旧 第50話 突撃★向かいの死神寮!
同居人に呼ばれて死神ちゃんがエントランスにある小さなラウンジスペースに顔を出すと、結構な高さのある紙袋を抱えた天狐がソファーにちょこんと腰掛けていた。
〈四天王の権威〉を振りかざして勝手に上がり込んだ際、天狐はおみつの元へと強制送還される合間にマッコイに〈トップに立つ者こそ、約束事はきちんと守らねば駄目だ〉とかなり怒られたのだそうだ。本来、寮長立ち会いのもと、来寮者名簿に記名出来ない場合はラウンジスペースまでしか部外者は入ってはいけないことになっている。現在、マッコイは不在で、ラウンジ横の寮長室窓口にはカーテンがかけられていた。そして天狐がソファーにお行儀よく座っているということは、つまり、彼女が先日のマッコイの言葉をきちんと守っているということだ。
死神ちゃんはそれに気がつくと、無性に優しい気持ちになった。そして天狐に声をかけて近付くと、彼女の頭を撫でて褒めてやった。すると天狐は〈当然である〉とでもいうかのような得意げな顔で嬉しそうにしていた。
天狐はその上機嫌なまま、死神ちゃんに紙袋を差し出した。紙袋の中身はいわゆる〈高級スイーツ〉だった。
「お花、この前、具合を悪くして寝込んでいたじゃろう? お花は甘味が大好きだと聞いておったからの、快気祝いに〈すいーつのおとりよせ〉をしたのじゃ! たくさん用意したから、皆と仲良く食べるのじゃ!」
死神ちゃんがお礼を述べると、得意満面の顔で胸を張っていた天狐が急にしょんぼりとしだした。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼女は死神ちゃんからスッと目を逸らした。
「本当はの、お見舞いに来たかったのじゃ。でも、おみつに〈心配だからって無闇矢鱈に話しかけたり、じっと見つめたりしないと約束できますか?〉と言われての。わらわは〈それをする気しかしなかった〉からの、グッと我慢したのじゃ。少しでも早く、お花に元気になってもらいたかったからの……」
目をパチクリとさせていた死神ちゃんが笑い出すと、天狐はムスッとした顔で拗ねた。死神ちゃんは堪えられない笑いを頑張って堪えながら謝った。
「いや、だって、注意されてもうっかりそれをするお前が簡単に想像できるものだから。でも、もしもまた寝こむようなことがあったら、その時は気にせず見舞いに来てくれていいよ。そうやって心配してくれるだけで、俺、嬉しいからさ」
死神ちゃんが優しく目を細めると、天狐は嬉しそうに頷いた。
紙袋を置いてくると言うと、死神ちゃんは天狐に背を向けた。そして天狐は再び、お行儀よくソファーに腰掛け直した。
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「あーん、もふ殿! お久しぶりです~!」
「おケイ、苦しいのじゃ! 落ち着くのじゃ!」
死神ちゃんが来寮者名簿に自分と天狐二人分の名前をまとめて書いている横で、ケイティーが天狐を羽交い締めにしていた。本日天狐が死神ちゃんを訪ねてきたのは単に〈快気祝いを渡すため〉だけではなく、〈第一死神寮に遊びに行こう〉と約束していたからだ。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、名簿を手にケイティーに近づいた。
「ケイティーさんって本当に、〈可愛いもの〉が大好きですよね」
「うん、もう、大好き! 可愛らしくない筋肉質な身体で、可愛らしくない仕事してる反動って言うのかね。オフの時くらいは、可愛いものに埋もれていたいっていうか!」
「ああ、だから私服もこんなに可愛らしいのか。今日のもすごく可愛らしいし、すごく似合ってる」
言いながら、死神ちゃんは名簿と〈快気祝いのおすそ分け〉をケイティーに差し出した。それを受け取りながら、ケイティーはまじまじと死神ちゃんを見つめた。
「前々から気になっていたんだけど、お前のそれ、諜報員時代の仕込みなの? それとも天然?」
「は? 何がですか?」
死神ちゃんが眉根を寄せると、ケイティーは腹を抱えて笑い出した。そして彼女は立ち上がると、「ついておいで」と言って歩き出した。死神ちゃんと天狐は、何故彼女が笑っているのか理解できず、小首をかしげて不思議そうにケイティーの背中を見つめた。
ケイティーの後ろを歩きながら、天狐が少しそわそわとしていた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、天狐はほっぺたを両手で抑えながら緊張気味に言った。
「わらわの〈お勉強〉のうちの〈たいいくのおじかん〉は、〈第二〉の皆が担当してくれておるからの、〈第二死神寮〉にはよく行くのじゃ。しかしの、〈第一〉は今日初めてお邪魔したのじゃ。だから、ちょっとどきどきなのじゃ」
「ああ、楽しかったなあ。もふ殿との〈たいいくのおじかん〉……。ガチの鬼ごっこをしたんだけれど、人間の私には妖狐のもふ殿は全然捕まえられなくて。亜人のみんなが、その時ばかりは本当に羨ましくてさあ」
後ろを振り返りながら、ケイティーが会話に参加してきた。昔を懐かしんで笑う彼女を、天狐は笑顔で見上げた。
「今度、おケイとマッコとお花とわらわで鬼ごっこするのじゃ! 何なら、〈第一〉と〈第三〉で参加出来るものは皆参加するといいのじゃ! そしたら、褒美を用意して〈いべんと〉にするのじゃ!」
「何それ、絶対に楽しい!」
ケイティーは輝かんばかりの笑顔で天狐を抱き上げると、天狐に頬ずりしながら「マッコイと相談して連絡する」と言った。天狐はくすぐったそうにクスクスと笑いながら、ウンウンと頷いていた。それと同時に、死神ちゃん達は目的地である〈共用リビング〉にたどり着いた。
リビングに足を踏み入れてすぐさま、死神ちゃんは思わず「おお」と感嘆の声を上げた。――死神ちゃんの視線の先では、もこもこ素材の可愛らしいうさぎのぬいぐるみがソファーに腰掛けて新聞を読んでいた。
ぬいぐるみは死神ちゃん達に気がつくと、近くのテーブルに折りたたんだ新聞を置いてソファーからぴょんと飛び降りた。そして、とてとてとこちらに近づいてきた。
「ケイティーちゃーん! その子達が、この前言ってたお客さん?」
「うん、そうだよ。うさ吉、ほら、ご挨拶して」
ケイティーがぬいぐるみの頭を撫でてやると、ぬいぐるみは死神ちゃんと天狐を交互に見つめながらパタパタと腕を上下させながら、可愛らしい甲高い声で言った。
「初めましてー! ボクは〈うさぎのぬいぐるみ〉のうさ吉! 第一死神寮のアイドルにして、頼もしい番うさぎだよ! よろしくね!」
そして、ぬいぐるみは可愛らしくペコンとお辞儀をした。天狐は目を輝かせると、うさ吉を抱きしめながら「可愛い」を連呼した。
死神ちゃん達はのんびりと、話に花を咲かせた。その間もうさ吉は天狐に抱きかかえられ、可愛がられていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、天狐の帰る時間がやってきた。死神ちゃんとケイティーは、迎えに来たおみつと手をつなぎ、こちらを振り向いて一生懸命に手を振る天狐に手を振り返してお見送りした。
死神ちゃんはこの後、ケイティーとマッコイと三人で夕飯を食べに行く約束をしていた。勤務が終わって帰って来たら〈第一〉にマッコイが顔を出すという段取りとなっていたため、死神ちゃんはケイティーと一緒にリビングへと戻った。
少しして、ケイティーが「どうしても片付けなければならない寮長仕事があるから」と言って席を外した。普段のんびりと話す時間のない〈第一に住まう同僚達〉との交流を楽しんでいた死神ちゃんは、笑顔で彼女を送り出した。周りにいた〈第一の住人達〉も笑顔だったのだが、全員が全員、一転して苦虫を噛み潰したような顔をした。後ろを振り返り、去りゆくケイティーの背中を見つめていた死神ちゃんは不思議に思いながら正面に向き直った。そして死神ちゃんもまた、住人達と同じような表情を浮かべた。
「おうおうおう。てめえ。てめえだろう? 天使のように可愛らしいフリして周りを手玉に取って、うちの鉄砲玉を不幸のどん底に突き落としたっていう〈第三死神寮の悪魔〉ってのはよお」
「……はい?」
死神ちゃんの眼前で、生々しく気味の悪いうさぎが低い声で唸るようにそう言い、そしてメンチを切っていた。住人の一人は頭を抱えると、げっそりとした顔でポツリと言った。
「あいつ、うさ吉にあることないこと吹き込んでたんだよね。ごめんね、小花」
「えっ、これ、この気持ち悪いの、うさ吉!?」
死神ちゃんはぎょっとして、目の前のうさぎを指差した。ふかふかの身体は痩せこけ、もふもふの毛並みは消え失せてハダカネズミのように生々しく、潤んだつぶらな瞳は大きく見開かれて充血しており、〈可愛らしいぬいぐるみ〉の面影など皆無だった。
死神ちゃんが呆気にとられていると、うさ吉が死神ちゃんの指に噛み付いてきた。そして、うさ吉は苦々しげな表情で吐き捨てるように言った。
「ちっ、すり抜けて貫通しやがる。ふざけやがって。てめえが死神じゃあなかったら、この歯で指を噛みちぎって、そしてこの爪でその首を跳ね飛ばしてやるのによお」
死神ちゃんが呆然としていると、住人に呼ばれて駆けつけたケイティーがリビングに飛び込んできて、そしてうさ吉を殴りつけた。うさ吉は元の愛らしい姿に戻ると、死神ちゃんを指し示しながら「こいつが悪い」と涙ながらに訴えた。しかし、住人から事情を聞いて知っていたケイティーはうさ吉の言葉を最後まで聞きもせず、再びうさ吉を殴った。
「牙を剥くべき相手かどうかも判断できないだなんて、それじゃあ番うさぎの意味がないだろうが」
「でも、ケイティーちゃん――」
「うるさい。あとで、鉄砲玉と一緒に寮長室に来るように」
「い、いえす、まむ……」
軍人モードのケイティーに睨みつけられ、うさ吉はガクガクと震えだした。〈寮自体にも、個性ってやっぱりあるもんなんだな〉と思いつつ、死神ちゃんはぐったりと肩を落とした。
――――「美しいものには棘がある」よろしく、可愛らしいものにも棘はあったようDEATH。




