旧 第52話 死神ちゃんと占い師
「俺のターン。ドロー! 召喚! 〈死神〉!」
男が得意満面の顔でタロットを掲げると、カードに描かれた死神が具現化し、モンスターへと飛んでいった。それと同時に、男の眼前に何やらが落下してくるものがあり、彼は思わずそれを受け止めた。
死神がモンスターの首を刎ねて消えていくのと同時に、男の腕輪からステータス妖精が現れた。
* 占い師の 信頼度が 3 下がったよ! *
頭上を漂う妖精と、腕の中の幼女を交互に見つめながら男が困惑していると、彼の仲間達が武器を収めながらポツリと言った。
「お前、ホンモノまで召喚しなくていいよ……」
仲間の言葉に呆然としていた男は、ゆっくりと〈腕の中の幼女〉に視線を落とした。男に見つめられた幼女がニコリと笑い、そして男の絶叫がダンジョン内にこだました。
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死神ちゃんが〈担当の冒険者達〉を求めて彷徨っていると、大型のモンスター一体に手こずっているパーティーと遭遇した。前衛の一人が後衛を振り返りながら「俺らの運命は!?」と叫んだ。すると、後衛の男が一人、一歩前に進み出た。彼の目の前にはカードの山が三つ浮かんでおり、そのうちの一つから一枚を引くと、男はカードを高々と掲げて叫んだ。
「俺のターン。ドロー! 召喚! 〈死神〉!」
このタイミングで飛び出して行ったら十分驚かせられるだろうし、簡単に〈とり憑き〉も出来るだろうと思った死神ちゃんは、カードから死神を呼び出して得意げに胸を張る男の眼前に落下した。案の定、男は〈何が起きたのか分からない〉という感じで戸惑い、呆然としていた。
カードから飛び出した死神がモンスターに引導を渡したのと同時に、戦士が剣を収めながらポツリと言った。
「お前、ホンモノまで召喚しなくていいよ……」
何でも、この戦士、以前は別のパーティーにいたそうで、そこで死神ちゃんと遭遇したことがあるらしい。男はそれを聞くや否や、歓喜の悲鳴を上げた。
「俺にもようやく、ホンモノを呼び出せる日が訪れるだなんて……!」
「いや、冗談だって。お前、召喚士じゃなくて占い師なんだから無理に決まってるだろ。――ほら、時計見てみろよ。死神罠発動のリミット過ぎてる」
そう言って、戦士は懐中時計を取り出した。熟練の冒険者になると、どのくらいの時間ダンジョンに潜っていると死神が出て来るのかを把握するようで、彼のように時計の〈死神が出て来るだろう時間になる辺り〉のところに印をつけて撤退の目安とする者が少なからずいる。――そして、彼が差し出した時計の針は、付けられていた印の位置をとっくに超えていた。
それを見て落胆した占い師の肩を励ますようにポンポンと叩くと、一行は地上へと戻るべく元来た道を引き返し始めた。
途中、彼らは再びモンスターと遭遇したのだが、彼らの戦いぶりを見て死神ちゃんは呆然とした。
まず、占い師は仲間達よりも一歩後ろへと下がると「スタンバイ!」と叫んだ。それを合図に一行は戦闘態勢に入り、占い師の次の言葉を待った。彼は魔法のタロットを取り出し、華麗にシャッフルして空中で三つの山を作ると、意気揚々と叫んだ。
「さあ、ターンエンドだぞ! 前衛よ、モンスターを蹴散らしてくるのだ!」
その後も彼は「ずっと俺のターン!」と言いながらノリノリでカードを引いた。カードから飛び出した〈塔〉が鐘を鳴らせば敵全体が混乱状態に陥り、カードから飛び出した〈太陽〉が燦々《さんさん》と暖かな日差しを降り注がせれば、仲間の気力体力がともに全快した。
そして、彼は次々と戦闘の役に立つカードを引いていたのだが、次に引いたカードはあからさまにタロットカードではないものだった。下手くそな手描きの絵が描かれたそれを高々と掲げると、占い師は満面の笑みで宣言した。
「俺のターン。ドロー! 召喚! 〈ドラゴン〉!」
すると、後衛として占い師の横に構えていた召喚士が面倒臭そうに一歩前に歩み出た。そして彼はドラゴンを一体呼び出した。しかし、そのドラゴンは召喚者同様にやる気がなかった。思わず、死神ちゃんは顔をしかめさせた。
「うわ、やる気なさすぎだろ、あいつ。態度が腐ってやがる。むしろ、ドラゴンそのものが腐ってるじゃねえか!」
「……うちの召喚士が契約してるやつ、ドラゴンじゃなくてドラゴンゾンビなんだよ。しかたがないだろ」
占い師がしょんぼりと肩を落とすのを取り合いもせず、死神ちゃんは召喚士を見つめた。そして同情の眼差しでぼそぼそと言った。
「なあ、お前らの戦闘スタイルって、いつもこうなのか? 占い師に付き合ってやるの、大変だろう」
「いやでも、こいつのテンションを高くしといてやると、いい結果を引いてくれるから……」
ドラゴンゾンビが毒液を吐き散らしてすごすごと去っていくのを見つめる召喚士の瞳は、とても虚ろだった。そして、このやり取りでやる気をなくしてしまったのか、この後の占い師のカードの引きは絶不調だった。
カードから飛び出した〈星〉がモンスターに輝きを与え、モンスターの攻撃に磨きがかかり、〈愚者〉がモンスターではなく冒険者へと子守唄を歌った。落ちてくるまぶたを必死に開き、眠気を打ち払おうと必死に頭を振りながら、仲間達は「もうこれ以上、タロットを引いてくれるな」と占い師に訴えた。しかし、意地になってタロットを引き続けた占い師はまたもや逆位置でカードを引いた。
「俺のターン。ドロー! 召喚! 〈死神〉!」
カードから飛び出した死神は、冒険者達の頭上をぐるぐると旋回した。それを占い師以外の面々が心地の悪い思いで見つめる中、占い師がハイテンションを保ったまま続けて言った。
「さあ、誰が死ぬのかな!? ――俺だー!」
占い師はダイスを振り、その結果を見ると親指で自身を指差した。首を刎ねられ、サラサラと灰化していく彼に頭を抱えながら、眠気に勝てなかった一行は戦闘を放棄して眠り始めてしまった。悪夢にうなされながらモンスターに蹂躙される冒険者達を束の間呆然と見つめていた死神ちゃんは短くため息をつくと、壁の中へと姿を消した。
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仕事から帰って来てすぐに、死神ちゃんが共用のリビングに顔を出すと、同居人がタロット占いをしていた。怪訝な顔の死神ちゃんは同居人に〈どうしたのか〉と尋ねられて、先ほどの〈占い師〉の話をした。
「ああ、冒険者の持ってる魔法のタロットって、絵に描いてあるものが飛び出してきておもしろいよね。でも、これは普通のカードだから安心してよ。――よかったら、薫ちゃんも何か占ってみる?」
笑顔を浮かべる同居人に頷き返すと、死神ちゃんは一枚カードを引いた。〈戦車〉の逆位置で、何かトラブルに見舞われる暗示とのことだ。死神ちゃんがカードの詳しい説明を受けていると、タイミングよく腕輪の一部が点滅した。突然の〈無線の知らせ〉に首を傾げた死神ちゃんは、無線から発せられた声を聞いて顔をしかめさせた。
「ジューゾー、突然ごめんなさい! 今日、仕事が早めに片付いて急に空き時間が出来たのよ。休みも合わなくてあんまり会えないし、よかったら、これから一緒にご飯でもどうかなーって……。駄目かしら?」
無線を一旦〈消音モード〉にすると、死神ちゃんはゆっくりと同居人に視線を向けた。
「今日、俺、きちんと帰ってこられるかな。アリサさ、隙あらば俺を連れ帰ろうとするんだよ……」
「運命は自分で切り拓くものだよ。頑張って、薫ちゃん」
死神ちゃんは乾いた笑いを浮かべると、深いため息をついた。そして〈消音モード〉を解除すると「寮の仲間を誘ってもいいか」とアリサに答えた。
――――どんなに効果が素晴らしくても、所詮は〈占い〉。運次第のものに頼り切るのではなく、自分で結果を掴みとりに行かなければならないのDEATH。




