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doppel  作者: ataru
19/22

Chapter 19

 二日後。

 体調にも体にも問題は見られないとのことで、僕は退院した。

「お世話になりました。ありがとうございます」

 僕は、吾妻先生と看護師さんたちに向かって、深々と頭を下げた。吾妻先生はニコリと微笑む。

「こちらこそ。ありがとうございますね」

「桂さん、やはり逮捕されるのですか?」

 看護師さんが訊いてくる。

「はい。一応、僕が犯したということになっておりますので」

 僕は、病院前に停まっている数台のパトカーをちらりと見ながら、そう答えた。

 あの二重人格は、まだ僕の深層心理の中に潜んでいるそうだ。「その二重人格が入った」僕が殺人を犯した限り、殺人の罪は、僕に問われることとなる。

 そして今日、僕は正式に逮捕される。

「そうですか……何だか、納得いかない気持ちですねぇ」

「まあ、そうですね。確かに、釈然としない気持ちはあります。でも、もとはといえば、二重人格を生み出したのは僕ですから。僕の心の弱さが、今回の事件を引き起こしたのだと、僕は割り切っています」

 僕がそういうと、看護師さんは尊敬のまなざしを向けた。

「へえ、さすがですね。あたしじゃ絶対にそんな考え方できませんわ」

「こら。患者さんに失礼でしょ」

「へい」

 吾妻先生にひじを突っつかれて、看護師さんはペコリとお辞儀した。

 吾妻先生が僕に向き直る。

「でも、無事退院できてよかったですね」

「はい」

「これからは、お体に気をつけてくださいね」

「分かりました。では」

 僕は丁寧にお辞儀すると、くるりと背を向け、パトカーの停まっているほうへ歩き出した。後ろのほうは、見ない。

「お大事に!」

 後ろから、吾妻先生の大きな声が聞こえてくる。

 僕は後ろを振り返り、お辞儀をして、また歩き出す。

 パトカーでは、大志摩さんが待っていた。

「桂遥翔君、だね」

「はい」

「君を、殺人容疑で逮捕します」

 そういって大志摩さんは、僕の手に手錠をかけた。


 玉川警察署。

 ブラインドから差し込む光が眩しい。

「君――君の二重人格は、神保喜多君、富永紗央莉さん、法倉雄高君、室克章君、照井翔宇君、常松慶三君の順に、凶器の果物ナイフで、刺したり切りつけたりなどとして殺した。――合ってるね?」

「はい」

 大志摩さんの問いかけに、僕は答える。

 今僕は、警察署の取調室で取調べを受けているところだ。取調官は大志摩さんである。

「それで、犯行の動機は、リーダー格の神保君率いるいじめグループの、苛烈ないじめによる逆恨み。こんなところかな?」

「はい。そうだと思います」

 後ろのマジックミラーに映る僕の顔は、ロボットのように無表情だ。

「それで、光代の事なんだが――」

 大志摩さんは難しい顔をして言った。

「光代は、結果的には二重人格が危害を与えた事になる。だが、大澤さんはあの通りで、まだ完全に死んだというわけではない。だから君、いや「君の二重人格の入っている」君には、傷害過失致死罪も加わる事になる。異論は無いかな?」

「ありません」

「うむ。よかろう。それで、君に一つ質問がある」

 大志摩さんは、急に口調を変えて言った。

「君は、今回の騒動に関わった光代に対して、どう思っているのかい?」

 え?

 僕は一瞬戸惑った。

「大澤さんの事ですか?」

「いかにも」

「大澤さん……ですか……」

 なぜ大志摩さんは、こんな質問をしたのだろう? でも、まあいい。

 僕は、少し考えて言った。

「やはり、一番にあるのは、感謝の念です。僕のことを思って、わざわざ危険を冒して助けに来てくれたのですから、大いに感謝しています」

「ふむ。それで?」

「それに、僕はとんでもないことをしてしまったと思います。僕が身の程知らずな行動をしたことで、大澤さんを巻き込み、命の危険にまで(さら)してしまったのですから。僕がもう少し身を弁えていれば、こんな事にはならなかったはずなんです」

 僕は少しうつむいた。

「だから、相応の裁きは受けるべきだと思います。僕は、自分が弱いがゆえに二重人格を生み出し、卑怯な手で殺させた。それでいて、今度は自分勝手に探偵ごっこをして、大切な人を巻き込む事態に至りました。それは、許されるべき行為ではないと思います。だから――」

「そんな事を言うでない!」

 大志摩さんがいきなり、僕の事を叱責(しっせき)した。

「君は、何も悪い事はしていない! ただ君は、神保君たちのいじめと、暴走する二重人格におびえ、それに打ち勝とうと努力しただけではないか! それを変な理屈をつけて自分を責めるようなことをするな!」

「大志摩さん……」

「それに、君は、自分の弱さに打ち勝ったではないか。自分の弱さが生んだ二重人格と向き合い、戦い、勝った。それでいいではないか。なぜそれで自分を責める必要がある」

「………」

「だから君は、光代が君の事を助けてくれた事に感謝する。自分をむやみに見咎(みとが)めるような事はしない。それでいいのだ」

「……分かりました」

 僕は小さな声で言った。


 取調べが終わり、裁判が行われた。

 裁判の判決は、有罪。課せられた刑は、死刑だった。

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