Chapter 7
「――――はっ」
目を覚ました僕は、ベッドから飛び起きた。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
気のせいか、いつもより吐息が荒い。よほど緊張していたのか、体も妙な汗で濡れている。
朝になっていた。
あいたカーテンからは、やわらかい朝日が差し込み、窓の向こうでは、雀がちゅんちゅんと啼いている。どこからか、「いってきま~す!」と言っている小学生の声が聞こえる。
いつもと同じ朝だ。
この光景、前にも一回見たことがあるような気がする。なのに、はっきりと思い出せないのはなぜだろう。
「はあ、はあ、はあ、・・・・・・はああっ」
僕は、肩で息を整えながら考える。
それにしても、今日もとんでもない夢を見たものだ。神保たちにはひどい目に遭わされるわ、僕が急におかしなことを言い出すわ、挙句の果てには、空手が得意な美貌の女性が現れて、神保たちを次々と倒していくわ・・・・・・もう、何がなんだか分からない。
ただ、前の〝夢〟と共通している事は、どちらにも、奇妙なリアリティがあると言う事だ。
ひょっとして、今回の夢も、実際にどこかで経験した来事なのだろうか? いや、まさか……。
僕は考える。
もしかして、僕の知らないところで、何かが起こっていたりするのだろうか。色々なものが進化したこのご時世だ。僕が知らないだけで、その裏側で、僕の想像を超える何かが起こっていてもおかしくはないだろう。
もちろん、今まで僕が経験した〝奇妙な事〟は、全て僕が作り上げた妄想だということも考えられる。いや、間違いなくそうだろう。あんなことが、現実世界で起きているわけが無い。でも、あのとき僕は――なんというか、本当に現実世界で起こっているような感じを味わった。夢を見ているときによくある浮動感も、あのときは全く感じなかった。それぐらいあのときの雰囲気は、どこか新鮮で、どこかリアリティがあった。
一体、なんだったのだろうか、あれは・・・・・・。
僕は、しばらく考えてみる。
・・・・・・だめだ。どう考えても、答えが見つからない。
僕は軽くため息をついた。
そのとき、僕はあることを思いついた。
自慢ではないが、僕は似顔絵が得意である。そこで、僕の夢に出てきた人物を似顔絵にして、街中で、似顔絵の顔をした人間を知っているか訊いて回るのだ。
まあ、夢に出てきた人物が現実世界に存在するわけはないし、無謀な作戦とも言える。だが、やるだけやってみれば、何か収穫があるかもしれない。
善は急げということで、僕は早速、似顔絵の製作を始めた。
夢に出てきた大澤さんの顔をよく思い出しながら、僕は紙に鉛筆を滑らせる。
えーっと、目と目の間は少し離れていて、口角は少し上がっていて・・・・・・。
おっと。間違えてしまった。
僕は慌てて消しゴムを探し、間違えた箇所を消す。
15分ほど経って、似顔絵が完成した。
小さめの顔に、肩までかかったショートボーブの黒髪。大人な感じだけど、少し子供っぽさも混じっている顔立ち。それが、僕の覚えている大澤さんの顔だ。
それにしても、なんて端正な顔立ちなのだろう。見ていてとてもいい気持ちだ。
自然とほころんでしまう顔を、僕は慌てて押さえる。だめだ、だめだ。美貌とはいえ僕はまだ高校生なのだ。下らない恋愛なんてするものではない。
それよりも、早く聞き込みに出かけよう。今は情報が必要だ。
僕は似顔絵の紙を持って、家を出た。
それからというものの、僕はあちこちを行き来した。
人通りの多い、駅前の商店街から始め、住宅街、隣町と、徐々に捜査範囲を広げていった。世間話をしている主婦や、散歩している老人、買い物をする子供連れの母親など……。様々な年齢層、職業の人に聞き込みをして、情報を集めた。
だが……収穫は少しもなかった。
まあ、当たり前のことである。僕の夢に出てきた人物が、そう簡単に見つかるわけがない。というか、そもそも実在などしないだろう。あんな突飛な夢に出てくる人物が、この世に存在するわけがない。今考えれば、当たり前のことだ。
そんなこんなで、僕の必死の聞き込み活動は、不毛な無駄骨に終わった。
深いため息をつきながら、僕はとぼとぼと帰り道を歩く。
すると、下を向いて歩いていたのがあだになり、横から走ってきた人と軽くぶつかってしまった。しかもあろう事か・・・・・・ぶつかった相手は、あの大志摩さんだった。
大志摩さんがすごい形相でこちらを睨みつけている。
そういえば、前にもあったな、こんなシーン・・・・・・。
そんな事を考えていると、いきなり大志摩さんの罵声が飛び込んできた。
「何うつむきながら走っとるんだ! うっかりよそ見して、車にでも轢かれたらどうする!」
「・・・・・・す、すいません」
あのときのことをまた思い出してしまった。ああ、気分が悪い。
大志摩さんは、軽くため息をついた。
「まったく・・・・・・それで、桂君はこんな日中に一体何をしとるんだ?」
「え?」
「だって、今日は学校に行く日のはずだろ? それなのに、学校を休んで一人で何をやっとるんだ、と訊いているのだ」
「あ、え? ・・・・・・ああ、いやぁ~・・・・・・」
なんと言い訳したらいいか分からないので、とりあえず、適当に笑ってごまかす。
怪訝そうな顔になった大志摩さんが言った。
「それに、君の持っているその紙。一体それは何だね?」
ギクッ!
僕は、似顔絵の書かれた紙を慌てて隠す。
「どういうことか、ちゃんと説明してくれるかな?」
迫ってくる大志摩さんの顔に、僕は冷や汗が出る。
僕は、逃げ道が無いことを知った。
「わかりました。ちゃんと話します・・・・・・」
僕の話を聞き終えると、大志摩さんは深いため息をついた。
「まったく、意味の分からない事をするもんだねぇ。夢に出てきた人物が、そう簡単に見つかるわけ無いだろう」
はい、そうです。その通りです。
分かりきっている事を大志摩さんにも言われ、軽く鬱になる。
そんな僕を見て、大志摩さんが言った。
「それで? その似顔絵とやらは一体どういうものだね? 見せてくれないか?」
「え? ・・・・・・は、はい」
一瞬躊躇したが、僕は覚悟を決めて、似顔絵を渡す。
大志摩さんが、渡された似顔絵をまじまじと見つめる。
そして数秒後、
「おお、この顔! 見たことがあるぞ! わしの姪じゃ!」
何ですと!?
あまりに予想外な出来事に、僕は度肝を抜かれた。
僕は、震える声で大志摩さんに訊く。
「ほ、ほほほ本当に、その似顔絵、お、お、大志摩さんの姪なんですか?」
「ああ、そうじゃよ。確か今、大学生で、ゲームのスタッフとして働いていると聞いたが」
ゲームのスタッフ? それはどういうことだろう。
とにかく、欲しい情報は手に入った。
「あ、それなら、えーっと・・・・・・その、姪さんに会うことって、できますか?」
「ああ。別に、姪がいいといってくれればな」
あっさり許可をもらった。
僕はしばらくの間、驚きを隠せなかった。