Chapter 21
受刑当日。
いよいよ今日、僕の死刑が執行される。
待合室の椅子に座って待っていた僕に、大志摩さんが訊いてきた。
「どうだい、気分は? ……とは言っても、あまりいい気分とはいえないか」
「ま、そうですね」
僕は軽く苦笑する。
「もうすぐ自分が、裁きを下されるんだ、って言う感覚がなくて。なんていうか、何が起こるのか、そわそわしながら待っている子供みたいな。はは、なんだか僕、罪深いですよね。とんでもない犯罪を犯したというのに」
そういいながら、僕は気持ちが落ち込んでいくのを感じた。
僕はため息をついて、うつむく。
そんな僕に、大志摩さんが訊いてくる。
「さて、そんな桂君に、一つ質問がある」
「何でしょう?」
僕は顔を上げる。
大志摩さんは、真っ直ぐに僕の事を見据えて言った。
「君は、今回自分に課せられた罪に満足しているかい?」
「え?」
驚く僕に、大志摩さんは、静かに話し続ける。
「今回の罪は、あくまで『君の中に潜む二重人格』の犯行だ。君自身がしたことではない。それなのに、裁判では君自身に罪を課せられ、裁かれてしまう。このことを、君は理不尽に感じないのかい?」
「それは……」
「わしは少し納得できんがな」
そういう大志摩さんの口調は、少し苛立っているように感じた。
大志摩さん、一体、何を言っているの?
僕は、大志摩さんの言動がいまいち理解できなかった。
大志摩さんは、尚も話し続ける。
「長年君と付き合って思うのじゃ。この『桂遥翔』という人間は、絶対に悪さを働かすような非道な人間ではないとな。君は誠実で、優しくて、孤独でも生きていける強さを持っている。それなのに、二重人格の犯した罪が、君の犯した罪として裁かれるのは、他人の犯した濡れ衣を着せられている気がしてならないんだ!」
大志摩さんはそこまで言うと、軽く深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。そして、咳払いをする。
「――まあ、刑事のわしが言うのもなんだがな。でもわしは、君を信じたいんだ。何人もの人に裏切られることがあっても、たった一人信じてくれる人がいれば、わしはそいつを信じたい。守りたいのじゃ。わしの場合、たくさんの事件を見てきて、たくさんな人の裏切りをみてきたが、その中でただ一人信じられたのが、桂君なんだ」
「・・・・・・・・」
「桂君はどう思っている?」
「ぼ、僕ですか? ……う~ん」
そんなこと突然言われてもな……。
僕はしばらく考える。
まあ、考えてみれば、大志摩さんの言う事も納得できるような気がする。
確かに、今回の殺人事件の犯人は、二重人格だ。僕が意志を持ってやったことではない。しかし、二重人格が『僕の中に入っている』限り、罪を課せられるのは僕だ。その事実は、誰にもゆがめられない。
でもそれは、法律上の話である。
周りの人たちは、おそらく僕に罪を課すことに反対するだろう。自分自身と自分の二重人格とは、全くの別物だ。それなのに、なぜ僕自身までもが罪を被らなければいけないのか、と。そう言い張るだろう。
でも、僕は……。
僕は、しばらく考え、やっと答えを出した。
僕は大志摩さんに言う。
「僕は……許せません」
「………」
大志摩さんは、無表情で僕の話を聴いている。何を考えているのか分からない。
「確かに、僕と二重人格は、別物です。同じ身体を共有しているだけで。それだけで、なぜ二重人格の犯した罪を、僕まで被らなければいけないのかと、疑問に思います」
「………」
「でも……あの事が起きて、僕は思うんです。自分にも、今回起きた事件とは別の、大きな責任があるんじゃないかと」
「〝あの事〟?」
「大澤さんと一緒に、二重人格と戦ったときのことです」
僕はゆっくりと、一つ一つ言葉を選びながら話す。
「あの戦いで、僕は大澤さんを命の危険にさらしてしまいました。実際今も、大澤さんは生死の境で悶えています。僕はそんな中で、自分の事しか考えていなかった事。大澤さんを助けてやれなかったことを、激しく後悔しています。そして、それらには、今回二重人格が犯した"罪"とは別の、大きな罪があると思うんです」
「………」
「実を言うと、僕は、自分の犯した事件を"自分の弱さが引き起こした事件"と言って片付けたくはありません。しかし、僕が面白半分に探偵ごっこをやったことも、それによって、大澤さんを危険な事態に巻き込んでしまったのも、等しく"罪"である。そしてそれは、法律的な"罪"ではなく、もっと根源的なところにあると思います」
「………」
「大志摩さんに、一つ頼みがあります」
「何だ?」
僕は大志摩さんに、一枚のDVDを差し出す。
「このDVDには、大澤さんに向けたメッセージが録画されています。大澤さんが生還したら、このDVDを観せてやって下さい」
「光代はまだ昏睡状態だと言うが、良いのか?」
「僕は、大澤さんを信じています」
僕はきっぱりと言った。
「あの大澤さんなら、必ず生還できます。まあ、絶望的とも言えますが、僕は信じています」
「……分かった。このDVDは必ず光代に届けよう」
「ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げた。
そのとき、向こうから呼び出しがかかった。
「桂死刑囚! 刑務執行の時間です!」
「そろそろのようだな」
大志摩さんは、まっすぐと僕のほうを見据えた。
「ありがとうな」
「……こちらこそ」
僕は、警察官に連れられていった。
さようなら。
ありがとう。




