げた。パーティーメンバーは拍手を送ると、手を揉みながらニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「お喜びのところ申し訳ないんだけど、その剣、譲って欲しいのよね」
「は!? 現物を見ることができたら、それで十分だと言っていたじゃないか!」
顔をしかめさせる戦士に、メンバーの誰かが「譲ってくれ。頼む!!」と声を張った。もちろん、戦士はそれを頑なに拒否した。すると、どうやら僧侶のパーティーに戦士がお邪魔するという形でパーティーを組んでいたらしく、僧侶が腕輪を操作して戦士をパーティーメンバーから除外した。
愕然とする戦士に、僧侶達はニヤと笑った。
「殺してでも、奪い取る!」
そう言って、彼らは満身創痍の戦士へと突っ込んでいった。僧侶達はレアなアイテムが店に並べば買い占め、手に入れた情報は独占し、利用できるものは何でも利用するという悪どい蒐集家だったようで、叩きのめした戦士から〈氷の剣〉をもぎ取ると、「これで〈氷の剣〉もメンバー分が揃った」と言いながら鼻で笑った。そんな彼らを、通りがかった氷の巨人が呆気なく叩き潰した。
巨人が去っていくと、戦士がもぞりと動いた。どうやら彼はまだ死んではいなかったようで、息も絶え絶えに蒐集家達の亡骸に這い寄ると〈氷の剣〉を奪い返し、そしてそこで力尽きた。
霊界に降り立った戦士は「〈剣〉を握りしめた状態で死んだから、早く生き返って急いで逃げれば、自分のものに出来るはず」と拳を握ると、慌てて〈三階の祝福の像〉を目指して走りだした。
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「どこの世界にも、そういう悪人はいるもんなんだな。――ところで、フユショウグンが何故か南蛮顔だったんだが、アレはビット所長の趣味か何かか?」
待機室に戻ってきた死神ちゃんが首を傾げさせると、マッコイは苦笑いを浮かべて頷いた。何でも、冒険者を驚き戸惑わせ、更には「こんなところにいらっしゃるはずがない!」というあのセリフを言わせたいがために、このダンジョンのある国の国王の見た目を採用しているのだという。もちろん、歳をとって見た目が変わったり代替わりした際にはきちんと差し替えるという手の込みようだ。
「あ、でも、全部が全部〈国王顔〉じゃないわよ。ちゃんと実物さんとそっくりの和顔のレプリカもいるわ。――そうだ。今夜のお夕飯、お寿司でも食べに行かない?」
急な誘いに、死神ちゃんは首を傾げさせつつ頷いた。そして、勤務が明けると、死神ちゃんはマッコイに連れられて〈天狐の城下町〉へとやってきた。店の暖簾をくぐると、マッコイは店主に向かって笑顔で挨拶した。
「お久しぶりです、上様」
「いやあ、マッコイさん。上様はやめてくださいよ。今はしがない寿司屋の店主なんですから、気軽に〈新さん〉と呼んでください」
死神ちゃんが目をパチクリとさせていると、マッコイが内緒話をするかのように顔を寄せてきた。
「彼がフユショウグンの実物よ。昔は相当な暴れん坊だったらしいんだけれど、今はこうしてお寿司屋さんをやっているの」
なお、将軍様の握る寿司は、波打ち際で白馬を走らせたくなるような、とても清々しい一品で、死神ちゃんは大変満足したのだった。
――――大きな目標を成し遂げるためには、やっぱり、心から信頼できる仲間と一緒でないと駄目なのDEATH。




