旧 第49話 死神ちゃんとジュエリーハンター
〈二階へ〉という指示の下、死神ちゃんがダンジョン内を彷徨っていると、二階の最奥で盗賊らしき女が耳を必死に壁に押し当てていた。死神ちゃんは女へと静かに近付くと、ワッと声をかけて驚かせた。小さく悲鳴を上げて驚いた女は、死神ちゃんを見るや否や悪態をつき始めた。
「ちょっと、お嬢ちゃん。脅かさないでよ。人が必死にお仕事してるって時にさあ」
「仕事? 罠や隠し扉を探してるようには、正直見えなかったけれども」
女は馬鹿にしたような笑顔を浮かべると、ハンと鼻を鳴らしながら腰に手を置き胸を張った。
「分かってないわねー。あたしが探してるのは、罠や隠し扉じゃなくて財宝なの。ルビー、サファイア、デ~ヤモンド! そんな素敵なお宝ちゃんの鉱脈を探すのが、ジュエリーハンターであるあたしのお仕事なのよ。もちろん、宝箱に入ってるのもありがたく頂戴するけど。夢があって、更には華やかで、素敵なお仕事でしょう?」
耳を壁に必死に押し当てていたのは、鉱脈があると〈音の響き方〉や〈聞こえてくる音〉というのが通常と異なるそうで、それを聞き逃すまいと耳を澄ませていたのだという。また、鉱脈に限らず〈石の中が水晶や鉱石となっているもの〉なども同様のため、一つ一つ丁寧に音を聞いて回っていたのだそうだ。
死神ちゃんは呆れ顔でげっそりと肩を落とすと、ジュエリーハンターにぼそぼそと言った。
「いや、だからって、ダンジョンじゃなくてどこかの山にでも行けよ。そんなに鉱脈探ししたいなら」
「あのね、あたしだって馬鹿じゃないのよ。このダンジョンにもあるっていう噂を聞いたから、こうやってやってきた――」
話の途中でバシンと壁をひと叩きした女が、急に口を閉ざした。彼女が壁をひと叩きしたのをきっかけに隠し扉が開き、そこから出てきたものと目が合ったからだ。
「おう、べっぴんさんじゃねえか。なんでえ。俺らに何か、ご用かい?」
「えっ、何これ……」
爽やかな笑みを浮かべて女を見上げる根菜と、それを見て怪訝な顔付きで固まる彼女を見て、死神ちゃんは頭を抱えた。彼女が必死に張り付いていたのは、ちょうど根菜の巣の前だったのだ。
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「ほうほう、そうかい。話は分かった。男も女も、夢を追い求めるヤツってえのは、総じて美しいもんだ。どんな夢もハンパにしねえで、諦めず。いい子ちゃんぶって背中を向けるよりは、熱い大きなバカになって。そうやって、追いかけりゃあいいのよ」
そう言ってウンウンと頷くと、根菜は〈三階〉の地図を取り出した。〈三階〉までは冒険者ギルドが介入出来ているため、かなりの額を支払えば地図を購入することが出来る。根菜が取り出した地図は、まさにそれと同じものだった。
死神ちゃんは何故根菜がそのようなものを持っているのかと疑問に思いながら顔をしかめさせたが、根菜はそんなことも気にせずに地図をトントンと指差して話し始めた。
「俺らは新参者だからな、正直なところ、あまりダンジョンのことは詳しくねえんだ。ただ、今日、ちょいと散歩してたらな、ここら辺で変な物音を聞いたのよ。モンスターや冒険者が出すのとはちょいと違う、な」
ジュエリーハンターは根菜の言葉に目を輝かせると、お礼を言って巣から勢い良く飛び出していった。
「なあ、〈一階〉に戻って俺のこと祓わないでいいのか?」
「あたし、〈姿くらまし〉出来るから。あんな有力情報もらっちゃったら、行かないわけにはいかないでしょうが」
彼女はそう言うと、〈姿くらまし〉でモンスターを避けつつ進んでいった。そして目的地に着くと、再び必死に壁に耳を押し当てて音を探り始めた。ほんの少しして、一つ一つの石の音を丁寧に聞いていた彼女が得意げな顔で死神ちゃんに言った。
「見つけたよ! ほら、あんたも聞いてごらん。こっちの石と、この石の音。聞き比べてごらんよ。そしたら分かるから」
死神ちゃんは言われるがまま、石組みの壁に組み込まれている〈やけに大きな石〉の二つを聞き比べてみた。たしかに、片方はコンコンと叩いてみても中で響くというようなことはなく、もう片方は音が響いていくような不思議な感じがあった。
「おお、本当だ。まさかダンジョン内で、そんなものが……」
コンコンと石を叩きながら、興味深気な顔で死神ちゃんがそう言うと、ジュエリーハンターは得意満面に胸を張った。そして彼女は「仕事にとりかかるから、どいて」と死神ちゃんに声をかけたのだが、死神ちゃんはその場からどくことなく、耳を石に一層押し付けて顔をしかめさせた。怪訝な顔の彼女をゆっくりと見上げると、死神ちゃんは表情もなくポツリと言った。
「なあ、なんか、〈音〉じゃなくて〈声〉が聞こえる気がするんだけど」
「は? んなわけ無いでしょ。ちょっと、聞かせてみなさいよ」
ジュエリーハンターは死神ちゃんを押しのけると、石に耳を当てた。そして、顔を青ざめさせた。
「えっ、何……〈助けて〉……? い、いやあああああああ!!」
怯えきった表情で勢い良く立ち上がると、ジュエリーハンターはその場から走り去った。しかし、取り乱して〈姿くらまし〉するのを忘れていた彼女は、遭遇したモンスターに呆気なく屠られ灰と化した。
死神ちゃんは一部始終を見届けると、首を傾げさせてボリボリと頭をかいた。
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「小花、さっきお前が通報してくれたアレ、無事に対処出来たってさ。――いやあ、たまにいるんだよね、石の中にいるヤツ」
死神ちゃんが待機室で次の担当が割り振られるのを待っていると、ケイティーが隣に腰掛けながらそう言った。あの後、地図を見ても何もないことになっている場所から声がするのは明らかにおかしいと思った死神ちゃんは、問い合わせの無線を入れたのだ。
壁の石の〈やけに大きいもの〉は、修理が間に合わずに魔法で応急処置をした場所に多くみられるそうで、〈応急処置でガワだけをとりあえず繕った〉ために中が空洞になってしまっているのだという。きちんと修復が出来ていればそんなハリボテ状態にはもちろんならないわけだが、残念なことに、中々大規模な修復作業が出来ないのだそうだ。そして、宝箱の罠には冒険者をどこかへと転送させるものがあるらしいのだが、そのせいでごく稀に〈今日みたいな事故〉が起こるらしい。
「石の中に入り込んだ冒険者が死んでいれば問題ないんだけどさ、生きていると微量に魔力を発散してることがあるから。そうすると、ダンジョンにとっても悪影響だからね。早めに取り除けて良かったよ。――ていうか、鉱物掘りたいなら〈五階〉に行けばいいのにね。そういうスポット、あるんだよ」
死神ちゃんは首を傾げさせて目をパチクリとさせると、一転して顔をしかめさせた。そして、低い声でぼそぼそと言った。
「えっ、実際にあるんですか? ――ていうか、たまに壁から杖とか剣とか生えてるのを目にしますけど、それってもしかして……」
ケイティーは答える代わりにニヤッと笑った。死神ちゃんは「えげつな」と呟くと、肩をすくめさせた。
――――なお、その周辺の石を切り出して蘇生呪文を唱えると、ちゃんと生き返るらしいので、それで身銭を稼いでいる死体回収屋さんが意外といるそうなのDEATH。




