Chapter 3
こ、この声は....!?
声のした方を振り向くと、そこには、制服に着替えた神保が立っていた。その顔は、何とも言えない怒りで溢れていた。後ろには、神保の仲間らしき人たちが5人ほど立っている。
なぜ神保たちがここにいるのだろう!? というか、どうやってここに来たのだろう!?
「じ、神保!? どうしてここにーー」
「どうしたもこうしたもねぇよ!!」
神保は般若のような形相でそう叫ぶと、背負っていたリュックから何かを取り出し、僕の目の前に突き付けた。
それを見て、僕はとても驚いた。
「!! そ、それ....」
それは、僕が今朝会ったときに神保が着ていた運動着だった。
「そうだよ。お前がペットボトルの水でびしょ濡れにしやがった、俺の運動着だよ!! ったく、もう、俺の運動着に何てことしてくれるんだよ。今日の三時間目体育なのに、これがないと授業受けられないじゃないか!! とにかく、このことで俺は機嫌が悪いんだ。きっちり謝ってもらおうか」
神保の凄むような言葉に、後ろの仲間たちが、「そうだ、そうだ!」「神保の名誉 毀損だ!」などと続く。
「さあ、謝れ!!」
神保が僕に迫ってくる。
僕はもう訳が分からない。一体ここがどこなのか? なぜ神保たちがここにいるのか? 分からないことが多すぎて、頭の整理がついていない。
僕は、振り絞るような声で言った。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ストップ、ストップ!! 僕は今、展開が早すぎて頭がついていけていないんだ。少し頭を整理させてくれ」
神保を黙らせたあと、僕は頭の中を必死に整理する。
まず、僕らが今いる場所は、巨大なドームのような部屋。
現在地がどこかは、まったく分からない。
ーー今の状況について言えるのは、これだけだ。
僕は、ふぅーっと息を吐く。
とりあえず、今は情報が必要だ。部屋の中を少し調べてみることにしよう。
僕は、部屋の中を調べてみる。
壁には、ドアのようなものはついていない。一面、真っ黒に染まった壁が続いている。壁は、コンクリートで出来ているのか、とても固い。
照明器具のようなものはついていない。だが、不思議なことに、部屋の中は明るい。蛍光灯の明るさ程度の光で部屋は満ちている。温度も適温で、熱くも寒くもない。
そして部屋には――何もない。
この状況は、一体なんだろう。誘拐されて、どこかに監禁されているのか? あるいは神保たちによって、どこかに閉じ込められているのか? ――でも、どちらにしても、難点が多すぎる。
「おい、桂~っ。調べるのまだ終わんねぇのかよ。俺らもうすぐ学校なんだけどさ~っ」
ヤバい。神保たちを待たせてしまった。奴らが待ちくたびれた目で僕を見ている。
そうだな。奴らときっちり決着をつけないといけないようだ。
僕は息を深く吐き、気持ちを整える。そして、神保たちのもとに歩み寄り、
「今回は、神保の運動着をびしょ濡れにしてしまって、本当にすまなかった。この通りだ!」
と言って、深々と頭を下げた。それを見た神保たちは、満足そうな笑みを浮かべる。
「ただ....一つ、頼みがあるんだ」
「頼みぃ? なんだそりゃ」
神保が軽蔑の目で僕を見る。その顔は明らかに「お前なんかに、人に頼み事ができる権利なんかあるのか?」と言わんばかりの表情をしていた。僕はその顔にむっとなりながらも、我慢して続きを言う。
「今朝会ったとき、僕に言っただろ? ーー「お前に帰る場所などあるのか?」って。あれを、取り消してくれないか?」
「はぁっ!?」
神保たちが、とても怪訝そうな顔をした。
神保が言う。
「何で俺らが、そんなチンケな願いを聞いてやんなきゃなんねぇんだよ!! 言っておくけどな、俺らは真実しか言ってないんだよ。お前みたいに真実から目を背けたがる奴とは違うんだよ!! だからさっさと認めやがれ」
「!!」
自分の願いを"チンケ"と言われたことに、僕はとてつもない衝撃を受けた。続いて僕の心の中には、喩えようもない怒りが湧いて来た。
皆、あまりにも好き勝手言い過ぎだ。これ以上そんな戯言を言うのは、勘弁して欲しい。
帰る場所などないだって? 生き方を間違えているだって?
そんなはずはない。僕は、お前らと同じ人間だ。平等に生まれて来たのだ。そんな僕の生き方や流儀を、お前らにとやかく批判されたくはない。
だいたい、なぜびしょ濡れになった運動着ごときに、謝らなければならないのだ。余計なお世話だ。
「お前は昔からそうだよな。何かあるとすぐ逃げ出して、味方に泣きついてーー」
「ごちゃごちゃいい加減にしろよ!」
僕はそう叫んで、ぐだぐだ言っている神保を黙らせる。
「お前らに僕のことをごちゃごちゃ批判する権利なんかねぇんだよ!! こっちだって必死に生きてるんだ! 確かに、自分の生きざまを後悔したり、自責の念にかられることはあるよ。でもそれを、いちいちお前らにぐだぐだ言われたくはない!! 自分の今までの生き方まで否定されたら、僕はやってられないんだよ!!」
「じゃあ、今までの人生は誰のせいでめちゃくちゃになったんだよ。全部自分がまいた種だろ!? 自分の犯した過ちから目を逸らすんじゃねぇ!!」
「そんなの全部運だよ!! 偶然起こったことに決まっているだろ。僕のせいではないーー」
「ここまで言わせておいて、まだ逃げるつもり!?」
よく通る女の子の声が響く。この声は....。
僕の前に、髪を後ろで結んだ女の子が現れる。そうだ。この子は、クラスメイトで頭がいい富永紗央莉だ。
富永が言う。
「あなたにも分かるでしょう? "偶然"なんて存在しないって。この世にあるものは皆、状況と状況の組み合わせで起こる必然で成り立っているのよ。あなたの人生の場合、その状況を作っているのは誰?」
「......」
「....あなたよ」
富永は、僕の周りを歩きながら説明する。
「自分の人生は、自分の生き方次第。――それくらい、あなたも分かっているでしょう? だったらなぜ、自分の過ちを運のせいにするの? なぜ自分の過ちから逃げるの? 神保君の言う通り、全ては自分がまいた種――言い換えれば、"自業自得"なのに」
自業自得....!?
「じょ....冗談じゃねぇよ!! 何で自業自得になるんだよ。先のことなんか分かる訳ないだろ!! 僕だって、こんな目に遭いたくて生きてる訳じゃない!!」
自分でもかなり筋違いなことを言っていることに気づく。だが、今更軌道修正できない。
「だいたい、こうなったのも全部お前らのせいだろ!! 人の気持ちも考えずに言いたい放題言いやがって!! 言われる方の身にもなれってんだ!!」
「おいおい、何言ってんだよ。俺らに責任を押し付ける気か!?」
そう言ったのは、神保の右隣にいた法倉雄高だった。
法倉が言う。
「お前ってさぁ、何でそう何でもかんでも人のせいにするんだよ。原因は全て自分にあるんだからさ、いい加減認めろよ。知ってるか? そういうの"卑怯"っていうんだぞ」
ひ、卑怯....!?
「止めろ....止めてくれないか!!」
「ほら、見ろ。俺らがなんか言えばすぐお前はそうなる。お前って本当に弱虫だよな」
止めろ。止めてくれ。それ以上言われたら、僕は発狂してしまう。どうか"僕"を壊さないでくれ!!
気付いたら、僕は頭を抱えてうずくまっていた。それが僕にできる、せめてもの防衛策だった。神保たちの言葉は、本当に拷問だ。ナイフやかなづちなどの武器と同じなのだ。人にダメージを与え、苦しませる。そういう意味では、言葉は最凶の武器だ。考えさえすれば、いくらでも考えられる。そして、一つ一つが、恐ろしい破壊力をもたらす。神保たちの言った、「自業自得」や「卑怯」や「弱虫」も、それらの一種だ。
僕は今、神保たちに武器で攻撃され、これ以上ない苦しみを味わっている。
誰か、僕を助けてくれ。罵詈雑言を浴びせられている僕を守り、神保たちを倒してくれ。僕をこの苦しみから、救い出してくれ――!
「おい、何俺らに背を向けてんだよ。ほら、立てよ」
止めろーー!
「あらら、どうしたんだよ。そんなところでうずくまって。俺らのことが怖くなったか?」
止めろ、止めろ、止めろーー!
「まったく、桂くんも地に落ちたものね。こちらがちょっと言ったぐらいで怖じ気づいて、地面にうずくまっちゃうなんて。まあ所詮、口で私達に勝てるわけないものね」
止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろーー!
どうか、
"僕"を、
壊さないでくれーー!!
「止めろ、止めてくれ!! あああああああああああああああああああああっ!!」