表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
doppel  作者: ataru
9/22

Chapter 9

 応接室の中は、思ったよりも広かった。

 20畳はあるかと思われる室内の真ん中に、やわらかそうな黒いいすが向かい合っている。壁際には、観葉植物くらいしか置いていないし、壁には何も飾られていない。

 これが応接室というものなのだろうか。

 ていうか、窓ガラスが壁いっぱいに張られていて、外の景色が丸見えなのが、少しいただけない。

 だって――。

「ほう、これは眺めがいい!」

「でしょ、でしょ!」

 僕の気持ちを何も分かっていない二人が、窓の景色を見て感心していた。

 大澤さんがこちらを振り返って、手招きする。

「ほら、桂君も、こっちに来て窓の景色を見ようよ! すごい眺めがいいよ!」

「いや・・・・・・遠慮しておきます」

「ええ、何で来ないの? 窓の景色とてもいいのに」

 なぜ僕が遠慮する理由が分からないんだ!

 僕が一人頭を抱えていると、壁際のドアからノックする音が聞こえた。

「おーい、君たち! 誰かは知らないが、使うならもう少し静かにしてくれないか? 私は騒々しいのは嫌いでね」

「あ、すいません、露崎(つゆさき)社長!」

 大澤さんが返事をする。その言葉に、大志摩さんの耳がぴくんと動く。

「何、〝露崎〟だと? 社長さんの名前、露崎というのか?」

「え? ええ、そうですけど」

 大澤さんがそう答えると、大志摩さんはドアのほうへ歩み寄り、大声で叫んだ。

「おい、露崎! 露崎なのか?」

 ・・・・・・え!?

 僕は、大志摩さんがいきなり、社長さんの事を呼び捨てで呼んだことに驚いた。大志摩さんの知っている人なのだろうか?

 大志摩さんの声に、扉から、不機嫌そうな顔の男性が出てきた。

 背は、僕と同じくらい。眼鏡をかけていて、少し腹が出ている。年齢(とし)は、五十代後半って所だろうか。

「何だね、私のことを呼び捨てにして・・・・・・お、おおっ!?」

 その男性は、大志摩さんをみるなり、驚いて目を見開いて言った。

「あ、あなたは、大志摩さんじゃありませんか!」

「露崎! やはり君だったか!」

 二人は肩を組んで、高笑いした。僕は、片方の耳を手で塞ぎながら、大澤さんに耳打ちする。

「あの眼鏡のかけている人が、露崎社長ですか?」

「そ。四年位前に、副社長から社長に昇任したの。前社長を蹴落としてね」

「なるほど・・・・・・あ、そういえば、このビルが出来たの、確か三年前でしたよね? もしかして・・・・・・」

「そうよ。反対意見を押し切って、建物をこんな派手なビルにリニューアルしたのも、あの露崎社長よ」

 そういう大澤さんの口調は、少し皮肉が混ざっているように思えた。

 露崎社長が僕らのことに気付き、大志摩さんに問いかける。

「大志摩さん、この人たちは?」

「ああ、紹介しよう。私の姪の光代と、知り合いの桂遥翔君じゃ」

 僕らが頭を下げると、露崎社長はニコニコした顔で、僕等のもとに歩み寄ってきた。

「光代さんと、桂君ですね? はじめまして。社長の露崎です」

 そういって露崎社長は、僕らに名刺を渡してくれた。もらった名刺には、


 IMAGINE ENTERTAINMENT株式会社 社長

 露崎 (さとし)


と書かれていた。

 大志摩さんが僕らに説明する。

「露崎は、わしの大学のゼミの後輩でな。まさか、こんな大企業の社長になっていたとはなぁ! はははは」

「おだてないでくださいよ、大志摩さん。私はまだまだ未熟者で・・・・・・」

 大志摩さんが高笑いするのを見て、露崎社長は恥ずかしそうに微笑んだ。それを見た大澤さんが、思い切り皮肉った口調でつぶやいた。

「人を蹴落として自分だけのし上がるのだけは上等なのに、何が未熟者よ」

 その目は、怒りと憤慨に溢れた、今まで見せた事もないような目をしていた。僕は、そんな大澤さんに何もいえなかった。

「いやあ、さて! こんなところで立ち話もなんですから、社長室へ行きましょう。ささ、こちらへ!」

「おお、いいのか? よし、お言葉に甘えさせていただくとするか! はははははは」

「はははははは」

 そんな会話をしながら、二人は扉の向こうへと消えていった。

 ・・・・・・最後までうるさい人たちだ。

 率直にそう思ったが、大企業の社長に面と向かって言えるわけがないので、黙っておいた。

「――さて、やかましい人たちは消えた事だし、そろそろ聞かせてもらいましょうか」

 大澤さんが辟易(へきえき)とした口調で言った。その言葉に、僕はきょとんとする。

「聞かせてもらう? 何の事でしょう?」

「だから、目的よ、目的! ここまでして私に会いに来た目的よ。苦い思いをしてまでここまで来たって事は、あなたにもあなたなりに何か目的があるんでしょう?」

 大澤さんの言葉に、僕はやっと本来の目的を思い出す。

「ああ、そうそう。そのことなんですが――」

 僕は、一呼吸置いていった。

「僕の〝夢〟の中に現れたとき、大澤さん、自分のことを――〝『FANTASY ANOTHER』不正取締本部主任補佐〟だって、名乗りましたよね。その〝FANTASY ANOTHER〟って、何の事でしょうか?」

「ああ、それを訊きに来たの。分かった。説明するわ」


 大澤さんの話によると、〝FANTASY ANOTHER〟とは、今大人気の新感覚オンラインゲームの事らしい。大澤さんは、そのゲームの不正取締本部で働いているんだとか。

 ゲームの内容は、よくあるようなバトルものなのだが、ゲームのプレイ方法が少し特殊である。今までは、ゲーム機器を持って、画面を見ながらプレイするものだったのだが、〝FANTASY ANOTHER〟では、特殊な操作は一切必要なく、ゲームでよくあるようなバトルの場面を、リアルに『体験』できるんだそうだ。

「ずばり言っちゃうと――自分の『意識』を、仮想現実の世界に飛ばして、そこで知り合った仲間と一緒に、ゲームの要領で敵を倒していく、というものなの」

「そ、それはすごいですね!?」

「でしょ、でしょ? それで、意識を飛ばす方法は、この専用ヘルメットを使ってやるの」

 大澤さんは、どこから持ってきたのか、オレンジ色のヘルメットを取り出した。

「人の睡眠には、脳が活動しているレム睡眠と、そうでないノンレム睡眠の二種類があるの。夢を見やすいのが、レム睡眠のほう。夢を見ている際は、眼球の運動が活発になる上、θ(シータ)波という脳波が、覚醒時とほぼ同様の振幅を示すの。この専用ヘルメットについている感知装置が、そのθ波を感知して、波の振幅を計測し、個人情報に変換。その情報を、〝FANTASY ANOTHER〟のメインコンピューターに送信し、プログラムにアクセスすれば、プログラムの世界を自由に行き来したり、他の人の『部屋』に入る事もできるってわけ。まあ、体感型のテレビ電話みたいなものよ」

「・・・・・・はあ、そうですか・・・・・・」

 プログラムの中に入る仕組みを、大澤さんは、めいっぱい専門用語を使って説明してくれた。だが、はっきり言って、とても精神力を使う話だ。

「ちなみに、どうやって他の人の『部屋』に入るかというとね――」

「ああ、そこまでで結構です」

 僕は、大澤さんの前に手を置いて、丁重(ていちょう)に断る。

 大澤さんが言った。

「でも、桂君が〝FANTASY ANOTHER〟のことを知らなかったのは、少し意外だったわね。いまどきの中高生なら、誰でも知ってるようなものなのに」

「ああ・・・・・・まあ、僕は、ついこの間まで引きこもっていて、外部からの情報をできる限り遮断してきたので、そういう流行みたいなものは、あまり知らないんですよ」

「ふ~ん、そうなの・・・・・・」

 大澤さんがうなずく。僕も一つ質問してみる。

「それにしても、大澤さんは博学ですね。どこか良い大学でも行ってるんですか?」

「え、大学? 大学なら、清堂院(せいどういん)大学だけど」

「うそおっ!!」

 僕は思わずそう叫んでしまった。

 清堂院大学は、東京で三本の指に入る名門大学だ。他の二本の指には、京都大学と一位二位を争う東京大学と、比較的裕福な人たちが行く麗邦(れいほう)大学が入る。

 でもまさか、大澤さんがそんな名門大学に通っていたなんて・・・・・・。

 正直、とても驚いた。

「桂君は、どこの高校に行ってるの?」

「え・・・・・・蓮桜学園、ですけど」

「あら、結構いいところじゃない! あそこ、偏差値がとても高くて、校風もいいところなのよ?」

「え、まあ、そうですけど・・・・・・」

 うつむく僕の背中を、大澤さんがぽんとたたいた。

「いいところ行ってるんだから、もっと胸を張って! そうすれば、自分に自信がつくわよ」

「ああ・・・・・・ありがとうございます」

 大澤さんに励まされて、僕は少し、自分に前向きになれたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ