旧 第54話 死神ちゃんと謎の男
「最近、変な冒険者が彷徨いているらしいのよ」
死神ちゃんが〈何を今更〉と言いたげな顔でマッコイを見つめると、彼は苦笑いを浮かべた。マッコイが言うには、その冒険者はダンジョン内を探索せず、人相書きを手に人探しをしているのだそうだ。目的が目的なだけにダンジョンの奥地へと深入りすることはせず、モンスターともほとんど戦わないから死ぬこともないそうで、既に何人かの同僚が無駄に残業を余儀なくされたらしい。
マッコイは申し訳無さそうに笑うと、続けて言った。
「こういう話をすると、薫ちゃん、大体遭遇するじゃない」
「そう思うなら、話題にするなよ」
「いや、まあ、そうなんだけどね。ただ、その、申し訳ないんだけど、その悪運の強さに頼らせて欲しいのよ」
何でも、この冒険者のためだけに常に人員が一人削られ、更には本来なら発生しないはずの残業が発生し続けるという状態をよろしくないと感じた課長が、どうにかこの状況を打破しようということで方々に応援を依頼しているのだという。〈修復課〉など、冒険者と接触のある部署へ〈もしもその冒険者と遭遇したら、そいつの願いを叶えてやって欲しい〉と声をかけているそうで、とっとと目的を達成してダンジョンから出て行って頂こうという算段らしい。
「そんなわけだから、もし薫ちゃんもその冒険者に出会ったら、〈ルール〉に反しない範囲内の出来る限りでいいから、手を貸してあげて欲しいのよ」
不機嫌な眼差しでマッコイを見据えていた死神ちゃんだったが、〈正式な仕事の依頼〉と知るや否や、二つ返事で了承した。マッコイはニッコリと笑うと、ビュッフェを奢ることを約束した。死神ちゃんは嬉しそうにほっぺたをピンク色に染めると、タイミングよく発令された〈二階へ〉の指示でダンジョンへと飛び出していった。
**********
死神ちゃんが〈二階〉の現場にやって来てみると、マントに身を包んだ目つきの悪い男が人相書きを手に冒険者達に聞き込みをしていた。早速〈当たり〉を引いたらしい死神ちゃんは、〈小人族〉のふりをして彼に近づくことにした。だが、死神ちゃんが近づいて話しかけるよりも先に向こうの方からやってきた。そして彼は、勢い良く人相書きを突きつけてきた。
「この男を知っているか」
死神ちゃんは男から人相書きを受け取りつつ、ちゃっかり〈とり憑き〉も完了させた。そして、顔をしかめさせ、ぐったりと肩を落とした。
「その反応は知っているということだな!?」
死神ちゃんが答えるよりも先に、彼は死神ちゃんの両肩をガッシリと掴んできた。死神ちゃんはしかめた顔のまま人相書きを彼に返すと、呟くようにポツリと答えた。
「何でこいつを探してんだ?」
「俺はどうしても、ヤツを見つけなければならない! 君、ヤツを知っているというのであれば、少し手を貸して欲しいんだが!」
死神ちゃんは適当に相槌を打つと、とりあえず〈三階の人気修行スポット〉を見に行ってみようと男に提案した。
道中、死神ちゃんは男に〈どうしてあいつを探しているのか〉や〈あいつとの関係〉聞いてみた。しかし、彼は苦虫を噛み潰したような顔をするばかりで、何も語ろうとはしなかった。仕方なく〈男自身〉についての話題に切り替えてはみたものの、やはり男はだんまりを決め込んで真一文字に唇を結んだまま、口を開こうとはしなかった。――あいつに迷惑を被りそうな要素も見当たらない彼が、何故そんなにも必死になってあいつを探しているのか。その〈理由〉をあれこれと考えてみつつ、死神ちゃんは一歩先を歩く〈謎の男〉を眺めて不思議そうに首を捻った。
目的地に着いたものの、お目当ての人物はおらず、男は〈ようやく掴んだ有力情報なのに〉と頭を抱えて残念がった。すると、そこにローブを目深に被った人物が「あなた」と言いながら走り寄ってきた。
「何故来た。これは俺の、漢の使命なんだ。お前は家で大人しく待っていろ」
「でも、私のサポートがあったほうが、絶対うまくいくと思うの」
「しかしだな――」
どうやらこのローブの人物は彼の妻のようで、いつまで経っても帰ってくる気配のない夫を心配してダンジョンまでやってきたらしい。彼女は死神ちゃんに気がつくと、フードだけを脱いでニコリと笑った。
「夫がお世話になっているようで、すみません」
死神ちゃんは思わず驚いて目を見開いた。男はそんな死神ちゃんを見て、少し誇らしげに、そして照れくさそうに胸を張った。
「人間に誇り高いエルフの嫁がいるってことに、驚いたんだろう? 昔、彼女が何者かに襲われそうになっているところに遭遇してな。それを助けた縁で、気がついたら……」
死神ちゃんは不憫そうに眉根を寄せると、抑揚のない声でぼそぼそと言った。
「さっき、奥さんが〈私のサポートがあったほうが〉って言ってたけど、正直、そのほうが確実だよ。ただ、奥さんの、古傷を抉ることになるかもしれないけれど……」
夫婦は不思議そうに首を傾げさせながらも、死神ちゃんの指示に従った。妻が床に座り込み、夫が短刀を逆手に持って〈いまにも女に襲いかかる〉というような態勢をとると、妻が〈これで本当に大丈夫なの?〉と言いたげな表情で声を張り上げた。
「あ~れ~! 誰か、助けてー!」
すると、どこからとも無く笑い声が聞こえてきた。その笑い声は地響きのような低さから一気に高笑いへと変化し、そしてテンションが最高潮に達したところで声の主は姿を表さぬまま朗々と語り始めた。
「〈尖り耳〉の平穏を脅かし、〈尖り耳〉の麗しき心を恐怖に塗り替える悪魔よッ! たとえ神が現れずとも、いつか必ず〈尖り耳〉を愛するこの俺が、神に代わって悪を裁く……! 人、それを〈天誅〉という!」
「兄さん!?」
「貴様らに名乗る名など無い! ――トウッ!」
〈尖り耳狂〉のセリフの合間に〈謎の男〉が叫んだ言葉を、死神ちゃんは聞き逃さなかった。死神ちゃんは思わず「は? 兄さん!?」と叫んだが、男の耳にも〈尖り耳狂〉の耳にも、残念ながら死神ちゃんの言葉は届いてはいなかった。
姿を現した〈尖り耳狂〉は地べたに座り込んでいる〈男の妻〉を抱きかかえると、例の〈間合いを詰めて懐に飛び込む技〉を応用して男から距離をとった。そして、腕の中の女性に頬ずりしながら「もう大丈夫」だの「俺に惚れたか? 結婚しろ」だのと繰り返した。彼女は悲鳴を上げると、必死に男に助けを求めた。
「あなた、助けて! 彼よ! あの時、私を襲ったのは彼よ!」
「何だと!?」
「あの時は顔が見えなかったから気づかなかったけど、感覚で分かるわ……。彼よ! 彼だわ! いやあああああ!!」
妻が泣き叫ぶ様に激しい怒りを覚えた男は、〈尖り耳狂〉に近づいていくと力づくで妻から彼を引き剥がした。そして、男は目に涙を浮かべて腹の底から叫んだ。
「兄さん、あんた、どれだけ恥を晒せば気が済むんだ!」
「――む? 誰かと思えば、貴様、我が不肖の弟ではないか。しかし、たとえ弟といえども、〈尖り耳〉の平穏を犯す者は、許せはぬな」
「平穏を犯しているのはあんただろう! ギルドのルールに違反しまくって、〈冒険者資格一時停止〉を言い渡されたくせに!」
「そうだったか? 通りで〈祝福の像〉の使用が出来なくなったわけだ」
怒りの涙を流し続ける弟の言葉を気にも留めず、〈尖り耳狂〉は首を傾げさせた。
この世界では冒険者が魔法で蘇生する際、アカシックレコードというものにアクセスし、そこに記された情報を元に肉体の復元を行っているのだそうだ。そして、ギルドのサービスを利用するためには専用の腕輪に個々人の〈アカシック〉を紐付けして冒険者資格を得ることが必須であり、資格の一時停止や追放の際には腕輪と〈アカシック〉との連携が解除される。そういうシステムでギルドが運営されているため、冒険者達は〈冒険者資格〉のことを〈アカ〉と略して呼んでいる。
そして、ギルドのサービスの一つである〈祝福の像〉は、冒険者登録のある者であれば、どの職の者でも簡単に〈蘇生〉が行えるように作られている。本来は熟練の僧侶系職にしか読み取れない〈アカシック〉を、腕輪を用いることで簡単に呼び出せるようにしているのだ。だから、〈一時停止〉を食らっているらしい〈尖り耳狂〉は現在利用が出来なくなっているのだ。
「周りに迷惑をかけまくって停止処分を食らったにも関わらず、ダンジョンに潜り続けるもんだから、あんたをどうにか連れ帰ってくれと家にまで連絡が来たんだよ! この〈一家の面汚し〉め! 力づくでも連れて帰るからな! ――出ろー! ゴーレム~!」
男は迸る涙を滴らせたまま、拳を高々と振り上げた。そしてパチンと指を鳴らすと、男と〈尖り耳狂〉との間に魔法陣が現れ、ストーンゴーレムが一体のっそりと現れた。
「俺とゴーレムは、熱い絆で結ばれている! 元闘士である俺の動きをトレースするゴーレムの攻撃、あんたには避けられまい!」
そう言って、男は鬨の声を上げると〈尖り耳狂〉を取り押さえるべく腕を伸ばした。〈尖り耳狂〉は刀でゴーレムの手のひらを受け止めたのだが、押し負けて刀がパキンと砕け散った。
「なん……だと……!?」
一瞬驚愕の表情を浮かべた〈尖り耳狂〉だったが、動じることなく弟へと間合いを詰めた。
「理想の〈尖り耳〉を手に入れるまで、俺は立ち止まってなどいられんのだ!」
「うるさい、黙れ! 俺は絶対に、あんたを連れて帰るんだ!」
そのまま、彼らは殴り合いを始めた。そして、そこにモンスターの群れがやってきた。既に疲れ果て息も絶え絶えの兄が弟に「何とかせんか」と怒鳴ったが、どうにかしたいと思っても、弟のゴーレムはいつの間にやらどこかへと帰ってしまっていた。
彼らを呆気なくすり潰し、モンスター達が満足したかのように去っていくと、どこかへと身を隠していた弟の妻が気まずそうに顔を出し、魔法の棺桶を二つ取り出した。そして兄弟をそこに収めると、死神ちゃんにペコリとお辞儀を一つして足早に去っていった。
**********
「さ、今日は私の奢りです! お花ちゃん、心ゆくまで堪能してね!」
満面の笑みを浮かべてそういうサーシャに、死神ちゃんは照れくさそうに頷いた。〈謎の男〉が探していたのが〈尖り耳狂〉で、ヤツが当分実家で謹慎になると知ったサーシャは、涙を流して喜ぶと「マッコイさんが奢ると言ったビュッフェ、私が奢ります!」と言って死神ちゃん達を夕飯に誘ったのだ。
「アタシまでご馳走になっちゃって、本当に良いの?」
「もちろんです! これは私にとって祝勝会みたいなものですから、存分に楽しんじゃってください!」
遠慮がちなマッコイに、サーシャは嬉しそうにニコニコと笑ってそう言った。近頃、また〈尖り耳狂〉の出没情報が上がっていたせいで、彼女はダンジョンに出られなかったそうだ。そのため、応急処置作業に遅れが出てしまい、サーシャは〈課の仲間に迷惑をかけている〉と思い、一人落ち込んでいたのだそうだ。
「まさか、サーシャの悩み事まで解決するとはな」
「彼女、最近ずっと暗い顔しかしてなかったから。久々に笑顔が見られてよかったわよね」
食べ物を取りに来た死神ちゃんとマッコイは小さな声でそのようなことを話すと、荷物番のためにテーブルに残ったサーシャをちらりと見た。二人の視線に気がついて笑顔で手を振ってくるサーシャに手を振り返すと、死神ちゃんとマッコイも嬉しそうにクスクスと笑ったのだった。
――――おかげさまで、当面の間ではあるものの〈尖り耳狂〉の迷惑行為がヒートエンドッしたので、めでたしめでたしなのDEATH。




