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doppel  作者: ataru
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Chapter 16

「ふう……」

 僕は、何とか家に帰ることができた。

 照井さんがあんなに目ざといとは、思わなかった。一体、どれだけ僕に執着しているのだろう。おかげで僕は、かなりの距離を逃げまどうことになった。何とかまくとは出来たが、正直、とても疲れた。

 僕は、部屋に戻って考える。

 照井さんが犯人か……。確かに照井のことを恨んでいたのなら、十分動機にはなるし、本村さんの話からして、かなり怒り狂っていたようだから、殺人位するだろう。でもこれでは、神保たちを殺す動機にはならないし、何よりアリバイがない。

 でも、一応目はつけとくか……。

 僕は手帳に「照井の祖父:犯人の可能性あり」とつけ加えておいた。

 次は、監視カメラの情報だ。

 僕は地図を広げ、死角となるポイントをチェックする。

 個々の裏道は監視カメラがないから、死角になるな。それに、ここの道も監視カメラがない……。

 言えることは、多くの監視カメラが、十字路や広い道など、比較的人通りや車どおりが多い所に設置されているということだ。まあ、人通りの少ないところが少ないってのもあるけれど、これでは「監視カメラ」としての役割が、十分に発揮されていないような気がする。もっと裏道とかに設置すれば良いと思うのだが。

 おっと、余計なことを考えていてはだめだ。今はとにかく死角を探さないと。

 僕は注意深く死角を探す。

 ……見つけた!

 十分ほど経った後、ぼくはようやく、監視カメラの死角となる逃げ道を見つけた。

 逃げ道は、ちょうど室の家の周辺から、僕の通う学校を経由し、尾山台駅までのびていた。近くには、他の五人の家もある。

 一つ怖かったことは、そのルートの近くに、僕の家も入っていたことだ。ルートの近くに入っているということは、もしかして、僕も殺人鬼の標的にされているということなのではないだろうか……。

 僕は軽く身震いする。

 ダメだ、ダメだ。こんなことを考えていたら、きりがない。今は、犯人探しに専念しないと。

 僕は気を引き締めて、調査を続けた。


 ……調査から数時間後。

 事態はまるで進展しなかった。

 逃げ道が見つかったということで、僕は、監視カメラに映っていた映像をもとに、近所で聞き込みをしたが、全く有力な情報はなかった。いや、情報は入ってきたは入ってきたのだが、どれもネットで確認した情報ばかりだった。調査というものがこんなにまで大変だとは、思わなかったな。まあ、今更後に引く気などさらさらないが。

 しかしこのままでは、調査はとても難航しそうだな。ここまで情報が少ないと、調査を進めるのはかなり大変そうだぞ。

「まったく、どうなることやら……」

 僕はため息をつきながら夕食を済ませ、自分の部屋の椅子に腰掛けた。

 ふと、僕はカーテンを開けて、窓の外の景色を眺める。

 住宅街はすっかり暗くなり、家々の明かりが、蝋燭(ろうそく)の光のように淡く灯っていた。そして、濃い灰色の雲の切れ間から、ちょうど一つの星がきらめいていた。金星だろうか。とても綺麗だ。

「……はあ」

 自然とため息が出る。

 僕はカーテンを閉めて、部屋の中を見回した。


 ……違和感。


 そう、この部屋には、何か違和感がある。こんな感じは今まで味わったこともない。言葉には表せない、曖昧で、不可解で、靄がかかったような違和感だ。

 何かがおかしい。でも、何が……?

 僕は、部屋の中をよく観察してみる。

 そして気づいた。

 臭いだ。

 この部屋には、何か変な臭いがする。何て言うか、とてもきつくて、鋭くて、不快な臭いだ。

 この臭いのもとは……クローゼット?

 僕は、おそるおそるクローゼットの中を調べてみる。

 そして僕は、変なものを見つけた。

 クローゼットの中の何枚かの服に、茶色いシミがついているのだ。

 何だ、これは?

 臭いを嗅いでみる。このツンツンした臭い。やはり臭いのもとはこの服からのようだ。

 この臭い、覚えがある。たしか、小学校に入りたての頃だ。運動会の時、全力で走って転んだのだ。その時に嗅いだ血の臭いが、この臭いのようにとてもきつかったのを覚えている。

 ……まさか、この臭いって。

 背筋に冷たいものが流れる。

 血の臭い?

 まさか。でも、何でこんなシミが……?

 考えるうちに、僕は恐ろしい見解に至る。

 まさか、この服を着て、例の連続殺人を行ったのではないか?

 いや、待て待て。それじゃあ、僕が犯人になるってことじゃないか。僕は犯人ではない。本人がそう言っている。確固としたアリバイもあるし、証人はいないけど、六人が殺された時間は家にいた。殺しているわけが……いや、待てよ?

 僕は、時間を巻き戻しする。

 六人が殺されたあの日――僕は家の外にいた。

 そうだ。殺された時間の記憶がないんだった。いつも気を失っていて、気づいたときには、家の外に立っているのだ。その時は……防犯カメラに映っていた、あの服を着ていた。

 背筋に冷たいものが走る。

 なぜだ? なぜ僕が犯人なのだ……? 確かにそれらしい動機はあるが、僕は人を殺したくはない。神保たちとだって、普通に仲良くしていきたいのだ。今となってはもう遅いが。僕は殺していない。

 殺していない……。

 そうだ!

 僕はふと、あることを思いついた。

 凶器のナイフだ。

 凶器のナイフはおそらく、あの水色のバッグと一緒に入れられている。僕が人を殺していないのなら、この家周辺を探しても、見つからないはずだ。指紋を取られれば終わりだが、その前に探し出すのだ。

 探せ、探せ……。

 僕は狂ったように、水色のバッグを探し始めた。リビングや台所、トイレの紙置きまで、ありとあらゆるところを探した。

 僕も少し、頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 とにかく、僕は、犯人の濡れ衣を逃れることしか眼中になかった。僕は決死の思いで探していた。

 そして……。

 僕は見つけた。

 水色のバッグを。

 物置の中にあった。

 僕は震える手でバッグを取り、ジッパーを開けて中身を見る。

 するとそこには……。

 血塗られた一丁の果物ナイフがあった。

 1つ分かったことは、その果物ナイフは、僕の家にあるものだということだ。


 僕は、すんでのことに発狂するところだった。

 それぐらい僕は、自分が犯人であることを認めることができなかった。いや、認めるのが怖かった、と言った方が正確だろうか。

 僕は殺人犯ではない。なのに、目の前の血塗られたナイフや、血の付いた服が、僕が犯人であることを指し示している。

 嫌だ。

 犯人呼ばわりされるなんて、嫌だ。

 僕は犯人じゃない。一人も人は殺していないし、何の罪も犯していないのだ。そう強く主張したい。でもこれを見た他人は、僕の主張を信じてくれるだろうか。いや、絶対ないだろう。必ず僕のことを、被害者気取りの殺人犯だと名指しするかも知れない。現実から逃げ出す、弱虫だと言うかも知れない。でも、それではだめだ。

 やっていないことは、やっていない。そうはっきり言いたいんだ。

 じゃあ、僕が犯人でない証拠は? 僕が何の罪も犯していない確固たる証拠はどこにある? それがあれば……僕は殺人犯ではないと認めてもらえる。

 どこだ、どこだ・・・・・・。

 僕はまさしく狂ったように、バッグの中を探り始めた。他人は僕のしていることを、現実逃避だと言って責めるだろうか。それでも僕は構わない。ぼくが犯人ではない証拠を絶対に探し出してやる。

 そして数分後。

 僕は一冊のノートを見つけた。

 開いて中身を読んでみる。

 それは、日記だった。ぼくが神保たちのいじめに苛まれていた日から、今日までの日記が記されている。

 日記を読んで、僕はぞっとした。人を殺したという記述があったからだ。

 初めは神保を殺したということから始まり、富永、法倉、室、照井、常松……と続いていた。そして、誰かを殺すたび、復讐を果たしたという達成感と、障害がなくなったという喜びが高まっていく、という旨の記述がなされてあった。そして最後には……自分を支配しているもう一人の自分を殺さなければいけない、と、書かれていた。

 ぼくははっとし、服の袖をまくる。すると服の上から、リストカットの(あと)がある腕が姿を現した。

 これ、僕がやったのか……?

 日記を見ると、今日のところに、次のように書かれてあった。


 12/13

 うっわ、すげー! 血ぃめっちゃ出てる! 噴水みてー! はは、これで俺は死ぬのか! すがすがしい気分だぜ! はははは!

 おい、見てるか、バカ桂!! お前は今日死ぬんだぞ! 血塗れになって、悶えて、苦しんで、死ぬんだ! 残念だったなぁ、死ぬ前に犯人にたどり着けなくて! 犯人は最初からここにいたっていうのによ! ハハハハハハ!! だからお前はバカ桂なんだ! ハハハハハハ!!


 ……ちぇ。これぐらいじゃ死ななかったみたいだな。傷痕がじんじんする。ああいてぇ。

 たぶん出す血の量が足りなかったんだろうな。

 次は心臓でもぶっ刺してやろうか?

 いや、いきなりぶっ刺すんじゃ、面白くねぇな。スリルってもんがねぇ。スリルが。まだ殺していない人もいるし……。

 しゃあねぇ。桂を殺してから死ぬか。照井はもう死んじまっているが、どうでもいい。

 今夜、あのゲームの端末を通じて、桂の部屋に行こう。そしてこの果物ナイフで、あの間抜け面の体をめった刺しにしてやる。

 あいつを殺して、体を乗っ取る。スリル満点じゃないか!

 考えただけでワクワクするぜ。へへへへ


「………」

 僕は茫然として、日記を読んでいた。

 まず驚いたのは、一連の事件の犯人が、こんな歪んだ想いを抱いていたということ。ここまでひねくれていると、驚きを通り越して腹立たしい気分になる。

 そして、こんな恐ろしい人間が、僕のすぐ近くにいたということ。

 まさか、()()()()、事件の犯人が入っているというのか。そんな、そんな非科学的なことが……。

 いや、確かにそういうことが起きるとは聞いたことがある。苦難や軋轢(あつれき)に苛まれた時、それらの苦しみから逃れようと、自己防衛本能として、二重人格を作り上げることが稀にあるそうだ。

 でも……そんなことが、僕の身体に起こるだなんて。どうにも信じられない。僕は、神保たちの拷問に耐えられず、頭の中で別人格を作り上げ、神保たちへの復讐を行ったというのか。

 そんなことが。

 そんなことが……。


 数時間ほど悩み込んで、僕の考えは決まった。

 僕は今夜、二重人格と対決することにする。

 僕の心の奥に、とてつもなく恐ろしい人格が眠っていることは、確かである。そして、この一連の事件の犯人も、二重人格の可能性が高い。となると、この事件を解決するには、直接対決して、二重人格の暴走を止めるしかないようだ。

 この対決は、僕がやるしかない。

 いじめられないに越したことはないとはいえ、人の命が誰かによって奪われるのは、許されることではない。それに、もとはといえば、この二重人格を生み出したのは、僕だ。僕が責任をもって、二重人格と戦い、歪んだ思いを矯正しなければいけない。

 もちろん、相手は凶悪殺人犯だ。まともに対決できるかどうかわからない相手と戦うのは、無謀な試みといえる。しかし、ここで弱音を吐いて引き下がったら、二重人格の手によって、新たな二重人格が出る可能性がある。それは嫌だ。

 僕は、大澤さんの優しい笑顔を思い浮かべる。

 強いとはいえ、もし大澤さんが、二重人格の犠牲になったら……。

 僕は拳を固める。

 絶対に、二重人格を倒すのだ。

 二重人格の対決計画が始動した。

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