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  作者: バーボン
1/1

渇きの心

プロローグ


 ピンと張りつめている。体におそいかかる寒さを少しでもしのごうと新聞紙を頭からかぶった。12月、もうそろそろ年の瀬を迎えるころだ、都会の喧騒が聞こえてくる。無数の車のヘッドライトとテールランプがきれいにつながって帯をなしている。自分の前を通りすぎる人波はこちらを気にも留めていない。空を見上げた、星がまたたいている、明日は晴れるのだろう放射冷却のせいで朝は冷え込むはずだ。、寒い朝になりそうだ、俺はさらに新聞紙を重ね目を閉じた。

 ホームレスになって半年ほどがすぎた、全てが崩れた。運び屋の仕事を請け負っていた、何を運んでいたかは知らない、それが俺のルールでもあったからだ、届けてほしい物を相手先へ届けていた、かなりの収入になった、信用していた仲介屋から仕事を請け負いこなしていたが全てが崩れた、自分の周りにいた奴らは手の平を返したようにいなくなった、誰に嵌められたのかどうかもわからないままここに落ちてきた、誰も信じないと心に誓った、ただ、今思い返せば腐った自分の周りにいた奴らは腐った自分と同類だったということがはっきりと分かっている、それが分かったことがせめてもの救いだといえるだろう、ただあいつらだけは違った、「恭一」、「直樹」、途中まで一緒だったがそれぞれが違う方向へ逃げた、どうしているかも分からない、ただ、生きていればこの同じ空の下にいるのだろうと思っている。


 年が明けた、どうということのないいつもの暗く寒い朝だ、俺は体を起こし目の前にあるまだほとんど吸われることなく捨てられた煙草を拾いライターで火を点けた、白い吐く息と煙が混じり合いながら空へと昇っていく、ぼんやりとそれを眺めやがて火を消した。

 毎朝くる小高い丘の上の墓地に来た、まだ暗い朝だ、人影など見えない。まずは体をほぐすためにかるく柔軟をした、走り出す、丘の端から端までは500Mといったところだろうか、250M程走ったところでステップを踏む、シャドーボクシング、昔ジムに通いそれなりにやってきた、身体はそれなりに覚えていてこの半年程で体力も持久力もそれなりに戻ってきている、ジャブとストレートのコンビネーションを数セットし残りの250M程を全力で走る、息が上がる、冷たい空気が肺に入り込む、息苦しくなる、それでも無視して走る、限界、その場にひざまずいた、何か違う生き物が喉から出てきそうになる、体が一気に熱くなる、上半身はシャツ一枚だけ残して全部脱いだ、身体をいじめているようなものだと思っている、今の自分にとってそれは心地よいことにさえ思えている。やり場のない怒り、それを今は自分にぶつけているのだろうか。帰りの500Mはゆっくりとながしながら走る、水道でタオルを洗い体をふく、冷たいタオルが心地いい、生きている、ふとそう思った。

 いつもの一日を過ごす場所に戻ってくる、人間とは不思議なものだと思う、ここにいる理由は何もないのに戻ってくる、今の自分の居場所、心のどこかでそれがあると安心するのだろうか、戻ってこれる自分に満足するのだろうか、「生きている」とはそういうことなのだろうか、落ちている煙草に火をつけた、またぼんやりと煙を見つめた。


再会

 

 人影、ここに居て半年程になるが自分の前で立ち止まった人は1人しかいない。自分のことを不憫に思ったのかお金を置いて行ってくれた人がいただけだ。顔を上げた、逆光の太陽がまぶしい、顔の輪郭が浮き上がっている、やがて顔が見えた、

「...直樹」声がもれた、直樹は微笑んでいるように見えた、

「...さがしたぜ、一敏」

俺は立ち上がり直樹と同じ目線に立った。この半年間、人の顔をじっと見据えたことなどなかった、不思議な感情が湧きあがってくる。直樹と目が合う、哀しい色をたたえた目だと思った、半年前はこんな色の目はしていなかった、半年の間に乗り越えた事がそうさせたのだろう、目を見れば分かった。俺は声を出した。

「元気そうだな」何と言っていいかわからずなんとなく出た言葉だった。直樹は笑った、

「お前もな、少し痩せたようだけどね」直樹はそう言って俺をじっと見つめてきた。

「なんだってこんな所にいるんだ、金はある程度持ってただろ?お前らしくないぜ」言ってまた俺を見つめてくる。

「何もかも投げてみたくなったのさ、退屈だけどここはここでいい所さ、自分を見つめなおすには丁度良かった、ただ同じ毎日を繰り返す、そんな生き方もいいのかもな」

「本心か?」

「さあな、今の俺にはこんな時間が大事だったとは思うがな」言って俺は微笑んだ。

「一敏、お前いい目をしてるぜ」

「何だよ急に」

直樹はしばらく俺を見つめて口を開いた。

「巻き返そうぜ」言って直樹はじっと俺の目を見つめてくる。やはり哀しい色をたたえた目だ。

「復讐か?」

「真実を知りたいんだよ」

「知ってどうする」

「このままでいいのか?」言われて俺は心に血が流れたような気がした。ここに落ちてきたときから、いや、運び屋の仕事をしているときから心の中で何かが止まったような気がしていた、それが今少し動き出したような気がした。「目標」、今迄の自分に欠けていたものが見つかったような気がした。俺は生きながら死んでいたのか、ただ死ぬために生きていたのか、心に血が流れはじめている、今、はっきりとそれを感じている。

「恭一はもう動き出しているぜ」

懐かしい響きだった。

「もう、会ったのか」

「ああ、あの後すぐに恭一と合流したよ、恭一は裏から色々と探っている、細かいことは近時か連絡が入る、一敏ともすぐに合流したかったけど、何処にいるか分からなかった、方々あたってやっとそれらしい情報が入った、それが昨日だった」

「手間取らせたな」

「やるんだろ」

「ああ」

「明日午前11時、O駅の東側迄来てくれ、まだ車はあるのか?」

「持ってるさ、ちゃんと貸ガレージに隠してあるよ」

「そうか、OKだ、じゃ、明日O駅11時だぜ」言って直樹は俺を見つめた。

「ああ、明日な」言って俺は踵を返した。ここに戻ることはもうないだろう、約半年の間の俺の居場所。次の俺の居場所はどんな所だろうか?そう思いながら歩いて行く。もう後ろは振り向かなかった。


始動


 俺はそのままガレージに向かった、ここに来る前にガレージを借りて車を隠した、ポケットからガレージの鍵を出してシャッターを開けた、黒いその車は俺の帰りを静かに待っていたように佇んでいた、俺の全てだといってもいい車だ、ルーフポルシェRt12、650ps、フロントのトランクを開け、はずしておいたバッテリーの端子をつないだ、ついでにスーツケースも取り出しリヤシートに放り投げた。キーを出しスターターを回す、少し長めのクランキングでその獰猛なエンジンは静かに目覚めた、「待たせたな」そう車に話しかけ水温計の針が少し動いたところでギヤをローに入れた、そろそろと走り出す、そうやってしばらく走り水温計の針がある程度まで上がってきてから普通に走り始める、もうオイルも回ってきただろう、アクセルを踏み込んでみる、瞬時にタコメーターの針が跳ね上がり強烈なGが体を襲う、流れる景色が瞬時に変わる。少し慣れが必要だなと思いながら、ラブホテルの駐車場に車をすべりこませた。

 スーツケースを取り部屋に入り風呂をためた、スーツケースから取り出したナイフで髭を剃り髪を切った、ひょんなことで知り合った元フランス外人部隊の男がナイフで髪を切る方法を教えてくれたのだ、見よう見まねで何度かするうちにそれなりにうまく切れるようになった、アマゾン河流域に住む部族がピラニアの歯で髪を切る習慣があるのを見たことがあるがそれよりは簡単なのかもしれないとふと思った。風呂につかる、温かい感覚が体を包んでくる、心までは温まらなかった、この半年間、水で濡らしたタオルで体を拭いていた、そっちの方が俺には似合っているような気がする、けど今は心に血が流れ始めている、事が進んで行けば心も温まるのだろうか。

 風呂から上がりスーツケースから銃を取り出す、コルトキングコブラステンレス6インチ357マグナム、「裏稼業」日本ではそんな言葉がピッタリの道具だ、シリンダーをスイングアウトし弾を込める、シリンダーを戻し構えてみる、外国で訓練をした、結構な腕にはなっていた、多分衰えてはいないだろう、身体が覚えている、国内では使ったことはないし人を撃ったこともない、なるべく使いたくはなかった。

 銃をスーツケースに戻しベットに横たわった、やわらかい感触が久しぶりだった。半年前までは普通だった感覚、別に快適だとも思わなかった。慣れてしまえば人間どうにでもなる、半年間の生活で悟ったことだった。

 明日の待ち合わせの時間にはまだ時間がある、眠れるだろう、アラームをセットした、ベットに吸い込まれそうな錯覚が襲ってくる、やがて目を閉じた。



相棒


 アラームが鳴り響いた。午前6時、俺はベッドから抜け出しシャワーを浴びた。ここからO駅までは普通に走って4時間ぐらいだろう、車に体を慣らすには丁度いい。手早く荷物をまとめ、支払を済ませてホテルを出た。

 町を抜け、高速に乗った。平日の朝はこの時間でももうかなりの車が走っている。前の車について追い越し車線を120キロ程でゆったりと走っている、やがて前走者が道をゆずった。

走行車線には車が並んで走っているが、追い越し車線は道が開けていた、3速に落としアクセルを踏み込んだ。フラットシックの3.8Lツインターボが瞬時に反応する、景色の流れが一気に変わるのと同時に強烈な加速Gが体を襲ってくる、フラットシックスの咆哮が聞こえ、この車の本当の姿が現れる。タコメーターの針は4千、5千、6千と瞬く間に跳ね上がり4速にシフトアップ、車速はもう250キロを優に超えている、車体は路面に張り付いたように安定している、ステアリングを通してそれが伝わってくる、5速、300キロ、車はなおも加速を続けたがるがアクセルを離しブレーキを踏んだ、ほんの10数秒の出来事だ、色んな高性能と呼ばれる車の謳い文句はあまり信じられたものでは無いが、このルーフRt12の性能は伊達ではないだろう、何よりも自分の全てを賭けてもいいと思える車だ、俺にとっては他はない。究極の相棒だ。車速を150キロくらいにしばらく走りパーキングエリアに車をすべりこませ、かるく朝食を食べた。午前8時だ、町を出て1時間くらいになる、空は晴れていた、昨日のこの時間は直樹と再会していたころだ、心に血が流れ始め、この半年間の生活が一気に変わった朝を迎えていたころだ。渋滞情報をチェックした、特に渋滞や事故はないようだ。この分で行けば約束の時間には楽に間に合うだろう、俺は車に戻りエンジンを掛けた。エグゾーストからは低いアイドリングの音が聞こえている、相変わらずバランスのいい滑らかな連続音だ、一つ一つの部品が完璧な仕事をしている。いつだって冷静なこいつに、少し嫉妬しそうになった。「行こうか」俺は車に話しかけ、ギヤをローに入れアクセルを踏み込んだ。



追跡者


 O市に着いた。インターを降り、途中、携帯電話ショップで携帯電話を買った。連絡を取り合うのに必要になるだろう。覚えていた直樹と恭一の番号を登録した。待ち合わせまで時間がまだあった、O駅の周辺を少し走ってみた。道をチェックする。運び屋の仕事をしていた時の習性で逃走に適した道や、隠れるのによさそうな場所が目に入ってくる、退路を確保するのは生き延びるために必要なことだった、追いつめられる、イコール終わりを意味していた。

 バックミラーを頻繁に見る、これも癖になっていた。一台気になる車があった。O駅の前を通りすぎたあたりから、シルバーのベンツが一定の間隔を置いてついてきている。Eクラスのベンツは別に珍しくなかったが、路地を通り抜けてみても、同じ場所を走ってみてもやはり一定の間隔を保ってついてくる。間違いなく俺をつけていた。腕は悪くなさそうだ。街中で一定の間隔でつけるのは意外に難しい、周りの状況判断と追跡目標の先を読む力がないとすぐに信号などに引っかかったり、他の車に割り込まれて見失ってしまうからだ。俺は気付いていないフリをしながらぶらぶらと町を流し、少しずつO駅から遠ざかった。

 国道に入る交差点で赤信号で止まった。バックミラーをみる。5台後ろにそのベンツはいる。ウインカーを左に出した、信号が青になるのと同時にステアリングを左にきりアクセルを踏み込み車をテールスライドさせ一瞬で左に曲がった。そこからフル加速する。フラット6が咆哮をあげ、強烈な加速Gがかかる。前走者をスラロームしながら避け速度を上げる。150キロ、周りを走る車は80キロ程で走っているだろう、一瞬でも判断を誤れば即、終りになってしまう、綱渡りをしているようなものだ、心がカッと熱くなった、久しぶりにこんな気持ちになった、笑みがこぼれた、「生きている」そう実感できる瞬間だ。バックミラーを一瞬確認した、ベンツの姿はもうそこにはなかった。300M程先の右コーナーが深く切り込んでいた。場所を頭にたたきこんだ。今度は俺から仕掛ける番だ、車速をゆるめブレーキを一瞬踏み込みステアリングを右に切るのと同時にサイドブレーキを引く。スピンターン、車は奇麗にテールスライドをして180度方向を変えた。アクセルを踏み込む、ホイルスピンを伴いながら今走ってきた道を強烈な加速で戻っていく。シルバーのベンツEクラスがかなりのスピードでこっちに向かってくるのが見えた。相対速度が速いため次の瞬間には相手の顔が見えるまでに接近していた。フルブレーキングからスピンターンへ持っていく、ドライバーの顔をとらえた、驚いたような顔をしているのがなんとなくわかったが見た顔ではなかった。アクセルを踏み込む、加速Gが体を襲ってくるが大分なじんできたようだった、加速と車になじんできたのだろう完全にドライビングの勘は取り戻していた。今度はベンツが前を走っている、スピードを上げていっているがこちらの加速が上だった。エンブレムがみえる、AMG E55だった。V8の5500ccの353psかなりの高性能車だ。「今回は相手が悪かったな」俺は前を走るベンツに声をかけた。時より走っている走行車をスラロームをしながらパスをしていく、傍から見ていたら2台がランデブーしているように見えるだろう。やはり前走車のドライバーは腕はよさそうだった。まだリズムが崩れていない。俺は車間をつめて後ろへピッタリと張り付いた。ベンツはアクセルをさらに踏み込んで引き離そうと試みるが無駄なことだった。前走車のリズムが狂い始めた。速度は150キロを超えようとしている。頭に叩き込んだ場所にさしかかった。フルブレーキング。ベンツが猛烈に離れていく、後ろに気を取られていたのだろう、その先は深く切り込んだ右コーナーだ。ベンツのブレーキランプが点灯したが、間に合わなかった。ベンツは激しくガドレールに叩きつけられてスピンしながら100M程先で止まった。ベンツは白煙を噴いて無残な姿でうずくまっている。俺は車を降りてベンツに駆け寄った。2人乗っていた、事故の衝撃で気絶しているようだった。俺はドアを開け手早く2人のポケットをさぐった。財布が出てくる。俺はその財布をポケットに入れその場を立ち去った。そろそろ後続の車や、対向車がくるだろう。あの2人が無事かどうかは知ったことではなかった、そこで死んでしまえばそれまでの命だったということだ。ただ、今はっきりしたことは俺たちに動きまわられると困る奴がいるということだ。それともう一つ、体が熱くなっていた。昨日少し動きだした心の中で止まっていたものが完全に今、動いている。血が流れている。


   そうだ、「生きている」



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