Chapter 18
「う……ううん……」
頭が石のようだ。うまく頭が動かせない。
僕はゆっくりと目を開け、起き上がる。
辺りを見回して、驚いた。
自分は、白いベッドの上に寝かされていた。右には、簡易的な椅子が二つほど設置されていて、左の窓からは、暖かい太陽の光が差し込んでいる。
どうやら、ここは病室のようだ。
何で……こんなところに?
戸惑っていると、引き戸からノックの音がした。
「桂さん~っ! 大丈夫ですか~っ?」
そういって、一人の看護師さんと思われる人が入ってきた。
看護師さんは、うつろな目で見ている僕をみて、目を見張った。
「あら、桂さん!」
看護師さんは嬉々とした表情で、僕のベッドに走りよった。
「桂さん、大丈夫なんですか?」
「え? ど……どういうことですか?」
「ほら、覚えてませんか? 桂さん、二重人格によって消去されかかったんですよ?」
「え? ……ああっ!」
そうだった。僕は大澤さんと一緒に二重人格に勝って、それで、二重人格に消去されかかったんだ。
僕は色々なことを思い出した。
僕の脳裏に、真っ先に大澤さんの顔が浮かぶ。
大澤さん……!
「二重人格は!? お、大澤さんは、大丈夫なんですか!?」
僕は身を乗り出して訊く。看護師さんは困った表情で、僕の前に手を置いた。
「まあまあ、落ち着いて下さいね! ちょっと待ってて下さい。今お医者さんを呼んできますね」
そう言って看護師さんは、慌ただしく病室を出ていった。
「………」
静かな病室に、僕だけが取り残された。
数分後、看護師さんが、白衣を着た医師と思われる人を連れてきた。
医師は、珍しく女の人だった。両耳にピアスを着けて、無駄な化粧はしていない。見るからに品行方正の医者って感じだ。その清楚な雰囲気は、どことなく大澤さんを思い起こさせた。
「生還おめでとうございます、桂君。そして、はじめまして。私は、あなたたちの主治医の吾妻雅美と申します」
「は、はあ……」
「調子はどうですか? 点滴を打っていますから、少しスッキリするでしょう?」
「はい。気分は良いです。ああ、その、質問なんですが」
「ん? 何かしら?」
吾妻先生が笑顔で訊いてくる。僕は少し躊躇いながらも答えた。
「その……僕のことは、どうやって助けてくれたんですか?」
「ふふ。それが面白い仕組みでしてね」
我妻先生はいたずらっぽく笑った。
「"FANTASY ANOTHER"では、ユーザが運営側の許可なしに勝手にアカウントを削除して、コンピュータの世界に意識だけが残留してしまうってことが、ままあるんですよ。その場合は運営側に自動的に通報されて、その通報を受けた特殊班が、ユーザを削除から救出するんです」
「と、特殊班が救出!?」
一体この世の中はどこまで進歩したのだ。あまりに未来的で、ついていけない。
我妻先生は楽しそうな顔で笑った。
「ええ、そうなんです。ユーザたちと同様の方法でコンピュータの世界に入り、残留した意識を保護するんです」
「な、なるほど……ん? じゃあ、何で僕は、この病院に?」
「え? 救助隊員の話によると、鍵は開いてたっていってたけど」
なんだって!? 僕はなんて無用心なんだ。
でもまあ、大体の事は分かった。
あとは……。
僕は真っ先に大事な事を訊く。
「大澤さんは!? お、大澤さんは、無事なんですか?」
「そのことなんだけど……」
我妻先生は急に深刻そうな顔をした。
まさか……。
なんだか、嫌な予感がする。
予感は的中した。
「大澤さん、まだ意識が戻ってないんですよ」
「え?」
それを聞いたときの僕の反応は、思ったよりもそっけなかった。
確かに、大澤さんがまだ昏睡状態にあるという事に、驚いてはいた。でも、それよりも……本当にそうなのか? っていう思いが強かった。表面では驚いても、内面では、突きつけられた事実を、すぐに信じることができなかった。
それほどまでに、僕は、大澤さんが生還してくる事を信じていたのかもしれない。でも皮肉な事に、その希望は、目の前に突きつけられた事実によって、粉々に砕け散った。
「大澤さん、何とか保護はできたんですけど、彼女はの体力の消耗が非常に激しくて……。意識を体内に入れるとき、結構「体力」を消費するんですよ。だけど、大澤さんに残された「体力」が、あまりにも少なすぎて……今、保護装置で何とか生命を保っているんですが、それもいつまでもつかどうか……」
我妻先生の話が、頭に入ってこない。
明るい病室が、突然、底知れぬ闇を孕んだように見えた。
吾妻先生が立ち去ったあとしばらくの間、僕は自責の念にかられていた。
皆、僕のせいだ。僕が余計なことをしでかしたから、大澤さんを巻き込んでしまったのだ。
今思えば、僕のやった行為は、とても自分勝手で危険な行為だったのだ。
今回犯人探しを行った時の僕の感覚は、小さい頃にやった遊びと同じ感覚だった。廃墟の探険とか、ちょっとした夜遊びといった、いわゆるやってはいけない遊びだ。僕はそれぐらい、今回の犯人探しのことを軽々しく思っていた。子供の悪ふざけと、同等のものだと思っていたのだ。
だが、それはとても愚かな考えだった。未成年が無防備に犯人探しを行うということは、凄く厚顔無恥な行為だったのだ。実際、命を落とすか否かの事態にまで発展し、その上、結果的に人を巻き込むこととなった。
あの時、僕が少しは身を弁えていたら、こんな事態には至らなかったかもしれない……。
僕は激しく後悔した。
しかし、いくら後悔したって、何にもならないことは分かっている。
僕はこれから、どうすれば良いのか……。
僕は悩んだ。




