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doppel  作者: ataru
17/22

Chapter 17

 その夜。

 僕はシトラスを頭に取り付け、布団に入る。

 いよいよ今夜、二重人格と戦う。

 戦う覚悟はできているが、僕の心の中には、まだ少しだけ迷いがあった。

 理由は、先月"夢"であった出来事があり、同じようなことが繰り返さないかと、恐れているからである。

 あの時の僕は……狂気に満ちていた。

 恐ろしい暴言を吐き、神保に苛烈な暴力を加え、挙げ句の果てには殺しかけた。普段の僕と同一の人間とは思えないほど、変わり果てていた。

 あれと同じことが、今回も起こるのではないだろうか……。

 二重人格にちょっとした怨念を抱いているのは事実だが、出来れば人を殺すなんてことはしたくない。でも、もしもあんなことが起きたら、二重人格を殺してしまうかも知れない。

 その時、僕はどうすれば……。

 あれこれ考えているうちに、強烈な眠気が、僕を襲った。

 うう、眠気が……。

 僕は目を閉じた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 うう……頭が重い。

 重い瞼をこすりながら、僕は目を開けた。

 あれからどれくらい眠ったのだろうか。よく覚えていない。

 う……それにしても、何故かとても眩しい……。

 僕はしばらく目を光に慣れさせる。

 僕は、あの真っ白な空間に立っていた。

 これって、前に"FANTASY ANOTHER"にログインした時と似ている。

 ということは……。

 考えていると、突然、目の前にログイン画面が現れた。

 やっぱりそうだ。

 僕の心の奥に、緊張感が走る。

 僕は一回深呼吸したあと、キーを操作し、"FANTASY ANOTHER"にログインした。

 二重人格と戦うことに、恐れはある。でも、今更後戻りする気はない。正々堂々と戦って、二重人格とけりをつけるのだ。

 だが、パスワードを入力する時、僕の右手は震えていた。迷いだ。今ここで二重人格と戦おうか、ほんの少しだけ迷っていた。でも、パスワードを入力し終えたことで、その迷いは消えた。

 僕は、戦う。

 光が大きくなっていく。


『ゲームスクエア』に着いた。

『ゲームスクエア』は、相変わらず、たくさんのプレイヤー達手で賑わっている。小学生くらいの小さな子供から、大志摩さんぐらいの年齢と思われる老人の方まで、様々だ。まるで、本物のゲームセンターにいるような気分になる。

 取り敢えず、二重人格を探さないと!

 僕はスクエアの中を走り回って探したものの、それらしきものは見つからなかった。

 おかしいな。どこかにあるはずだけど……。

 もしかして。

 僕はナビゲーションをいじってみる。すると、画面の右下に「友達のマイルームへ行く」と書かれてあるアイコンを見つけた。

 これか!

 僕はそのアイコンをタップし、「桂遥翔」で検索を掛けてみる。数秒たって、2つのマイルームが表示された。

 1つは僕のマイルームだったが、もう1つは、知らないマイルームだった。恐らくこれが、二重人格のマイルームだろう。ただ、1つ気に食わないことは、マイルームの名前が、僕と同じ「桂遥翔」だったことだ。いくらなんでも、僕と同じ名前にするのは止めてほしい。

 しかし、今はそんなことを考えている暇はない。

 僕はボタンを押して入室を図るが、突然僕の目の前に、白い四角形が現れた。


 パスワード


 合言葉を入力して下さい。


 Q. あなたの一番大切な人は?

 [  |  ]


 合言葉を入力しろ、ってことらしい。

 って、「あなたの大切な人は?」って……。なんか、どこかの映画で同じようなものを見たような気がする。二重人格って、一体どういう性格をしているんだ?

 でも、仕方ない。

 僕は考える。

 あの性根腐った自己中殺人鬼の大切な人は……。

 ズバリ、おのれだ!

 僕は入力欄に「桂遥翔」と入力する。

 だが、すぐに「ビーーッ」というブザーが鳴った。

 え?

 戸惑う僕の目の前に、画面が表示された。


 間違っています。あなたの大切な人は「桂遥翔」ではありません。

 次に間違えると、あなたはこのマイルームに入室することができなくなります。ご注意下さい。


「嘘だろ……」

 思わずそんな言葉が漏れた。

 二重人格の大切な人が「桂遥翔」ではないだと? では、二重人格の大切な人って、一体誰なんだ?

 もしかして、二重人格にも本名があるのか? ……でも、わざわざマイルームの名前を「桂遥翔」にしているくらいだから、違う名前にしているのは、考えにくい。

 では、一体誰だ?

 僕は考えてみる。

 しばらくして、僕はあることに思い当たった。

 もしかして……。

 僕は意を決して、合言葉を入力した。


「大澤光代」


 ピンポンピンポンーーッ

 正解です。おめでとうございます。

 ただいま、このマイルームの管理者から入室の許可がおりました。ご入室を希望する場合は「YES」を、ご入室を希望しない場合は「NO」をタップして下さい。


 YES        NO


 これで僕は、マイルームに入室できるようだ。

 ついに僕は、二重人格と戦う。

 僕は深呼吸して気持ちを整えたあと、「YES」をタップした。


「YES」がタップされました。これから、マイルームにワープします。


 僕の身体が、突然光った。琥珀(こはく)色の光を放って、身体を少しずつ包んでいく。どうやらワープが始まっているようだ。

 いよいよだ。

 胸の奥で何かが燃えるのを感じながら、僕は目を閉じた。


 僕は、暗闇の中を歩いていた。

 上も、下も、右も、左も、前も、後ろも、すべてが真っ黒だ。絵の具や墨汁で塗りたくったかのように、果てしない単調の黒が、世界を覆っている。そこに芸術的な色彩こそ無いが、僕はその黒に、何か重々しく、圧力のあるものを感じた。

 地面の上を歩いているという感覚は無い。まるで、水の中にいるような、不快な浮遊感がある。なんだか酔いそうだ。それに、なんだか少し息苦しい。とても居心地が悪い場所だ。

 これが、二重人格のマイルームなのか。

 僕は、このどす黒い世界に、二重人格の性格すらも表れているような気がして、思わず顔を(しか)めた。

 終わりの見えない暗闇の中を、僕はただただ歩く。

 ふと、はるか向こうに、一筋の光が見えた。

 それは、光というにはあまりにも弱い、風前の灯火のような光だった。注意深く見ないと気付かないような、小さな光だ。でも、今の僕にとっては、それで十分だった。

 光だ!

 僕は光に向かって走った。わずかに抵抗があって、走りにくかったが、ぜんぜん気にならない。

 あの光の向こうに、二重人格がいるのかどうかは、分からない。でも、あそこに行けば、何か収穫が得られる。そんな気がした。

 徐々に光が大きくなっていく。

 僕は、光の中に溶け込んだ。


『そこ』は、大きなホールのような部屋だった。

 部屋は、濃い灰色の壁で覆われている。固さや肌触りは普通の壁と同じだが、表面に少し光沢がある。その無機質な質感は、以前見たあのドーム型の部屋を思い起こさせた。

 部屋の中には、何もない。いや……人だ。人が倒れている。

 死体だ。殺された、神保達6人の死体だ。

 死体からはまだ血が出ており、金属が錆びたような、生臭い臭いを発していた。そして、ひとつひとつの猟奇的な死に様が、事件の凄惨さを物語っていた。

 二重人格は、ここまで凄惨に、殺人を繰り返していたのだろうか……。

 それより、二重人格は?

「よう、桂。初めまして」

「!」

 初めてだがどこか聞き覚えのある声に、僕は驚いた。

 声のした方を見ると、そこにはいつの間にか、一人の少年が立っていた。

 服装は、紺色のブレザーに、黄色のシャツとカーキ&オレンジのパーカーを着ている。よく見ると、僕と全く同じ服装だ。ただ、1つ違うのは……全身が返り血で汚れているということ。

 こいつが二重人格なのか?

「おい、お、お前……」

 僕は怯えた声を出す。少年は口元をゆがませて、へへっ、と笑った。

「へへへ。どうだ、俺の赤き芸術は。かっこいいだろ? まあ、平凡な桂には、おれのよさなんかわかんねぇよな。ヒヒヒヒ」

 自分のことを「平凡な桂」と名指しされて、僕は少しムッとする。こいつは、どこまでも性根が腐ったやつのようだ。

「でも馬鹿にするんじゃねぇぞ? この返り血は、こいつら六人の返り血でできた、勇者の勲章だぜ? はっはっは。地面にひざまずいて拝んでほしいもんだよ」

 どうやら、今回の一連の事件の犯人が、あの二重人格だということは、ほぼ疑いようがなくなったようだ。

「……誰が、お前のことを」

「んん? なんか言った? いうならもっとはっきり言ってほしいもんだねぇ。それとも、この正義の勇者様に歯向(はむ)かおうとでも?」

 そこで、僕の平常心はぶちっと切れた。

「黙れっ!!」

 僕は声を荒げる。

「誰がお前みたいな小悪魔に頭を下げるか! 冗談じゃない! お前はただ、やってはいけない殺人を繰り返して、自己満足でへらへらしてるだけじゃないか。調子に乗るなよ! お前のやったことがどれほどのものか、分かっているのか?」

「それはこっちのセリフだよ!」

 二重人格が声を低くして怒鳴る。そして、驚くべき速さで、僕の目の前に近づくと、小声で言った。

「もとはといえば、お前が望んだことなんだぜ?」

「何?」

 僕は少し驚く。二重人格は、僕の周りをまわりながら言った。

「お前は神保達のことが嫌だった。自分は何もしてないのに、遊び目的でこんな酷い仕打ちを受けるなんて、理不尽だって思った。許せない。でも、神保達に立ち向かう勇気なんてない。そこでお前は、二重人格の俺を生み出して、俺に殺人という復讐を行わせるっていう妙案を思いついた。違うか?」

「違う……違う」

「嘘なんかついたって無駄だぜ? 今更弁解したって、俺をお前が生み出したのが、その証拠さ。お前は結局、自分で立ち向かうのが嫌だったから、全部人任せにして逃げたんだよ!」

「僕は……僕は……」

「だいたい、殺人がどれだけいけないことなのか、分かってんのか? それを分かっていて、わざわざ俺にやらせたのなら、とんでもねぇ悪者だなぁ! ――ま、せっかくここまで足を運んできたから、特別に俺が、強さって何なのか教えてやるよ。――おらっ!!」

 そういって、二重人格が僕に襲い掛かってきた。

「くっ!」

 僕は何とかその攻撃をよける。

「おいおい、やけに反応が鈍いじゃねぇか。お前は自分に対しても弱いのかい?」

 二重人格はさらにポケットから、あの血まみれの果物ナイフを取り出し、攻撃を仕掛けてくる。

「おらおら、よけてみろよ、おい!」

 僕は、僕は……。

「お前、本当に弱いなぁ。心も体も、ガラスみてぇ」

 僕は……、

「強いんだーーっ!!」

 僕はそう叫ぶと、自分でも驚くほどの速さで、二重人格に突進した。

「おお……っと、危ねぇ」

 二重人格は慣れた動作で、それでも間一髪でよけた。

「ああああああああっ!!」

 僕はあり得ない速さで突進し、二重人格の腹をついた。

「うぐっ!」

 奇妙な悲鳴を上げて、二重人格はその場に倒れる。

 そのすきに僕は果物ナイフを奪い、二重人格に馬乗りになって、二重人格の首にナイフを突きつけた。神保と対決した時とは、比べ物にならないほど強い力だ。

「!」

「僕を見くびるなよ……僕は強いんだ。お前ぐらい簡単に倒せるんだぞ」

 そう言っていた僕の目は、一体どんな目をしていたのだろう。

 怖くて想像もできない。

「……へっ、これで終わりかよ」

 二重人格はニヒルに笑った。その笑顔が、僕の鼻についたようだ。

 頭に血が昇る。

「死ね――っ!!」

 ナイフを振りかぶったその時。

「止めて!!」

 聞き覚えのある声が聞こえた。そのやけに大きい声に、僕は我に返る。

 この声は……大澤さん?

 そう考えている暇はなかった。

 後ろから何かに体を押さえられ、ナイフを奪われる。そして、体を壁に向かって投げ出された。

「痛っ!!」

 壁に強く体をぶつけ、全身に痛みが走る。

 何かは、次に二重人格の腹に鋭いパンチを食らわせ、気絶させる。

 そして、倒れている僕のもとに歩み寄ると、大声で怒鳴った。

「だめ! 人を殺すのはだめ!!」

 その声に、僕は顔を上げる。

 声の主は……大澤さんだった。

 大澤さんは声を張り上げる。

「何でこんな無茶をするの! 凶悪殺人犯と対決するだなんて、危険に決まっているでしょ!? 何の準備も相談もなしに生身で戦おうだなんて、無謀すぎる!」

「………」

「それに、人を殺すのはもっとだめ!! 悪いことを正そうとするあなたが、人を殺してどうするの! そんなことをしたら……あなたが悪者になってしまうのよ」

 大澤さんは、僕の事を静かに諭した。

「いい? あなたのやっている事は、間違ってもいない。でも正しくも無いの。分かるでしょ? こんな事やったって誰も幸せにできないし、自分も得をしないという事を――。はっきり言うと、あなたのやっている事は、結局は困難を面倒だからって乗り越えようとせず、楽な方法で解決しようとしているだけなの。分かる?」

「………」

「だから、他人ひとの理論が頭にくるからって、暴力で解決しようとするのはだめ。それだけはいえる。あなたも、自分のしていることが、いけないことだということは、分かっているんでしょう?」

「……はい」

 僕はゆっくりと立ち上がり、大澤さんに頭を下げる。

「確かに、しょうもない理由で感情的になり、手を出してしまった僕が間違っていました。人を殺してはいけないと言った反面、人の悪事を正すために殺人という手を使うだなんてことは、間違っています」

 そして、僕は顔を上げ、大澤さんの顔を見た。

「僕は……強くなりたかったんです」

「強くなりたかった?」

「はい。二重人格が僕に、お前は立ち向かうのが嫌で、全部人任せにして逃げているだけだって言ったんです。はじめは、ただの屁理屈だと思ったんですけど。今になって考えてみれば、その通りのような気がして。僕って、自分のことすらも目を背けて、他人(ひと)に押し付ける、無責任で心の弱い人間なんだって」

 気付いたら、僕は大粒の涙を流して、泣いていた。その涙が誰に向けられたものなのかは、分からなかった。

「だから、僕は、強くなりたいんです。自分や人のことをよく知り、認めて、弱さに打ち勝てる強い人間になりたいって。でも僕は、弱さを認められるかどうかわからない……」

「………」

「僕は、自分に強くなれないかもしれない……」

「弱気にならないで!」

 大澤さんが言う。

「弱さに打ち勝てる人間になりたいのなら、まず、『知る』ことから逃げちゃだめ。そして、知る努力をしないと、そこから進歩することはできない。強くなりたいって言っておいて、そんなところで弱気になってどうするの!」

「でも……僕にできるかどうか……」

()()()()()できる!」

 大澤さんは強くそう言った。

「自分に強くなる努力をすれば、きっとできる! 自分や他人の弱さと向き合って、知る努力をすれば、あなたはその分強くなれるわ。それに」

 大澤さんは一呼吸置いて言った。

「自分の弱さは、自分が一番よくわかる。だから大丈夫よ」

 そう言って、大澤さんは少し微笑んだ。

「一緒に戦いましょう。必ず強くなれるから」

 僕はその言葉に、無言でうなずいた。

 その時。さっきまで気を失っていた二重人格が、ゆっくりと起き上がるのが見えた。

「ったく……恋人ごっこもいい加減にしてほしいぜ」

 そう言って、二重人格はゆっくりと立ち上がり、僕等のほうを見た。

「そろそろカタをつけなきゃいけないみたいだない」

 僕と大澤さんの顔が、自然と引き締まる。二重人格は口元をゆがませてにやりと笑った。

「二人いっぺんに地獄に突き落としてやるぜ!」

 そういって、二重人格はこちらに向かって迫ってきた。僕等はその攻撃をよける。

 戦いながら考える。

 僕は……いつも、大事なことから逃げていた。

「おらおらおら~っ!!」

 神保たちの時も、二重人格の時もそうだ。僕は、いつも大事なところで、変に感情的になり、怒りに任せて暴力を振るっていた。

「これならどうだ‼」

「うぐっ!」

 僕は二重人格に鋭い蹴りを食らって、その場に倒れる。だが、すぐに立ち上がり、攻撃を続けた。

 今考えれば、人間は強くならないとだめだって思い込んでいた僕自身が、一番弱い人間だったんだ。

 そして、自分自身で何とかしなければならない重要な問題は、いつも人任せにしていた。

「ていっ!」

 大澤さんが右ストレートを入れた。二重人格が飛ばされる。

 僕の弱さは……、

「桂君!」

 大事なものから目を逸らすということだ……!

「っっ‼」

 僕は二重人格のもとを振り返ると、右足で腹に蹴りを入れた。

「があっ!」

 飛ばされた二重人格は、向こう側の壁にぶつかり、倒れこむ。

 僕はゆっくりと二重人格に近づき、二重人格を見下ろして言った。

「お前、この殺人は、僕が望んだ事だって言ったな。でもそれなら、なぜお前は殺人を犯したんだ? やってはいけないはずの殺人を、なぜ犯した?」

「だから言っただろ? お前が望んだことなんだよ。お前が神保達を殺したいと望んだから、俺がお前の代わりに殺したのさ」

「じゃあお前は、自分が殺人を犯したことを人のせいにするのか。自分は悪くないって言い張るつもりかよ!」

「そうだよ! 何度も言うが、俺はお前の望んだことを()()()()()()()()()()だけだ。悪いのは、俺に殺人を犯させたお前のほうだ!」

「ふざけるなよ!!」

 僕は声を張り上げた。

「誰がどう思おうが、結果的にはやった奴が悪いんだ! お前は結局は、やってはいけないと分かっていながら殺人を犯して、その罪を他人に擦り付けてるじゃないかよ。僕が望んでいるから仕方なくやってやっただって? 善人ぶったこと言うんじゃねぇよ!」

 僕は二重人格に一歩近づいた。

「言っておくが」

 僕は一呼吸置いていった。

「自分の弱さに勝てないやつに、他人の弱さを笑う権利などない。まずは自分が強くなれ!」

 その声は、空気分子の間を縫って、部屋中にこだました。

「………」

 部屋に染み渡る余韻を耳で感じながら、僕の心の中には、達成感がみなぎっていた。

 ――やっと言えた。

 僕は大澤さんのほうを見る。大沢さんはぐっと親指を立てた。

 僕も同じポーズを返す。

 その時。部屋中に奇妙な笑い声が響いた。

「へへへへへへへへ……」

 二重人格の笑い声だ。

「いやあ、素晴らしい説明だったよ。身に染みたね。心からの拍手を送るよ」

 そう言って二重人格は、心のこもっていない拍手を送る。

「……お前らを生かしておくのは危険なようだな」

「!?」

 二重人格の口調が一変したのがわかった。

「最後の苦しみだ」

 二重人格が、パチンと指を鳴らしたかと思うと、いきなり部屋の壁が崩れだした。

「!? い、一体、何が起こっているんだ!?」

「〝消去〟よ! 二重人格は、この部屋を消去しようとしているのよ!」

 何だって!?

 二重人格の不気味な笑い声が聞こえる。

「はははは! どうだ、参ったか! 俺の死に道連れだあっ! ハハハハハハハハっ‼」

 まずいことになったぞ。早く脱出しないと!

 そう思ったが、なぜか体が動かない。まるで、何かに体を束縛されているようだ。

「誰か助けてーっ!」

 僕の決死の叫び声は、何よりも深い闇に吸い込まれていった。

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