表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
doppel  作者: ataru
5/22

Chapter 5

僕は自分の部屋に戻り、急いで制服に着替える。

今は7時46分。学校に着くには、遅くとも8時には家を出る必要があるから、あと4分で着替えて、5分で学校へ行く支度をまとめれば、何とか間に合うだろう。

自然と動作が早くなる。

僕は急いで制服に着替え、洗面所で歯を磨き、かばんに教科書やノートを詰め込んだ。

全てをきっちりやりおえて、僕は少し清々《すがすが》しい気分になった。人間、やればできるものなのだということを、改めて感じた。時計の針が7時56分を指していたのは、少し惜しかったけれど。

まあ、いい。家から学校まで、何十分もかかるような距離ではないし、今からでも充分間に合う。

「さて、そろそろ行きますか」

僕は、先週末に買ったばかりのダッフルコートを着て、戸締まりを確認し、かばんを持って家を出た。


僕が今から行くところは、蓮桜学園れんおうがくえん高等学校こうとうがっこうという名前の私立高校だ。

蓮桜学園は、明治17年から続いている伝統ある学校である。創立者が、アメリカから来たキリスト教の宣教師ということもあって、キリスト教系の活動をすることが多く、今でも聖堂や礼拝堂がいくつか残っている。偏差値が高く、校風もいいと評判の学校だ。

僕は必死に勉強した。遊ぶ間も寝る間も惜しみ、一日中、ただただ、勉強した。全ては、神保たちの魔の手から逃れるためにーーあの夏の日のような悪夢を、これ以上繰り返さないために。

そんな涙ぐましい努力が報われ、僕は蓮桜学園に合格した。....ただ、1つ誤算だったのは、神保も同じ学校に合格してしまったということだ。

足取りが急に重くなる。

これからあと3年間も、神保と一緒にならなければいけないのかと思うと、気が滅入る。せっかくここまで努力してきたのに、これでは全て台無しではないか。水泡に帰するとはこのことだ。

とにかく神保とは、できることなら関わりたくない。だから僕は、入学してから今まで、ずっと神保から逃げまどう日々を続けてきた。神保とできるだけ目を合わさないようにしたり、神保のいる場所をできるだけ避けたりーー。思ったより大変だったけど、誰かを必死に避けて行動することに、楽しみをも覚えてしまった、心のひねくれた自分がいた。だから、お先真っ暗だと思っていた学校は、それなりに楽しかった。

神保は高校でも仲間を作って、相変わらず僕のことをいじめてくる。もちろんすぐにそれがバレて、先生にこってりと叱られるのだが、それでも懲りずに、何度も何度もいじめてくる。

困ったものだ。

僕は、歩きながら一人ため息をついた。

しばらく歩くと、急勾配の坂道にさしかかった。この坂道を登ったところに、僕らの学校はある。

この坂道は、勾配が10パーセントもあり、登るのがかなり大変だ。実際、毎日この急勾配の坂道を登るのが面倒で、わざわざ高校を退学した生徒もいる。まあ、でも、それはそれで足腰の鍛えにはなるから、僕は苦にはならないけど。

僕が坂道を登っていると、突然後ろから、僕を呼ぶ声がした。

「おーい、桂ーっ!」

振り返ると、三人の男子生徒たちがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

三人は、僕のところまで走ってきたあと、息をぜーぜーと吐いて言った。

「お、お前が....はあはあ、か、桂、遥翔はると....はあはあ、だよな」

「え? ああ、そうだけど....ていうか、大丈夫か、お前ら? ずいぶんと息を切らしてるみたいだけど」

「ばかにすんな....はあはあ、これでも俺らは、陸上部の....え、エースなんだぞ....はあはあ、だ、だよな、お前ら」

「そ、そうだよ。運動の実力は抜群で、先輩たちからは、"陸上の三傑"って呼ばれてるんだぞ」

「そうだ、俺たちをなめるんじゃねぇ」

そうは言うが、こんな坂道を走ったぐらいで、そこまで息を切らしていては、陸上の三傑とは言えないと思う。

僕は、三人の顔を見つめる。

それにしても、この三人、どこかで見たことがある顔だが....ああ、そうだ、思い出した。今日見た"夢"の中で、神保たちと一緒にいた三人だ。

名前は確か、照井てるい翔宇しょうと、常松つねまつ慶三けいぞう、それに、むろ克章かつあきだったと思う。三人は、神保の右腕的存在で、神保たちと一緒にいる以外は、よく三人で一緒に活動している。本人たちは、"先輩たちから、陸上の三傑と呼ばれている"と豪語しているが、これが事実だとすれば、明らかにその先輩たちは、悪い意味での"三傑"として呼んでいるのだろう。

出来ればあまり関わりたくないが、僕には、一つ訊きたいことがある。

僕は、三人に訊く。

「で?」

「は? "で"ってなんだよ?」

「"で"は、だ行の四番目の文字だよ。それより僕は、なんでお前らが僕に話しかけてきたのかって言ってんの」

「え? ああ、それね」

三人はそう言うと、顔を見合せてなにやらニヤニヤしだした。

な、なんだ、その顔は....。何か嫌なことでも企んでいるのか?

三人はしばらくお互いの顔を見てニヤニヤしたあと、いきなり僕のほうを向くと、口を揃えてこう言った。

「今日はかわいそうに!!」

「....え?」

あまりにも唐突な言葉に、僕は一瞬声が出なかった。

「じゃあな、桂! はははははは」

僕が戸惑っている間に、三人はそんなセリフを残して学校に向かって走っていった。

「......」

僕は、状況を整理するまで、呆然ぼうぜんとその場に立ち尽くしていた。


授業中、僕は上の空だった。

授業に集中しようと思っても、今朝あの三人が言ったことが、気になってしょうがない。ついつい、あいつらのことを考えてしまう。

僕の頭の中に、三人の言った言葉が、何度もこだまする。


「今日はかわいそうに!!」


あの言葉は、一体どういう意味なのだろう。

"かわいそう"というのは、一体何を慰めているものなのだろう。言葉とは裏腹に、とてもばかにしたような口調はおいといて。僕は何も悲しいことなど....いや、ある。今日見た"夢"の中で、僕は神保たちにいじめられた。

でも、あれはあくまで"夢"の中での出来事だ。当然誰にも話してはいないのだから、あの三人が、僕の見た"夢"など、知る由もない。

でもーーあの三人は、「今日・・はかわいそうに!!」と言ったのだ。今日・・僕が経験したことといえば、"夢"の中で神保たちにいじめられたことと――そうだ、もう1つあった。今朝、駅前で神保に悪口を言われたのだ。

なるほど、と僕は納得する。

神保は、今朝の出来事を三人に伝えたのだろう。そして、三人にねぎらいの言葉を言うよう言ったのだな。

なるほど、誤解が解けて良かった。

ふぅ、と僕は軽く息を吐く。

今日は朝から色々あって疲れた。せめて学校にいるときぐらいは、変なことを考えずに普通に過ごそう。

僕は、今朝の話をおしまいにした。


その後は特に何もなく、時は過ぎていき、昼ごはんの時間になった。

僕は、今日も階段を登り、"いつもの場所"へ向かう。

学校の屋上。

そこは、この学校で僕が一番気に入っている場所だ。誰も人が来ないから、妙な気を遣う必要もないし、静かだから落ち着く。あと、あまり知られていないけど、屋上からの町並みの眺めは、とても綺麗だ。

僕は、屋上の一番景色のいいところに腰かけ、弁当を食べ始める。

唐突に、聞き覚えのある声が聞こえた。

「あら、桂君じゃない。あなたもここで食べるの?」

その声に、僕は顔をあげた。

富永だ。

「あ、ああ、富永....お前もここ?」

「そうよ。ここからの景色は最高だから」

そう言って富永は、僕の隣に腰かけ、弁当を食べ始めた。

「......」

この感じ、今朝神保に会ったときと同じだ。

また今朝のような思いを味わわなければいけないのか。僕は、今朝のことを思い出して、気分が悪くなった。せっかく作った弁当も、急に味が落ちたような気がする。

僕は、富永のほうをちらりと見た。

富永は僕のことを無視して、もくもくと弁当を食べている。

この空気、とても居心地が悪い。早く打開策を考えないと....。

僕が戸惑っていると、唐突に富永が口を開いた。

「あなたって、強いのね」

「え?」

僕は、富永のほうを見る。

富永が、弁当を食べながら言う。

「正確に言うと、根気強いっていうか....。あなたって、この何時間かの間に二つも嫌なことを経験したんでしょう?」

そうか、やはり、今朝神保に会ったことは知っているのだな。

「でもあなたは、躊躇ためらわずに学校ここに来た。神保君も学校にいるということを分かったうえで。私、それはとても凄いことだと思うの。あくまでも私の考えだけどね。嫌な人に会うのって、結構勇気がいるでしょ? また嫌な思いを味わわなければならないのか、とか、またとやかく言われそうだな、ていう不安が、あなたにもきっとあるはず。でも今のあなたには、そういう恐れは感じられなかった。嫌なことにもとことん立ち向かおうという決意が、ひしひしと感じられた。それって、とても素晴らしいことだと思うの」

「....はあ」

僕はため息をつく。そして、富永に言った。

「確かに僕は、神保のことのことを恐れていない。でもそれは、嫌なことにも立ち向かおうという決意だけじゃない。神保のことを避けて行動するのが、楽しいんだよ」

「......」

富永は何も言わない。

しばらくして、富永の「くすり」と笑う声が聞こえた。そして富永は、

「あなたって、相当心がひねくれているのね」

と言った。

「....は?」

僕は、富永のほうを見る。富永はこちらに向かって、下卑た笑いを向けている。

....お、お前にだけは言われたくない!

「ふん!!」

僕はつんとそっぽを向いて、弁当を食べ始めた。

こんな奴の相手など、していられない。早く弁当を食べてしまおう。

食べる速度が速くなる。

....と思ったが、その手が止まる。

ん、待てよ....?

僕は富永に問いかける。

「なあ、富永。お前さっき、"この何時間かの間に二つも嫌なことを経験したんでしょう?"って言ってたろう?」

「それが何か?」

「二つって....1つは、今朝神保に会ったときのことだろう? となると、もう1つは、何なんだ?」

「!」

とたんに、富永の顔つきが変わった。明らかに動揺している。そして、

「そ....そんなの、知らないわよ」

そう吐き捨てて、慌てた表情でその場から立ち去った。

「......」

僕は何も言えないまま、富永の後ろ姿を見送った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ