平尾司①
「お母さん、大丈夫?」
司の母、紀子はここ最近ずっと体調が悪そうだった。
まだ小学2年生の司は心配そうに寝たきりの紀子の姿を見つめていた。
「なぁ、病院に行こう」
司の父、淳が運転する車で病院まで紀子を連れていった。
「早く良くなるといいね」
病院に向かう途中の車の中で、司は紀子の手をずっと握っていた。
「お母さん、頑張るからね」
お母さんはずっと、優しく僕を見つめていた。
精密検査の結果、紀子は末期ガンでそのまま半年間入院し、最期は淳と司が看取った。
「お母さん、きっと天国で見守ってくれているから、これから二人で頑張ろうな…」
涙を流しながら声を振り絞り、淳は司を抱き締めた。
大好きだった母が居なくなったが、司は泣けなかった。ただ、ただ現実を受け入れられなかった。
淳は紀子の葬儀から2年で再婚した。後妻は司の通う学校の教員で、司の元担任だった。
母さんが入院していたときに、僕と母さんを裏切って後妻と不倫していたのではないか…。そんな疑念が幼い司に植え付けられた。
最愛の母の死と父への疑念で司の人格形成は歪んでいく。
司の父は、後妻である美里、美里との間に生まれた弟の充を大切にした。そして、反抗期を迎えた司は両親に反発するようになり、家族の輪に入れなくなってしまった。
俺がこうなったのは、母さんが俺を残してあの世に行ったせいだ。親父が再婚したせいだ。俺は悪くない。そう考えるようになり、司の祖父母も同級生もそんな司の考えに賛同した。
かわいそうな立場になれば、少し悪いことをしても許される。司はそんな考えをもつようになった。
習い事をサボったり、部活の練習に行かなくても、家庭に居場所がないという理由を振りかざせば、周りは司に対して強く注意出来なかった。
「お前、それで本当にいいのか?」
中学2年生の初夏、司は淳に叱責された。
「お前は将来何になりたいんだ?」
司は勉強しなくても成績は常に上位だった。しかし、中身がないまま成長していく司を淳は心配していた。司は将来のことなんて考えたことがなかった。
「医者になる」
思いつきで言った。
「そうか」
淳は満足そうだった。
そっか、医者になって母さんのように病気で苦しむ人を救えるような医者になればいいんだ。司はそのとき、初めてそう考えた。
そこから司は一生懸命勉強し、地元トップの公立高校へ進学した。中学のときのように成績上位者には入れなかったが、目標ができた司は予備校に通い、医師を目指した。
しかし、司は医学部に合格出来なかった。結局、滑り止めの薬学部に入学した。浪人する気力は司には残っていなかった。
そこから司は、前のような状態に戻ってしまった。
司の父の期待は、弟の充に向けられるようになり、司は絶望した。司は医師になれば、淳が自分を認めてくれるのではないかと考えていたこともあり、受験の失敗に立ち直れなかった。
入学した大学で、村上加奈に出会った。




